7

「京さん、君は根本的な事を忘れている。

 何故、君は黒い連中を夢に見たのか? そして何故、この人は君の家を夢の中で覗いていたのか? いやいや、何故君はその現象に巻き込まれたんだ? いやいやいや、どうして御老人は命をかけて『他人』の君の腕を掴んで、助けたんだね?

 そして、何故この人は君の家の傍らで見張りを続けていたのだね?」

 見張り?

 あたしは瞬きをして、おばちゃんを見た。

 おばちゃんは何かに耐えるかのように口を真一文字に結んでいる。

「この人はね、君の事が気になって仕方が無かったんだ。君が気付かなかっただけで、多分ずっと君の事を『見守って』いたんだよ。

 わざわざ家の近くに椅子まで置いて、記憶を保持したままの教団や政治結社の残党が忍び寄って来ないか、夢の中まで出張して見張っていたんだよ」

「……どういうこと?」

「君は神虫現象に巻き込まれた。これはいいかね? 

 ……それで? 君は何故まったく無傷なんだ?」

 あたしは――

 鼓動が速くなっていく。

 ああ。

 まさか。

 あたしが夢の中で、もう少しで思い出しそうになってたことって……。

「君は多分、神虫に巻き込まれて救出された時から田沢たざわ京子けいこになったんだ。君は元々、一之瀬裕子の妹――」

「恵まれた子、と書いて恵子けいこじゃ」

 おばちゃんの止めの一言にあたしは足の力が抜けて、また椅子に座りこんだ。真木がさっと動くのを目にし、手をかざす。

「大丈夫! ……多分だけど。さ、続けて。ここまで来たなら全部聞かなきゃ。ね?」

「……君は強いな。御老人、全部包み隠さずにお願いしたい」

 おばちゃんはあたしを見た。

 その顔が、酷く悲しそうで、それでいて優しそうなのが、あたしを更に打ちのめした。

 やばい、泣きそう。

「続きをお願い!」

 何故だか、意地でも泣きたくなかった。

 なのに、真木はあたしに、あの赤いハンカチを投げてよこし、にやりと笑いやがった。

 こ、こいつは……。

 あたしは真木の真っ赤なハンカチで目をぬぐい、ついでに鼻をかむと手でつまんで、ほれと返した。真木がこれ髙いのに! と小さく嘆き、頭を振りながら懐にそれをしまうのを目にし、ついにおばちゃんが盛大に吹き出した。

「あっはははは……なんだい、あんたらは、どういう漫才なんだい?」

 あたしは、ふへへと気の抜けた笑い声を上げた。

 ああ、やっぱりこういう感じの方が性に合ってる。

「我々は真面目に不真面目なんですよ。人生、楽しんだもん勝ちですよ」

 真木の言葉に、おばちゃんは頷いた。

「それも真理じゃな。恵子、お前は生贄に選ばれたのじゃ。人造神虫、あれは通常『種』を儀式を施した大地に埋め、水と肥料ではなく、地霊を吸わせて発芽させる。その後、掘り出して人の内に入れて運び、熟したところで――つまりは地を知り尽くし、人の体を知り尽くし、全ての因果を消せる準備が整ったところで、人の意により開花するのじゃ」

 真木が顔を歪めた。

「ああ、一之瀬裕子が『妹に嫉妬して、とんでもない事を博人教祖に言った』というのは、自分の妹を神虫の苗床にしろと提案したというわけで?」

 な――自分の妹を、生贄に?

「そうじゃ。度重なる失敗でプレッシャー受けていた博人は、良い案だと一も二もなく飛びついた。今まで失敗したのは『一般信者を苗床にしたせい』だったとぬかしたわ」

「屑野郎がっ!!」

 あたしは椅子を蹴とばして立ち上がった。

 そう、怒ってるのも中々良い。

「儂は――正気の沙汰ではないと反対した。娘――愛子も反対した。だが、結局は暴力で儂らは従わされた」

「例の政治結社の連中ですか。それで、あなたはここが限界だと悟ったわけですね」

「儂は――最初はあれに魅了されておった。世界征服云々ではなく、不完全な強大な力を完成させてみたい、という好奇心じゃ。

 だが、いやがる信者の中に種が入って行くのを目にし、儂は目が覚めた。反対した。

 だが、連中は愛子と孫二人を人質にし、更なる予行を望んだのじゃ。

 そして裕子の提案に乗る博人を見て、もう駄目だと悟った。まずは自殺を考えた。儂が死ねば、あれを発芽までもって行ける確率がかなり減る。

 だが、連中は恵子が成長するのを待って再開させるかもしれない。

 だったら、と儂は連中を巻き込んで無理心中をしてやろうと考えた。儀式は成功し、あれは発芽した。だが、お前の内に入れるのを儂は『安定性が悪いので方法を変えよう』と提案し、やめさせた。連中は儂の事を信用しておったから、簡単じゃった。

 あとは『人の外』で不安定になっていた『芽』を無理やり開花させるだけ。じゃから、わしはお前を外に逃がした」

 おばちゃんはあたしに語りかける。

 ああ――

「結界を破壊し、人造神虫を暴走させた。不完全な開花が始まり連中は穴に落ちて消え失せた。だが、計算外だったのは、開花してなお、形を一部保っていた人造神虫はお前を追ったのじゃ」

 ああ、どろどろと音が響く。

 足元が揺れる。

 バランスを崩して倒れ込むと、震えるアスファルトが熱くなっている。

「あれがお前を飲み込む寸前、儂はあれを殺した」

「その方法を是非とも聞きたい! あ、いや、続けて!」

 真木はなんとか自制をすると鍵状になった指を屈伸させている。

「恵子、お前は一度花に呑まれた。穴に落ち、あらゆる世界から消え去るはずだった。

 だが、儂はお前の力がまだ残っているのを確かに目にした。だから儂の持てる力全てを使って、穴の中に飛び込み、手を伸ばし、お前を掴んだのじゃ」

 力強くて暖かい腕が、あたしの冷え切った腕を掴む。

 その腕はみるみる焼けるように熱くなり、あたしはまた悲鳴を上げる。

「お前は再び二本の足で地に立った。

 だが、目を開けたお前は儂の知っている恵子ではなくなっていた。儂の前から歩き去り、目の前にある家に駆けこんでいった。儂は――独り残されたのじゃ」

 独り。

 そのフレーズにあたしは胸が詰まった。

 そうだ、おばちゃんは、ほら真木が言ってたじゃないか。イレギュラーな人が関わる情報はイレギュラーとして改変を受けずに残るって。

 つまり……。

「あの絵は、あたしが描いたのね」

 おばちゃんは、いや――

 お婆ちゃんはハッとした顔であたしを見た。

 この人は、あたしのお婆ちゃん。そうだ、そう考えると、すっとする。

 一人で、たった一人で、あたしの絵を部屋に飾って、ずっと今まで……。


 あたしは映画とか小説で、出てくる度に鼻白むあの行動をしていた。

 すなわち、お婆ちゃんに抱き着いて泣いていたのだ。

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