第108話ライブラブ3


 さてさて……夏も深まるこの季節。


 今日は、量子のライブの日だ。


「…………」


 コーヒーを飲む。


 正確にはデータだから、カフェインは入ってないけどね。


 ここはセカンドアース。


 その天空舞台の、すぐそばにある喫茶店。


 とは言っても、大気圏外に設置された大型イベントドームたる天空舞台の『すぐそば』では語弊がある。


 正確には、天空舞台に通じる宇宙エレベータ……その一階の傍に形成されている、繁華街の一つである喫茶店だ。


 当然、今日のセカンドアースの天空舞台で、大日本量子ちゃんが十万単位の観客の湧くライブを行なうため、宇宙エレベータを中心に形成されている繁華街はいつもより活気が十割増し。


 浮ついた空気は否めない。


「そこまで有難がるものか」


 とも思うけど、きっと持っている人間の傲慢なのだろう。


 大罪の一つだ。


「…………」


 ぴらぴらとしたチケットを取り出して見つめる。


 特等席のチケット。


 オークションに出せば、ちょっとした値がつくだろう。


 売らないけどさ。


「雉ちゃん。まだ行かなくていいの?」


「呼び出しはかかってないなぁ……」


 コーヒーを飲む。


 そしてぼんやりと言った。


「量子ちゃんのライブですかぁ……」


 うっとりと夏美。


 あ。


 有難がってるね、この人。


「あの量子ちゃんと近しくなれるなんて……」


 僕は秋子に視線をやる。


 目が合うと、僕と秋子は苦笑してしまった。


 僕らにとって、量子は、とても近しい存在だ。


 なんと言えばいいだろう?


 アイドルではあるんだけど、気の置けない存在と云うか。


 身近に感じる存在と云うか。


 この感覚は言葉に出来ない。


 だから説明のしようもない。


 まぁネームバリューは、アンバランスに大きいから、萎縮することなく、ありのままを捉える僕や秋子が異端なんだけど。


「夏美ちゃんは量子ちゃんのライブは初めて?」


「はい」


 コックリ。


「動画サイトなんかで、断片的に見ることはありましたけど、生は初めてです」


「…………」


 はたして電子世界のセカンドアースに『なま』と云う概念はあるのでしょうか?


 言っても詮無いけど。


 ライブが始まるまで、後半日と云ったところ。


 別に、こんなに早くログインしなくてもいいんだけど、活気に満ちた繁華街を夏美に見せてやりたくて、こうやって茶をしばいているというわけ。


 とピロリンと電子音が鳴る。


 視界モニタに、メッセージが送られてくる。


 内容はこうだ。


「最終メンテナンスをお願いします」


 堅苦しいのに、素っ気ない言葉で、綴られていた。


「…………」


 コーヒーを飲みながら、意識でイメージコンソールを動かして、状況を把握する。


「来た」


 僕が言う。


「ですか」


 秋子が納得する。


「?」


 夏美が首を傾げる。


 答えてあげる義理は無い。


 どうせ僕が飛んだ後で、秋子が仔細を話してくれるだろう。


 というわけでリンク先に飛ぶ。


 隔離スペース。


 所謂一つの楽屋。


「雉ちゃーん!」


 抱き付こうとした量子を、ハラスメント防止機能で拒絶する。


「なんでよう!」


 こっちのセリフだ。


「はい。リンク開始」


「うー……!」


 量子は不満そうだ。


 ブラックセミロングツインテールが不満に揺れる。


 黒い瞳が不実に抗議する。


 知ったこっちゃござんせんが。


 イメージコンソールをポップ。


 この場合はキーボードだ。


 機械言語で、量子の調整を行なう。


 楽屋にいるのは、僕と量子だけではない。


 国家プロジェクトということもあって、多くのスタッフが集まっている。


 それでも最終調整を、僕に委任するんだから何だかな。


 それがウィータの宿業なのだろうけどさ。


 二時間ほど量子を弄っただろうか。


 タンとエンターキーを押して、調整を終える。


「はい。問題はありません」


「毎度感謝の念に絶えません」


「これもビジネスですから。必要以上に気にすることはありませんよ」


 苦笑してしまう。


 完全なゴーストを持つ量子を、最終調整できるのが僕だけなんだから、しょうがないと言えばその通りなんだけど。


「雉ちゃん!?」


「何でがしょ?」


「盛り上がってね?」


「そっちの能力次第でね」


 嘯く僕。


 これくらいの意地悪は、想定内だろう。


 僕にしろ量子にしろ。

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