第28話 彼女は、見覚えのある綺麗な髪をした女性だった(3)
「――兄さん!」
そう叫んで少女が近付いてくる。ジーンはひとます二匹の動きを止めて彼女が近付いてくるのを待った。神術士のようだ。
「おや?メイルではありませんか。ジーンさんと知り合いで?」
その間にやってくるルフド導師と護衛のフレンダ。神術士だから知っているのか、彼女もアスナーシャ教会の一員なのか。
「え、導師様?えっと……」
「いつもお世話になっている人の知り合いだ。首都に来たらたまに逢う程度の仲」
「あの、ジーン殿?今メイルはあなたを兄さんと呼びませんでした?」
「お兄さん、って呼んだんだろ?メイル。今日仕事は?」
「あ……。もうないです」
即興の嘘で誤魔化す。二人に怪しまれていなければいい。
「今から研究会の本部に向かうんだが、時間はあるか?いつもみたいに話がしたい」
「はい、大丈夫です!導師様、フレンダ様、よろしいでしょうか?」
「仕事がないなら君の自由だよ。粗相のないようにね」
「非番の時までとやかく言うことはないわよ」
「ありがとうございます!」
ジーンが隣の席を軽く叩き、そこにメイルなる少女が座る。
「フレンダ。後のことは任せたぞ」
「わかってます。それではまた」
「おう」
ジーンは手綱を握りつつ、アパと目線を合わせる。それだけで二匹は走り出してくれた。
「さて、走ってるから誰かに話を聞かれることもないだろ。初めまして、でいいのか?メイルさん」
「さん付けはやめてください……。えっと……」
「ジーン・ケルメス・ゴラッド。魔導研究員首席だ」
「兄さんが、魔導研究会のトップ……」
メイルは確実にジーンを兄さんと呼んだ。そこに間違いはない。そして横顔から見て取れる印象から、ジーンは結論を出す。
「メイルは、今十六か七ってところか?」
「そうです……。十七歳で通しています」
「なるほど。アスナーシャの外法は?」
「概要は、知っています。でもわたしは使えません……。わたしは、選ばれなかった付属品ですから」
そう、影を落とす。そんな後ろめたさを確認するために聞いたわけではなかったのだが、逆効果だったらしい。
「メイルはアスナーシャ教会に所属してるのか?」
「はい。そうでもしないと、生きていけなかったので……」
「そうか……。天の祈りの方か?」
「ですです。接近戦のような野蛮なことできませんし、近衛隊に入れるほど信用も重ねていないので。お母さんも生粋の術者タイプでしたし」
「フレンダと年齢あまり変わらないだろ?」
「あの人は導師様の幼なじみでしたから。それに戦闘能力なら結構高いです。敵いませんよ」
フレンダの情報はジーンにとってどうでも良かった。知ってもどうにもならないし、あの若さで近衛隊に抜擢された理由に納得したぐらいだ。
「今はどこで暮らしてるんだ?」
「西地区にある教会の寮で暮らしています。今は……メイル・アーストンって名乗っています」
「わかった。……なるほど。俺のことを知らないわけだ。こんな偽名を使ってるんだし、メイルは首都で暮らしてたら俺の感知術で調べようがない。首都じゃ誰が誰なのかわかったもんじゃない」
ジーンは首都でも感知の術を使ったことがあったが、ここは魔導士にしても神術士にしても数が多すぎる。入り乱れすぎて誰が誰だかわからなかったので、感知で探すのを諦めてしまったのだ。
路地裏で虐められていたりしたらエレスの時のように助けていただろう。だが、アスナーシャ教会で保護されていたらさすがのジーンでも門外漢だった。
あそこに魔導士は近付けない。法などで決まっているわけではないが、近付いたら一般市民の視線が痛いからだ。
「兄さんも……偽名ですよね?」
「そうだな。ちょっと本名はマズいと思って。誰か気付くかと思ってジーンって名乗ってるけど、気付いたのはお前含めて二人だな」
「もう一人、いるんですか?」
「ああ、いや……。もう一人は本能的に気付いてるだけで、たぶん向こうは確信を持ってない。アスナーシャの外法、使えるけどな」
「ああ……。なら一人しかいませんね」
いくら二人しかいないとはいえ、核心には触れなかった。馬車で移動しているとはいえ、話す単語自体は厳選していた。
「魔導士の方で、誰かいなかったんです……?」
「研究会にはいなかった。保護した中にもいなかったよ。どっかで生きてるか、もう死んだか、それともアース・ゼロの時にもう生き残りはいなかったのか……」
「兄さんは、気付いたらどこにいたんです?」
「気付いたらここにいた。あの頃の首都は反魔導士活動が盛んだったからな。さっさと逃げ出して、ラーストン村で保護してもらった。今もそこで住んでるよ」
「ラーストン……。ずいぶん辺境の村まで逃げたんですね」
「それだけ危なかったし、俺の力も厄介だったからな」
その実、ジーンの魔導は幼少期からあまり成長していない。昔から今とそう変わらず魔導を使うことができた。アース・ゼロで力が増幅した人間の一人だ。
「それでも魔導研究会のトップになったのは……」
「皆を探すためだな。俺の記憶が確かなら両親は死んでたし、周りには誰もいなかった。誰かしら生きてないか探そうとしたんだが……。成果が出たのが八年目だなんてな。メイルはどこにいたんだ?」
「わたしも首都です。気付いたら首都にいて、アスナーシャ教会に保護されていました」
「そうか。ひとまず、生きていてくれてありがとうな」
「……わたしも、兄さんが生きていたって知れて良かったです」
そうこうしている間に魔導研究会の本部についていた。専用の馬小屋に行って馬車を止めて、二匹を休ませていた。
「俺の部屋で話そう。もう少し聞きたい」
「……はい」
ジーンが本部へ入っていくと、たまたまロビーにいた研究員が近寄ってきた。嬉々とした表情だ。
「ジーンさん!首都に来てたんですね!」
「おう。嬉しそうだな。何か新しい発見でもあったのか?」
「ありましたとも!アスナーシャ教会が神聖視するアスナーシャ直々の使い魔、クイーンナーシャとおぼしき存在の居場所がわかったんです!」
「ああ?何でそんなのがわかったんだよ?アスナーシャ教会ですら探し回ってる伝説の存在だろ?」
これはジーンも知らないことだった。むしろアスナーシャ教会が知らないのに、何故魔導研究会が発見できてしまったのかわからなかったのだ。
「実はエランド山で魔物の生態調査を行っていたんですが、登山家などが頂上で見たことのない白い龍を見つけたという報告がありましてね?調査隊を派遣したところ、その龍は神術を使ったんですよ!」
「神術を魔物が使うわけがないからな。新種の魔物というよりはクイーンナーシャの方が筋は通るな。この情報、教会には?」
「伝えるわけないでしょう!周辺住民や登山家などには頂上に危険な魔物が住み着いたから近寄らないようにと勧告を出しました!」
「ナイスだ。そいつの情報は今纏めているのか?」
「はい。仮案ですが、できる限り纏めてます」
これは人が悪いと言われるかもしれないが、そんなアスナーシャ教会が有利になるような情報を与えるはずがなかった。これ以上世界のバランスを崩したくはない。
というより、アスナーシャの顕現を誘発するようなことを避けたかったのだ。アスナーシャが現れてしまえば確実に世界はアスナーシャ教会の物に傾く。それだけは魔導研究会として避けたい。
アスナーシャ教会が絶対のものとなり、魔導士が差別される。今でも酷いのに、これ以上助長させるわけにもいかないのだ。
「魔導研究会の中と周辺地域だけで情報規制しておけよ?騎士団にも伝えなくていい。討伐なんてされたら世界のバランスを崩すからな」
「わかっています。経過観察のために月に一度エランド山への調査隊派遣を許可していただきたいのですが」
「正式に書類を作ったらな。予算とかもある程度試算しておけ。そうしたらハンコなんていくらでもくれてやる」
「ありがとうございます!」
「資料全部俺の所に回せよ?それを聞いたら当分滞在するしかない」
「はい!なるべく早くまとめます!」
そう言って男は走ってどこかへ向かっていく。早速仕事に取り掛かるのだろう。
「あの、兄さん……」
「ああ、メイル。今のことは秘密にしておいてくれ」
「それはいいけど……。その子に、教えないの?アスナーシャの外法が使えるってことは……」
「そいつのことも隠したいんだ。力になってくれるとは思うけど、導師になることも、世界のために力を使うことも望んでないから。それに先代の適合者を考えると、接触はあっても器には選ばれていない気がする。いや、それは俺の願望か。……器になんか、選ばれなくていい」
「……兄さんがそう言うなら」
二人はそのまま事務室に行くと、受付の女性に挨拶された。
「あ、首席。お部屋使われますか?」
「ああ。あと何かお茶菓子出してくれ。俺にお客さんが来ていてな」
「わかりました。あとでお茶と一緒に持っていきますね?」
「頼む」
「……彼女さんですか?」
「知り合いの娘さんだ」
「あら残念。……いや、研究員の女性陣からしたら安心ですかね。男性陣はがっかりしそうですが」
「すまん。何の話だ?」
「フフ。どうかそのままの首席でいてください」
そう言って笑われながら年配の受付の女性は鍵を渡してくれた。
ジーンは首席としての部屋を二つ持っていた。一つは完全なる私室と、もう一つは研究用の部屋。その二つの鍵を渡された。
「それと、この紙について調べてくれ。魔導研究会のサインがあるってことは、誰かが承認したはずだろ?コピーも取ってるはずだし、誰が承認したか調べてくれ。あと、俺に電報を送るつもりだったはずの奴もだ」
「わかりました。ちょっと待っていてください」
そこからジーンはメイルを案内する。途中様々な研究員に挨拶されたが、ジーンは「おう」と返事する程度。
いつもだったら誰かしらが何かしらの話題を振ってくるのだが、今日は隣にいたメイルを見て諦めたらしい。
私室の方に入る。ここは物理的な鍵もそうだが、魔導による鍵もかけているので、中には誰も入れない。掃除も一週間に一度自動発動型の埃を取るための魔導を仕掛けているので綺麗になっている。特許申請中。
二人は机を挟んで並んでいるソファにかけて、対面するように話を始める。
「さて。もう少し聞きたいことがある。俺たち家族はアース・ゼロで皆の行方がわからなくなったわけだが……。正直言って俺は当時の記憶があまりない。アース・ゼロが起こったっていう事実と、いつの間にか首都にいたぐらいだ。メイルはどれくらい覚えてる?」
「わたしは当時、家にいました。気付いたらもうアース・ゼロは起こっていて、たぶん瓦礫の山の中にいた気がします。そこから誰かに助けられたんですけど、その人が誰かは全くわかっていなくて……」
「その時は家があった場所にいたんだろ?助けられたと思ったら首都にいたのか?」
「はい。西地区の路地で倒れていました。誰も近くにはいなかったです」
何とも不思議な話だ。気付いたら知らない場所にいただなんて。助けた人間もアスナーシャ教会や孤児院に預けるわけもなく、ただ路地に放り出すとは。
「教会には誰かいないのか?」
「全員に会ったわけではないので絶対とは言い切れませんが、たぶんいないです……。会えば姉妹の誰かならすぐわかりますし」
「そりゃあそうか。じゃあ本当に生きてるのは俺たち三人だけっぽいな……」
「えっと、たぶんその子って妹ですよね?何て名乗ってるんです?」
「エレス。十二歳だそうだ。この子も最近見つけた。デビッド村にいたよ」
「え?あの狂信的なデビッド村に?なのに、アスナーシャ教会で保護していなかったんです?」
「バケモノって呼ばれて虐められてたよ」
その言葉に息を呑んだメイル。心当たりがあるのか、胸の辺りを抑えていた。胸の奥から来る痛みに耐えながら、鈍痛な表情をしていた。
そこへ、ノックの音が鳴る。事務員がお茶菓子を持ってきてくれたのだろう。
ジーンが扉を開けると、予想通りトレイにお茶と菓子を乗っけて事務員の女性が待っていた。それは扉の外で受け取って、配膳はジーンがやった。
「とりあえずお茶でも飲んで落ち着け。今はもう、そんなことないから」
「……はい」
カップを持ち、少しずつ口に運ぶ。身体の芯に染みていくように、暖かい何かが隅々まで流れていった。
「……わたしも、治癒術は人並み以上に使えます。教会や患者さんの皆さんには重宝されていますが、きっとわたしよりも能力が上なら……。どんな重傷でも、一瞬で治せたんです?」
「たぶんな。しかも詠唱も名前もわからず、無詠唱でだ」
「それは……。バケモノって呼ばれてしまうかもしれません。同じ経験があります」
「お前も、辛かったんだな……」
「兄さんや、その子に比べれば恵まれています……!だって、わたしの今までの生活はそこまで酷いものじゃなかった!人並みには、生活できていたんです!それに、今になって兄さんにも会えました……!」
頬を伝う涙。両肩を小刻みに震わせ、嗚咽さえ交じっていた。
一人で寂しい想いをさせてしまったことに変わりはない。だからこそジーンは、ハンカチを取り出してメイルの目元を拭った。
「泣きたければ泣け。それと……見付けてやれなくて、悪かった」
「どう、して……?だって、兄さんは……」
「俺がプルートの外法を使えてもおかしくはないだろ?この世界で、プルート・ヴェルバーに一番近い男だぞ?」
ジーンはハンカチをしまって右手を差し出す。そこへ恐る恐るメイルは手を伸ばし、触れた。
魔導士と神術士。だというのに
「あ……あぁ……」
「だからほら。泣きたいなら胸くらい貸してやる」
「ああああぁぁぁぁ!」
勢いよく、メイルはジーンに飛び込む。それをジーンは優しく包み込んでいた。背中に手を回し、軽く背中を叩いていた。
赤子をあやすように、家族を受け止めるように。
「兄さん……!兄さん‼」
「ここにいるよ」
「うぁ……っ!ヒッ、……
「うん。そう呼ばれるのも久しぶりだ」
それからもしばらく、メイルは泣き続けた。ジーンはただ、そのままメイルの傍にいただけ。それでも二人にとってはかけがえのない時間になったことだろう。
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