10‐15「意外な訪問者」

 

 俺はこの光景が信じられず目の前の女王様をまじまじと見つめる。どうしてここに女王様が? いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!


「し、失礼致しました、中へどうぞ」


「あら、ありがとう」


 咄嗟の俺の案内に彼女は快諾をして部屋へと入る。

 いや待て、女王様を部屋に連れ込むということが問題ではないだろうか?


「どうかしたのかしら」


 俺の心配も知らず彼女は兜越しに俺の眼を覗き込もうと顔を近づけている。彼女の瞳はやましい事を考えていた俺とは対照的に透き通っていて恥ずかしく感じる。そうだ。俺さえ冷静ならば万が一のことは起こらないはずで俺も彼女に聞きたいことがあったのだからこれは絶好の機会というやつだ。


「まあ、立ち話もなんですからそちらの椅子へどうぞ」


 そう言うと俺は丸形テーブルの側のソファに彼女を案内する。彼女の城なのにこんな真似をしてやってしまったと後悔するも彼女は何も言わずにワゴンを引いて側へとやってきた。


「さあ、どうぞ召し上がれ」


 そう言って彼女は料理の解説をしながらテーブルに料理を置いていく。途中、『チョコ』という説明で『ビスケット』が出たがこの世界ではビスケットの呼び名がチョコなのだろう。しかし、料理よりも前に俺にはやることがあった。


「すみません、女王様せっかくお招きいただいたパーティーですのに欠席をしてしまって」


 俺が彼女にするべきこと、それは謝罪だった。幾らゴブリンとはいえ無断欠勤はマズい。きちんと謝罪をしなければ俺の気が済まなかったのだ。

 それに対して彼女は怒るわけでもなく俯いた。


「そのことでしたらこちらこそごめんなさい。私も貴方がゴブリンと知っていながら配慮が足らなかったわ。それは貴方の仲間たちにも……彼女達も貴方がいなかったのに楽しんでいいのかというのが引っ掛かっていたみたいで」


「そうでしたか」


 彼女達にも気を使わせてしまったみたいだ。


「そこで1つ提案なのが、これよ」


 彼女はワゴンの下に忍ばせていたのであろう杖を取り出した。


「ええ、それは……」


 驚き上ずった声を上げる。それは見た目は何も変哲のない杖だけれども知る人ぞ知る今回の事件のキーアイテム『変化の杖』だったのだ!


「そう、これで貴方を人間の姿に戻してしまおうってわけ。何を隠そうここまでは私もこれを使って他の人に化けてきたのよ」


 自信ありげに彼女が言う。なるほど、この杖には大怪盗もびっくりの変装機能があったのか……しかし、試す時が来たのか……ここで人間に戻ることができれば俺は……


 深呼吸をして全身の鎧を取ると彼女から杖を受け取る。


「杖を持ったら自分がなりたい姿を思い浮かべるの、爺やの使い方を見る限り姿を決めるのは他人でもいいと思うけれど……」


 女王様が使い方を教えてくれる。使い方によると今俺が思い浮かべるべきは自分の顔だ。何十年共に過ごした顔とはいえ数か月見ていないとなかなか思い浮かべるのが難しいのでここはテレビで見たイケメンを思い浮かべておこうか。いや、それは不誠実というものだ!


 考えた末になんとか顔を思い出した俺はその顔を思い浮かべる……しかし、何も起こらなかった。


「……あれ? 」


 やはり人間に戻るのは駄目だったようだ。覚悟はしていたとはいえ実際にこう現実に突き付けられると胸に来るものがある。悲しみにに駆られながら俺がその杖を返そうとした時だった。


「ごめんなさい」


 突然女王様が謝罪の言葉を口にしながら俺に抱き着いてきてふわり、と柔らかい感触が身体中に広がる。


「女王様? 」


「私は少ししかゴブリンでいなかったけれど、貴方はこれからもまた続くのね。力になれなくて本当にごめんなさい」


 女王様は涙を流していた。


「ねえ、もしよかったらの話だけれど……貴方が魔王を倒して行くところがなくなったら、この城に来ない」


 涙混じりに彼女が言う。そういえば、魔王を倒した後のことか。魔王を倒せば元の世界に帰れると考えていてもし帰れなかった時のことは考えていなかったけど、俺はゴブリンなのだ。幾ら魔王を倒してたとしてもゴブリンの俺を受け入れてくれるところがあるだろうか? ダイヤ達にはダイヤ達の生活があるだろう。その時に俺は……先のことはまだ分からない、でももし女王様がゴブリンの俺を受け入れてくれるのだったらそれも良いかもしれない……


「ありがとうございます」


 俺は心からの感謝の言葉を口にする。確かに何でもとは言ってくれたけれどこれほどまでのことを彼女から提案してくれるとは思わなかった。流れからしては少し頼みにくくなってしまったけれどここで尻込みしていても仕方がないので思い切って口を開く。


「それで、すみません申し上げにくいのですが女王様、早速ですが一つ宜しいでしょうか」


「ええ、何かしら」


 俺から離れ涙を拭いながら彼女が緊張した面持ちで尋ねる。


「その、次の村までの馬車をお願いしたいのですが」


「フフフフフ」


 俺の願いを聞くと彼女は突然笑い出した。何かマズいことを言ってしまったのだろうか?


「いえ、ごめんなさい。今そのお願いなのね」


 御者さんにもお願いしないといけないのでこういうのは早いほうが良いと思ったけれどそんなに場違いな質問だっただろうか?


「分かりました、馬車を一台手配しましょう」


「ありがとうございます」


 快諾してくれるとは本当にありがたい。すると彼女のめがギラリと輝いた。


「それでは、次は私からのお願いを貴方が聞く番ね」


「え? 」


「あら、ただで聞くとは言っていないわよ多分、というわけでこちらからのお願いを2つ」


 言われてみると確かにそうだ。馬車をただで貸してくれるなんてうまい話はこちらとしても悪い。出来る範囲で答えさせて頂こう。


「何なりと」


「それじゃあ、1つ目」


 彼女が右手の人差し指を立てる。


「貴方の名前を教えて頂戴」


「名前ですか、踏破です」


「タウハ、素敵な名前ね」


 予想以上に簡単な質問に驚きながらも返すと嬉しそうに彼女は復唱した。少し違うのだけれど嬉しそうだからツッコむのはやめておこう。


「それじゃあタウハ、2つ目よ」


 彼女は嬉しそうに人差し指に続いて中指を立てる。


「私の名前はセイっていうのだけれど、これからは名前で呼んでくれないかしら」


「はい、セイ女王様」


「女王様はいらないわ、それと敬語も禁止」


 俺が答えると彼女がムっとした様子で訂正する。


「わかった、セイ……」


「よくできました。それでは3つ目」


「あれ、3つ? 2つじゃ……」


「じゃあ、2つ目のお願いを3……4つにしたいに変更するわ」


 俺のツッコみに彼女は頬を膨らませながら言う。滅茶苦茶な気もするけど年相応の茶目っ気ということでこれ以上は言わないでおこう。


「それじゃあ4つ目、私も貴方たちに同行したいのだけれど、立場上難しいから……帰りにまたこの城に寄ってくれないかしら」


 不安げに上目遣いで俺を見上げる彼女を見て思わず頬が緩む。


「何よ、笑うことないじゃない! 」


 彼女が頬を膨らませる。


「ごめん、でもセイがそう言うのなら喜んでお邪魔するよ」


 俺が答えると彼女がにっこりと微笑む。


「それじゃあ、そろそろパーティーも終わるころだからこれで失礼するわ。いないとバレたら騒ぎになるかもしれないから」


「いやバレたら絶対騒ぎになるよ」


「そう、それじゃあ急がないと。食器はワゴンと一緒に外に出しておいて、後で回収してもらうわ。それとこちらの頼みを聞いてくれたお礼と言っては何だけど、お節介なタウハにこの杖は差し上げるわ」


 そう言って彼女は『変化の杖』を俺のひざ元に置いた。


「え? この杖をですか」


『変化の杖』は役立つアイテムだ。そう簡単に俺に渡してしまっていいのだろうか?


「そうよ、こうやって抜け出すのも楽しいのだけれど冒険の助けになると思うから貴方達に持っていて欲しいの」


「そういうことでしたら、有難く受け取ります」


「宜しい、それじゃあ。もうこちらからお願いなんて言わないから何かあったら気軽に何でも言ってね」


 そう言うと彼女は扉へと歩いていく。その様子を見て俺は慌てて鎧を身に着けた。


「会場はすぐ近くとはいえ何が起きるか分からないから会場まで送らせてもらうよ」


「そんな、すぐだから大丈夫よ」


「そうだけど、心配だから……何でも言えって言ったよね」


「フフ、そうね。それじゃあお願いするわ」


 彼女が観念したようながらも嬉しそうに答える。


 こうして、俺は彼女をパーティー会場まで送っていった。


 彼女を送ってから数十分経過すると、俺が先ほどのようにベッドで横になっているとパーティーが終わったようで廊下が先ほどよりも賑やかになった。どんなパーティーだったのだろう、そう考えているうちに皆部屋に戻ったようでシンと静かになった。


 もう夜も遅いし眠るかな。そう決めて目を閉じるとコンコンと扉を叩く音がする。誰だろう? と起きあがるや否や


「トーハさん、起きていますか」


 静かな部屋にダイヤの声が響いた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る