15‐14「命がけの逃走」
「侍さん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫、息はある」
「……安心しました」
俺の蹴りを受け崖に叩きつけられぐったりと倒れた侍が息をしているのをみてダイヤが安どのため息を漏らす。上手い事調整できたようで気絶に止めることができて何よりだ。倒れた侍を右肩で担ぎ上げる。
「急ごう、もう『強化の魔法』も時間がない。援軍が来ると厄介だ」
薄くなっていく赤いオーラを見て時間が少ないことを悟りダイヤに声をかけこの場を去ろうとした時だった。
「待ちな」
聞きなれた威勢のいい声が響き渡る。声の主はスペードだった。彼女が後ろに数人の兵士を引き連れながらこちらに向かってきているのだ。
「どうしてスペードさんがここに、今は別の戦場にいらっしゃるはずでは」
困惑した様子のダイヤに「分からない」と返す。一体全体どういうことなのだろう? クローバーが嘘をついたとも思えない。そうなると考えられるのは一つだ。
「俺達の突撃が読まれてた? 」
それしか考えられなかった。でも、そのことを知る人物はほとんどいないはずだ。いつどこでバレたのだろうか?
再び生じた疑問に関する疑問を頭に浮かべた時だった。フッと『強化の魔法』が解除されて身体にどっと疲れが襲い掛かる。そしてそれと同時にスペードが単身で駆け出してきた。
「オレが倒してやる。覚悟しやがれゴブリィン! 」
「くっ」
向かってくるスペードに対して剣を抜いて応戦する。
キィンッ!
俺とスペードの剣がぶつかり合い鍔迫り合いの状態になる。
「スペード、どうしてここに」
「詳しくは知らねえけど、今日突然ここに配置されたんだ。ダイヤはいるか? 」
小声に対して小声で返すスペード。
「はい」
「よし、じゃあ今から2人を逃がす。といっても荒っぽくなるから覚悟しとけよ」
スペードはそう言うと力を込めて剣を振り払う。
「オラオラどうした、なんだそのパワーは。もう戦えねえか? なら悪いけどここで仕留めさせてもらうぜ」
その言葉を切り口に右左と振られる剣に対してその軌道に合わせて剣を置くことで防ぐ。気が付くと俺達は崖際に追い詰められてしまった。チラリと後ろを見ると遥か下に一面の緑色が広がっている。
「まさか、荒っぽいって」
「そういうことだ、悪いオレにはこれが精いっぱいだ。後はダイヤに任せる」
スペードは小声で言うと剣を振るった。確かにこの状況だとこれしかないのかもしれない。ここは彼女の用意してくれたこの逃走経路を使わせてもらおう。
俺は再び彼女の剣の軌道に剣を合わせる。そして2つがぶつかりキィンと金属音がすると同時に
「うわ」
さも今の一撃で体制が崩れたように装って空中へと身を投げ出した。
侍を離してしまわないように右手に力を籠めゴウゴウと風を切りながら真っ逆さまに落ちて行く。
「ダイヤ」
不安になってかろうじて声を出し透明な彼女の場所を探ろうとすると「はい」と左側から声がするとともに左手に温かい感触が広がる。恐らく彼女が手を握ってくれたのだろう。
「ぶつかる直前に『シルド』で衝撃を和らげます」
彼女の説明を聞いた後チラリと真上を見上げる。既にスペードは米粒のようになっていた。これなら俺達が助かってもそのことを知られる可能性は低そうだ。
「それでお願い」
そう言うと俺はものすごい勢いで近付いていく緑に目を向ける。徐々に迫ってくる緑色はやがて土の茶色も混じっていて緑一色ではないことが分かるほどにまで近付いたその時だった。握られているダイヤの手の力が強くなっていることに気が付く。
「どうしたの? 」
「いえ、ただ、その、この平地ではなく下に木がありますとタイミングを図るのが難しくて」
「よし、じゃあ前みたいに俺が合図を……」
一か八かで俺が言いかけた時だった。ヒュンッと素早い何かが俺達を追い抜き着地するはずの地面へと一直前に進んでいく。一瞬の出来事だった。正体不明の何かは地面への着地を阻もうとする木すらもなぎ倒し地面に到着したのだろう。土を抉りぽっかりと人一人分の穴を作り上げた。その穴を見てようやく何が起きたのかを把握する。
「クローバーだ、クローバーが後ろから風の矢で俺達が着地しやすいように場所を作ってくれたんだ」
「ええ、これなら木もありませんし何とかなりそうです」
ダイヤはそう言うと杖を構えて息を吸い込む。
「『シルド』! 」
彼女が唱えた魔法により出現した盾に俺達は勢いよく飛び込んだ。
♥♢
「皆のお陰で何とかなった。ありがとう、ダイヤ」
地面にぐったりと伏し数分前までいた遥か上の崖を見ながらダイヤにお礼を言う。本当に良く生きていたものだ。
「そんな、そもそも侍を倒したのはトーハさんですから」
「いやいやあれはダイヤの作戦のお陰で」
「いえいえ、あの場で岩に向かって突き進むなんて私にはできませんから……そういえばトーハさん、先ほど落ちていた時に何を言おうとしていたのですか」
「ああ、不安なら前みたいに俺が合図をするって。でもクローバーのお陰で助かったよ。俺がやっても助かるって確証はなかったから」
そう答えると彼女はハッと息を呑んだような様子だったけれど黙ってしまったようだ。
「私はもしダメだったとしてもそちらの方が……いえ、クローバーさんのお陰で助かりましたね」
彼女は前半は聞き取れなかったけれど、後半は力を込めてそう口にした。
「それじゃあ、申し訳ないけど少し休んで俺の体力が回復したら洞窟に戻ろうか」
俺の提案に対してまたもや「はい」と彼女の力強い声が響いた。
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