Break2

Eye14 チェックイン

 ローカル線への乗車に間に合い、三十分程揺られた後、宿の最寄りの無人駅へと着き、如何にも古い駅舎を後にして宿のある方へと歩を進める。

 タクシーを呼べない訳ではないがこんな陽気と澄んだ空気、聞こえてくる鳥のさえずりを味わいながら進むのもまた一興、ここから先ものんびり行きたいものだ。

 道の脇に咲く花、青々と茂る木々……そういったものを見ながら歩いていると眼を少しは癒えてくる様な気がする。

 かくして二、三十分程歩く内に目的の旅館へと到着した。


――


「すみません、予約している『二見』という者ですが……」

「はい。えーっと、『二実 ※※※』様ですね。お待ちしておりました。お荷物の方は如何が致しましょう?」

「自分で持っていきますので大丈夫です」

 旅館の受付でチェックインをすませる。ちゃんと偽名は通っている。その上で下の名前も上手く隠せた。いつもの事ではあるが……

「仕事」の関係上、名前が知れ渡るのは正直なところ困る。だから「二見」という私の姓は「二実」という風に偽装してある。

 そして名の方は、というと少しばかり特殊な偽装……というより「認識出来ない」様に。名の部分にもやがかかっているがその靄が靄だと思えず、その状態、つまり読めない・聞こえない状態が普通だと思わせているのだ。

 私の下の名を知っているのはこの世で恐らくただ一人、だった筈だ。

「? あの、お客様? 如何されましたか?」

「ん、ああ、いや、考え事をしていて……申し訳ない」

「いえいえ、お部屋は三○三号室になります。それではごゆっくりと」

 部屋の鍵を受け取り、館内を進む。旅館とはいったが半分ホテルの要素も混じった所だ。何とも言えない雰囲気が良い。肩肘張らずに泊まれる、ちょっと良い場所か。

 ちらほらと旅行客の姿もある。家族連れ、老夫婦、一人の男性……まあまあ特別変わった人は今の所見かけない。何事もなくゆっくりと過ごすことが出来ればこれ以上無いことである。

 まさか変な事件でも起きないといいが……

「お、三○三号室はここか。よいしょっと」

 鍵を開け、見てみれば中々な部屋。これは良い休暇になりそうだ。早速畳の上で横になるとしよう。

 どうやら畳を張り替えたばかりらしく藺草いぐさの匂いが素晴らしい。古い畳もそれはそれで好きだが。


 そんな事をしているとまたしても睡魔に襲われた。やはり疲労が激しい。夜にしっかり温泉に浸かって疲れを取るとしよう。


 そのために田舎の温泉宿に来たのだから。

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