本当に守りたかったもの
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「備、あんたまた変な事してんじゃないだろうね。最近筵売ってないって近所で聞いたけど。そして洛陽まで行ってたって?」
薬師のところに行っていた母親が帰ってきた。劉備は母親に早速呼び出され、母親の前で膝を折り正座をしていた。ちなみに関羽と張飛は母に罰として薬草の調達を命じられ、すぐに出て行った。こういう時こそ法正が出てくるべきなのではないだろうかと劉備は思う。
「いや、その、用事で……」
「あのね、備、私はあんたが憎くて怒ってんじゃないんだよ。心配で怒ってるんだから、あんたも少しは学習しろ! このすっとこどっこいが!」
頭上に手刀を落とされ、劉備はその場に沈む。母の手刀はこの世のどんな武器よりも勝ると思う。劉備は頭を押さえつつ涙目で母親を見上げた。
「それと、董相国(董卓)と何やらぶつかり合ったとか聞いたけど、やめておくれよ。問題を増やすと我が家は斬首どころじゃ済まないからね」
「わかってます。何があろうと母上は守ります。父上亡き今母上を守れるのは俺だけですし」
父が死んだ時、彼は劉備に告げた。母を守ってくれと。だから劉備は死ぬまで母親を守ると誓った。父が守れなかった分まで守ると。だからこうやって母親のために東奔西走しているのだ。それを母親に止められても、彼女を生かすために劉備は止まらない。
「そもそも、董卓が俺みたいな農民風情を相手にするわけないじゃないですか」
そう言ってでも安心させなくてはならない。この母は鋭い。まるで先見の才があるくらいに。だからこそ劉備は常にこの母へ頭が上がらない。だと良いんだけどねと母親は口を手で覆い軽く咳を漏らす。口元からは血が流れていた。血を吐いたのだろう。
「ほら、母上、布団に戻りましょう」
劉備は身体を起こし母を支えつつ立ち上がる。
そんな時だった。
「玄徳ッ! 居るか! 玄徳ッ!」
騒がしい足音。この足音は公孫瓚だ、尋常ではないこの焦りに劉備も母も何かあったのだと察する。一先ず母親を寝室に寝かせてからその話を聞こう。劉備は母親が止めるのも聞かず、彼女を寝室へ送り届けては布団へ寝かせる。後で薬師を呼んでおこうと考えて。
「あっ、玄徳!」
「何があった」
「都尉(警察)が来てる! 窃盗の罪でお前に出頭命令が出てんだよ! 港での窃盗事件の犯人がお前だって容疑が掛かってる。今、皆が玄徳の居場所はわからないって事ではぐらかしてるけど、それもいつまでもつか……」
数日前の事か。だがあの時の窃盗を知っているのは関羽と張飛、そして盗みを命じた董卓や甘家くらいである。それにこんな辺鄙な村に役人が来るなどおかしい。董卓は甘家と密接な関係にあるため仕方がないが。
――嵌められた?
その可能性は多いにある。董卓が呼んだのかも知れない。だが何のために、何をするために。考えている暇はない、今すぐ行かなくては。
「伯珪! 母上を頼んだぜ!」
公孫瓚が止めるのも聞かず劉備は家から出て行く。出ればすぐにわかった。中央の桑の木がそびえ立つ付近で村人が集まっている。そこへ劉備は向かう。村人達が都尉が連れて来た兵士に取り押さえられている。
「止めろ! 皆に手を出すな!」
「何だ貴様、俺達は劉玄徳を――」
「俺が劉玄徳だ! だから離せ。村の皆は関係ないだろう」
兵士達は都尉の言葉で村人を離した。劉備は髭を蓄えた都尉の前に立つ。都尉は劉備をじと見つめた後、片手で劉備の両頬を掴んだ。
「ほう、こんな子供が盗みをな」
都尉は乱暴に劉備の頬を離す。頬に擦り傷が生まれ、劉備は袖で滴る血を拭った。役人は高級な紙を劉備に見せる。それは逮捕状、港で頻発した窃盗事件に対する逮捕状だった。
「お前に間違いないな?」
「――ああ、俺がやった。だが一つ聞きたい、都尉さんよ。誰から聞いた?」
「貴様に答える義理はない」
その言葉だけで理解が出来る。彼らは組んでいるのかもしれない。劉備は兵士二人によって腕を後ろで掴まれる。抵抗しない事から彼らも強く拘束しようという気はないようだ。都尉は下に伸ばした適度のよい髭に触れて「そういえば」と言葉を漏らした。
「貴様には母が居るそうだな」
嫌な予感がした。心臓が高鳴る。汗が噴き出る。己のせいで母親に危害が及ぶなどあってはならない。劉備は都尉の言葉をただじっと待っていた。
「貴様の窃盗は一件じゃない。相当の数に上る事が調査でわかっている。このままだと貴様は斬首、母親も斬首だな。貴様は相当な親不孝者だな」
「ッ、待て! 俺はいい、だが母上は――」
「子の罪は親の罪。お前が窃盗した時点でそれは親の罪となる! ならば最初からしなければいいだけの話だ。馬鹿め」
劉玄徳の母を此処へ。都尉は兵士達に命じ兵士達は動き出そうとするが、村人達が立ちはだかった。行かせないとで言うように。
「尚和(しょうか)さんの元へ行かせるか! 玄徳は俺達のために自分の身も顧みず汚れてくれた! ならば俺達が玄徳を守ってみせる!」
「そうよ、あんた達は何もしてくれなかったじゃない! でも玄徳は違う。盗みは悪い事だけれど、玄徳の行った事は悪じゃない」
「玄徳はこの村の英雄だ! 奪わせて溜まるか!」
「ええい貴様ら鬱陶しい! 逆らうのならば殺すぞ!」
「やってみろよ、出来るもんならな!」
村人達の優しさに触れ劉備は僅かに笑みを見せた。ああ、これで十分だ。その気持ちだけで嬉しい。村人が傷つく事などあってはならないのだから。
「――何やってんだい、皆!」
後ろから聞き慣れた声が響く。そこには、居てはならないはずの女が立っていた。血色の悪い肌、細い腕、今にも倒れそうな身体――。劉備の母である。母の傍には公孫瓚が立ち、彼女を支えていた。
「尚和さん……」
「全くくだらない事をして……その役人の言う通りだろう」
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