第218話 なぜ変装をしてるんだ? 


 ジークフィードside



「もうすぐ、到着する。屋敷の中庭にスペースを作るように連絡しておいたので屋敷が見えたら、着陸体勢に入ってくれ、クラウド」


 クラウドは、俺の言葉に従い少し高度を下げる。

 今、俺達は、トライアン領の上空にいる。


 後ろを振り返ると、見慣れない銀髪にサファイアの瞳の美青年がニヤリと笑う。

 きっと、女性はこの微笑みにイチコロなんだろうが……俺には魔王様の嗤いにしか見えない。


 それにしても……アンドレ君は、なぜ変装をしてるんだ? 

 エリアス作製の姿変えの指輪を装着している理由がわからない。

 なぜか、俺まで金髪にアメジストの瞳に変装させられている。

 自分の実家に帰るのに意味があるのだろうか?


 アンドレ君いわく、トライアン家での一連の出来事は、今、我が実家に滞在中の客人が関係しているとのことだ。

 それだけではない。

 なんと彼は、父上が王都で俺の好みの女性について調べていたことも突き止めていた。

 俺の女性の好みを調べていたってどういうことだ?

 アンドレ君はどこからそんな情報を?

 マリアの話を聞いたのは一昨日の夜、その翌日の早朝にはクラウドの背中に乗って上空を飛んでいたはずだ。

 そんな調査をする時間があっただろうか?

 何がなんだかわからない。


「ジークさん。僕のことは、『アル』と呼んで下さい。ああ、そうだ、ジークさんは、ジークフィードだから、『フィル』と呼ぶことにします。今から僕達は、少し年の離れた友人ですよ。フィル」


 そう言いながら俺の背中をバシバシと叩く。

 なぜ、素性を隠す必要が? 

 疑問は尽きないが、魔王様には逆らえない。


「……わかった」


「ベリーチェは? なまえかえるでしゅか?」


「ベリーチェはそのままだよ。でも、僕たちを呼ぶ時は『アル』と『フィル』で頼むよ」


「あい! ベリーチェ、おぼえたでしゅ」


 そんな会話をしていたら、クラウドがぐんぐんと高度を下げ始める。


 もうすぐ中庭に着陸だ。

 クラウドの背中から見下ろすと、両親、兄上、義姉上そして屋敷の使用人達が勢揃いしているではないか。

 その中には、派手なオレンジ色のドレスのご令嬢の姿があった。

 こちらに手を振っているが……はて? 誰だろう?


 中庭に着陸して、クラウドも小竜のサイズになる。

 指輪の力で髪色と瞳の色を変えているとはいえ、流石に身内は俺のことを見分けられるようだ。

 みんなが笑顔で口々に「お帰りなさい」と声を上げる。


 その中で、ひときわ大きな声で俺の名前を叫びながら走り寄ってきた者がいた。

 上空から見たオレンジ色のご令嬢だ。


「ジーク様! お久しぶりです。お会いしたかったですわ!」


 そう言って腕に絡みついてきた。

 なぜか、俺の隣に立っていた『アル』ことアンドレ君の腕に……。





 *********





 ミルドレッド・ベックマン男爵令嬢side


 つまんないわね……。

 マリアーナ様に戻るように連絡をしろって言ったのに、執事が出てきて『それは、できません』と言われたわ。


 いったい、いつ戻って来るのかしら?


 今日は、この間中断された領都観光に誘われたんだけど、またあのマーサとか言う女が案内役だと聞いて体調が悪いとお断りしたわ。

 お父様だけ行ってもらったのよ。

 そのお父様も最近は、何かと私のやることに口うるさくなってきたから嫌になっちゃう。


 でも、私がトライアン家の次男であるジーク様の初恋の相手だと知ったらどうするかしら?

 きっと驚くでしょうね。

 そして、大喜びするはずだわ。私の婚約が解消になって、次の婚約者を探すのに大変だとこぼしていましたものね。


 あら、なんだか廊下が騒がしいわね。

 ドアを開けて、通りがかった侍女に声を掛ける。


「ちょっと、騒がしいわね。なにごとなの?」


「ミ、ミルドレッド様! すみません。なんでもございません。急ぎますので」


 そう言いながら、慌てた様子で立ち去ってしまった。

 一体何なの?


 侍女が立ち去った方の様子を伺うと、「ジーク様」、「お帰りになる」という言葉が聞こえてきたわ。

 使用人たちが足早にどこかへ向かっている。

 そっと、後をつけると……どうやら中庭に向かっているようね。


 少し離れたところから様子を伺うと、侯爵家の皆さんと屋敷の使用人達が一様に上を見上げているのがわかった。

 私も上に視線を向ける……あれは……飛竜?

 段々とこちらに近づいてくる飛竜の背中に人が乗っているのが見えた。


 男性が二人に……ベリーチェだわ。

 なるほどね。マリアーナ様と入れ替わりに、ジーク様が帰って来たんだわ。

 これは、きっと私とジーク様を引き合わせるためにトライアン侯爵様が画策したに違いないわ。


 そう考えると、突然里帰りが決まったマリアーナ様にも納得がいくわ。

 だって、自分の婚約者と初恋の女性の再会場面なんて、マリアーナ様は見たくないわよね。

 侯爵様の優しさなのね。


 それにしても、この場に私を呼ばないなんてどうしてかしら?

 ああ、そういえば、体調が悪いと領都観光をキャンセルしたんだったわ。


 ふふふ……せっかく、この場に私がいるんですもの、皆さんにも感動の場面を見ていただいた方が良いのではなくて?


 後から、その時のことを使用人から聞いたマリアーナ様も婚約解消に同意しやすいと思うのよね。

 想い合う恋人同士を引き裂く、悪役令嬢にはなりたくないでしょう。


 飛竜が着陸体勢に入ったことで、乗っていた二人の青年の顔も確認できた。


 まあ! 二人共それぞれ魅力的な青年だわ。


 一人は金髪で私よりも少し年上かしら。整った目鼻立ちに、服の上からもわかる均整の取れた肉体美。


 もう一人は、銀髪で私と同い年ぐらいの青年。まるで完璧な彫刻のモデルのような美しい顔とスラリとした体躯。


 はっ! そうえいば、私ったら、ジーク様の顔を知らないんだわ。

 顔どころか、年齢も知らないわね。


 ま、まずいわね。侍女に自分はジーク様の初恋の相手だと言った手前、今更聞けないわ。


 どっちかしら?


 とりあえず、私がこの場にいることをアピールするために二人に向かって手を振ってみる。


 あ、こちらを見たわ。

 金髪は首をかしげてるわね。そして……銀髪は、まあ! とびきりの笑顔を向けてるわ。


 銀髪の若い方が、ジーク様で決まりね。

 そうと決まれば、行動しますわよ。


「ジーク様! お久しぶりです。お会いしたかったですわ!」





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