第197話 ナンカーナ皇国 エレウテリオ殿下side


「父上! ラインハルト殿下から伝達がありました。マリアは、昨日無事に目覚め、今、こちらに向かっているそうです」


「そうか! では、予定通りこちらの準備をしようではないか」


 皇帝陛下である父上の言葉に、私は頷いた。

 元はと言えば、私の策略でこの国に呼び寄せてしまったマリア。

 その彼女が、狂乱の魔女が起こした事件に巻き込まれ拉致されたのだ。


 今更ながら、彼女には申し訳ないことをした。

 最愛の婚約者の事故、その後の婚約解消。

 それに続き、父上が病床に伏し、その隙をついて教皇派が我が物顔で国のまつりごとに口を出すようになった。


 漠然とした不安が広がる中、私は三年前から準備していた計画を実行に移す決意をした。


 今は亡きオババの予言……『ナンカーナ皇国の危機を救う少女』

 その少女をこの国に呼び寄せること。

 今思えば、短絡的な行動だった。

 しかも呼び寄せた方法に付いて父上と母上からは、叱責の嵐だった。


 まだ成人もしていない少女を親元から引き離したうえ、このような怖い思いをさせてしまった私の罪は重いだろう。

 しかも、マリアは私の想い人を救ってくれた恩人なのだ。

 いや、それだけではない。

 何年も前から計画されたと思われる狂乱の魔女の事件。

 それに気づいたのも、奴らを捉えられたのも、マリアのおかげだ。


 だから、今度は私がマリアを全力で守る。

 拉致事件は貴族令嬢にとって醜聞だ。

 いくら何事もなかったと本人が証言したとしても、口さがない者は面白おかしく話を広げるだろう。

 だが、今のところ、マリアが拉致されたということは、外部には漏れていない。

 これは、ラインハルト殿下が秘密裏に行動してくれたおかげだ。

 今この皇宮で囁かれている噂話は、マリアが私の婚約者になれなかったことを悲観して、引きこもっているといったものだ。

 ああ、そういえば、昨日の噂話はマリアの自殺説というものがあったな。

 どちらにしても、婚約前のマリアにとっては醜聞となるだろう。

 聞くところによると、マリアとラインハルト殿下は想い合っているらしい。


 父上と母上はその事を知っていて、お披露目会を求婚の舞台にと考えラインハルト殿下を招待したのだという。


 そういうことなら、私も協力しようではないか。

 

 その前にまずは、マリアについての根も葉もない噂話を広めている貴族連中に衝撃の事実を披露するのが先だな。




 父上ととも皇宮の神殿前に到着。

 ちょうど、シャーナス国の面々に囲まれてマリアが出てきた。


「マリア。身体の方は大事ないか?」


「はい。陛下。ご心配をおかけしました」


 父上と言葉を交わすマリアの様子に、私はホッと胸をなでおろす。

 良かった。元気そうだ。

 そうしている間にも、背後の廊下が騒がしくなる。

 どうやら、弟たちが皇宮になんだかんだと理由をつけて居座っている貴族連中をうまく誘導してくれたようだ。


 マリアの姿を目にした貴族達が驚きの声を上げる中、父上の声が響く。


「それにしても、マリアが神の加護持ちだとはな。ラインハルト殿下からマリアが神の声に導かれて神殿にこもっていると聞いたときは驚いたよ。して、神のお言葉は賜ることができたのか?」


「はい。神様の計らいにより、ベリーチェ、シュガー、クラウドが聖獣となりました」


 野次馬の貴族達が一斉に声を上げる。


「「「「聖獣だと?!」ですって?!」」」


「いままで、神殿にいたってことか」


「神の導きで神殿にこもって……」


 その声に反応するように、奥から聖獣となったベリーチェ達が現れた。


 一番見た目が変わったのはシュガーだ。

 体長が三メートルを超える白銀の聖獣。

 背中の羽をバサリと開いた後、体の大きさを一瞬で小さくした。

 これには、その場にいた者たちがはっと息を呑んだ。


 体高35センチの小型犬になったシュガーは、パタパタと羽を動かしマリアの腕にぽすっと収まった。


 その横にベリーチェが並ぶ。

 顔や耳などのフォルムは、ヌイグルミだった時と変わらないが、なんと言ってもピンクシルバーの艷やかな毛並みは本物だ。

 マリアとおそろいの純白のドレスの背中には見事な白い羽が広がっている。

 まさしく、天使の羽だ。

 たくさんの視線が向けられていることに驚いたのか、ベリーチェはマリアにしがみついた。


「大丈夫だよ。ベリーチェ」


 ベリーチェの頭を、そっと撫でるアンドレ殿。


 もともと自分のサイズを変えることのできるクラウドは、いつもの小型サイズ。

 頭にある角が金色に輝いているのが神々しい。

 今は、この状況に興奮しているのか我々の頭上をパタパタと飛んでいる。


「クラウド、おいで」


 マリアの父であるリシャール卿が声をかけると、大人しく腕に収まり、甘えるように頭を擦り付ける。


 まるで神話の一幕のような状況にその場にいた者たちから『ほお〜』と息がもれる。


 それにしても、絵になる一家だ。


 思惑通り、マリアを取り巻く状況が好転したことに私は少しだけ気持ちが楽になった。


 あとは、マリアとラインハルト殿下に思い出に残る求愛の場を調えないとな。

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