第8話 出会い

部屋に戻ると俺は柴崎に言った。

「おまえ、この旅行中に蜜本をゲットするんじゃあなかったのか?斎藤さんに急遽ねらいを変更したのか?」

柴崎はビールの缶をもて遊びながら

「いいや、両方ゲットするぜ」と言いきった。

「斎藤さんは夏の恋人だよ。年上のお姉様との一夏の美しい思い出かな。でもこれからの長い学生生活には秋も冬もある。そんな中を一緒に過ごせるのが蜜本さ。両方とも必要だろう?」

「おまえは長生きするよ、ほんと。アブハチ取らずになっても知らねえぞ、な、吉岡」

と吉岡に声をかけると、吉岡はそれまでの話を聞いてなかったかのように

「あ、なんだ?」

と言いやがった。何か他に気を取られているらしい。

しばらくすると吉岡は「ちょっと出てくる」と行って出ていった。

宇田川は「フロ、先に貰うぞ」と言って浴室に向かう。こいつの歩き方は動くモアイを想像させる。

2人だけになると柴崎はベッドに寝転んで

「宮元、おまえこそどうするんだよ。赤川をモノにできそうなのか?」

と聞いてくる。

「チャンスはこれからだろ」

俺は面倒臭そうに言うと

「おまえこそ幸せだな。今、なんで吉岡が出ていったのか、わからないのか?さっき昼間に吉岡は赤川の事を誘ったんだよ。おまえがくだらねぇ事を考えている間に、吉岡は確実に赤川にアプローチしてたんだよ」

柴崎は諭すように言った。

そういえば俺等がはしゃいでいる間にも吉岡は女子のそばにいて、いつも何かと気を配っていた。

女はそういう優しさに弱い。

追っかけたい気にもなったが、いま追いかけてどうなるだろう。

俺はできるだけ平静にしてベッドに座った。

「俺の事は気にしなくていいから早く行けよ。手遅れになるぞ」

柴崎は言った。

「別にいいよ、そんなの吉岡と赤川の問題だろ」

「おまえは冷静だね。でもそんな痩せ我慢してると一生彼女できないぞ。俺も蜜本でも散歩に誘おうっと」

柴崎はベッドから跳ね起きて外に出ていった。

柴崎は俺に気を使ってくれたのだ。自分がいると吉岡を追いかけづらいと思って。

本当は夕食の時に見た白拍子の女の子の方が気になっていた。だが彼女と会えるチャンスなんて思いつかない。

何故こんなに彼女が気になるんだろう。

俺もしばらくして部屋を出ていった。ビーチの方に歩いていく。

別に吉岡の邪魔をするつもりはなかった。痩せ我慢じゃなく、赤川が吉岡を選んだのならそれでしょうがないし、第一俺がどうこうできるわけがない。


松林の中を浜辺に向かって歩いていく。真っ向から吉岡たちのいる所に出くわさないように、松林を斜めに歩いて浜辺に出ようとした。

それが逆に悪かった。むこうもコテージからすぐに海に出たところにいるわけないのだ。

松林と砂浜の境目の所に2人はいた。あまり明るくない月明かりの中で、2人は抱き合っていた。

俺は慌てて隠れたが、2人は俺には気づかずそのままのシルエットでいた。

ちょっと口惜しいような気持ちだ。

柴崎の言う通りだ。最初からこの旅行の目的はハッキリしていたんだから、もっとそれに全力を尽くすべきだった。

しかし俺は別に落ち込んでいた訳ではなかった。

「ウチの学校じゃ赤川が一番イイ」

と言った程度で、本気で片思いしていたとか、そういう訳じゃなかったからだ。


松林の中のすこし開けた所に人がいた。

秋田だ。

今はもう何も話したくないので黙って通りすぎようとしたら

「待ちなよ」と声を掛けてきた。

そのまま行こうとすると、秋田は走ってきて俺の腕を掴んだ。

「シカトすんなよ」

「なんだよ!」

俺はムッとして言った。なんでこいつは俺が一番来て欲しくない時に、いつもいるんだ?

「宮元、吉岡とアカが一緒にいるところ、見たんだろ?」

一緒にいるどころじゃねぇ、チューまでしてたよ。

「それでムッとしてんの?クラ~い」

俺はそのまま歩き去ろうとした。

「待てったら、だから言ったろ、宮元にはムリだって」

「うるせーなー」

俺は無視して歩く。吉岡と赤川に話を聞かれる心配はないが、そこから早く遠ざかりたかった。

「どこ行くんだよ、ビキニの女の子と一緒にいるんだから、もう少しゆっくりしてもいいんじゃないか?」

その言葉で俺は、初めて秋田はビキニの上にヨットパーカーを羽織っているだけだと気がついた。だがそれがどうした?

「ビキニってのは、着る人が着て初めて価値があるんだよ」

俺は秋田の方をまったく振り向かずに歩きながら言った。

「そんな事いいながら、興奮して息が荒いぞ!」

秋田が茶化すように言った。

思わず振り返ってぶん殴りそうになった。俺の我慢も限界だ。

この機会に言ってやろうと思って、秋田の方に向きなおる。

が、先に口を開いたのは秋田だった。

「あたしも本当は吉岡に告白しようと思っていたんだ。それで吉岡とアカの後をつけて来たんだけど、何だかどうでもよくなってきた。それより宮元を見つけてホッとしたんだ。これでアカに取られる事はないと思って」

何を言ってるんだと思っていると

「宮元もかわいそうだから、あたしが付き合ってやるよ」

とトンデモない事を言い出してきた。

俺が唖然として立っていると、秋田はそれを俺の肯定の態度と取ったのか、俺に抱きつこうとしてきた。

思わず飛び下がる。

冗談じゃない。いくらコイツがシリアスに迫ろうと、コイツと付き合うほど落ちぶれちゃいない。

秋田はこっちを見て

「照れるなよ」

と、どこまでもふてぶてしい事を言った。

と言っても、どう断るかこっちも考えつかない。こんなヒドイ状況で一体何を言えばいいのだろう。

俺はパニックになった。それでも最後の力を振り絞ってハッキリこう言った。

「絶対にヤダ!」

秋田はこれをどう勘違いしたのか「明日またゆっくり話そう」と言って、コテージに戻って行った。


部屋に戻ると柴崎は先に帰っていた。

「どうだった?」

俺はさっきまでの事を簡単に話すと、柴崎は爆笑した。

「じゃあ何か?おまえ、赤川を吉岡に取られただけじゃなく、秋田にまで言い寄られたのか。最悪だな」

本当に面白そうだ。

「せっかくだから付き合っちゃえば?けっこうおまえ達、話は合ってるみたいだし」

「ただでさえメゲてるんだから、やめてくれよ」

「案外自棄になって、林の中で秋田とヤッちまったとか?」

「おまえ、ブン殴るぞ」

さんざん柴崎にからかわれて、大分時間が経ったころ吉岡が戻ってきた。

急に3人とも話がなくなり沈黙した。

宇田川もフロから出てきて「やっとサッパリした」とか暢気なことを言っている。

オマエもフラレたんだよ。

最後に柴崎が言う。

「明日も早いから寝ようぜ」


その日はみんな疲れきっていたのか、すぐに寝てしまった。

どのくらい寝ただろうか。

夜中にまたすすり泣くような声がどこからか聞えて来て、俺は目が覚めた。

普段なら絶対にこんな事はないのに、妙に神経が過敏になっている。

そっと外に出た。

すすり泣く声は多分園田だろう。

俺はさっき赤川と吉岡の決定的瞬間を見てしまったので、園田に同情的になっていた。


 松林の方に歩いて行く。だんだん泣き声が近くなってきた。

俺は園田に何と声を掛けるか考えていた。

松林が切れて砂浜になった所でその人影は見えた。

しゃがみこんですすり泣いている。

園田ではない。

園田はショートカットだ。髪の毛が女子のだれよりもずっと長い。

 その女の子が振り向いた。

「どなた?」

心臓の鼓動が一拍すっ飛ぶのを感じた。

まさか、こんな偶然が?

それは夕食のショーで踊っていた白拍子の少女だった。

大きな目が涙に濡れて光っている。

「あの、こんばんわ」

我ながら間のぬけた話しかけ方だと思ったが、他に思い浮かばなかった。

「眠れなくて外から泣き声が聞えてきたから、つい来てみて」

女の子はあわてて涙を着物の袖でぬぐった。今はごく普通の着物を着ている。

「ご迷惑でしたでしょうか?申し訳ありません」

そこで俺は彼女の話し方がおかしいのに気がついた。古文の話し方のようだったのだ。

理解できない訳じゃないけど気になった。

「あの、どこの人ですか?」

俺は聞いてみた。

彼女は俺の方をまっすぐ見た。

改めて見ても、かなりの美人だ。そしてなんとも言えない魅力がある。

「都よりまいりました」

「みやこってどこ?」

ますます間の抜けた質問だ。

その女の子はしっかりと俺の目を見て答えた。

「京でございます。ずっと京で白拍子の稽古を積んでいました。生まれは東国常陸の国になります」

京は京都の事だが、常陸ってどこの事だっけ、茨城かな。

しかし彼女、なんでこんな話し方をするんだろう。白拍子とか舞妓さんっていうのは、現代でも独特の話し方をするのだろうか?

俺は話を変えた。

「どうして泣いていたの?」

彼女は海の方をみて言った。

「いえ、いいのです。仕方の無い事ですから。それよりよろしければお国の事をお話下さいませ。唐の国での事を」

俺はますますわからなくなった。

「唐の国のことぉー?」

「はい、京で右大臣様に教わりました。唐より渡って来られる異国の方の伽に、私達の舞台をお見せするのだと」

「それって真面目に言ってるの?なんか担ごうとしていない?」

俺の言葉に彼女は不思議そうに答えた。

「どうして私が偽ろうとするのでしょう。別に私は何もありません」

彼女の目を見ていると、とても嘘を付いているようには見えない。

しかしこれは一体どうしたことなのか?

これも何かのアトラクションなのか?

唐っていつの時代の中国の事だっけ。平安時代?

俺は理系なのでイマイチ歴史に弱い。

「今っていつの時代?年号は何?」

「天慶元年でございます」

天慶元年ね、覚えておかなくちゃ、あとで柴崎か吉岡にでも聞こう。

しばらく考え込んでいる俺に彼女が言った。

「今度はあなたさまの国の事をお聞かせ下さい。私は子供の時から唐の国に憧れているのです」

彼女は歌うように言った。

しかし俺は唐の国なんて知らないし、嘘ついても仕方ないので正直に言った。

「僕は唐の国の人間じゃない。ちゃんとした日本人だよ。東京から来たんだ。友達が新しいリゾートホテルが出来たから、一緒に行こうという事になって」

彼女は俺の言っている事が理解できないようだった。

「唐の人でない?それではどちらの国の人ですか?天竺ですか?」

なぜか俺は、今はこれ以上この話をしても無駄なような気がした。

そういえばお互いまだ名前も知らない。

「ねぇ、名前を教えてよ。僕は宮元駿馬。16才。君は?」

彼女も急にその事に気がついて

「そうですね、海月と言います。今年で16になります」

俺はふと思い出して、ポケットからあの銅の鏡を取り出した。

「もしかして、これ、海月さんのじゃない?」

彼女は驚いて

「あ、昨日なくした鏡、ありがとうございます。本当に良かった」

彼女は鏡を受け取ると両手で握り締め、胸に押しあてた。

「大事なものだったの?」

「ええ、国を出る時、母が唯一くれたものなのです」

思い出にふけるようにしていた海月は、ふいに顔を上げると

「あ、もう戻らなければ」と言って立ち上がった。

俺も立ち上がり「もう行くの?」というと

「ええ、そっと抜け出して来たので・・・鏡、本当にありがとうございました」

と丁寧に頭を下げた。

俺もあわてておじぎすると、彼女は小走りに行ってしまった。

・・また、会えるかな?・・・

口に出せなかった。引き止める理由はないし、会う必然性だってあるわけじゃない。

一目惚れって本当にあるのかもしれない。

俺はとっても残念に思いながら、コテージに向かった。

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