第23話 その街は、舞踏会に向かない寂れた場所(11)


「フレンダ?どうしてここに?」

「導師の親衛隊ですよ?追ってくるに決まってるじゃないですか」

「何だ。導師様の家出は今日でお終まいか。可哀想に。食事は採ったか?」

「いえ……。夜通し馬車で駆けてきましたので」

「なら食ってけよ。あと、序列六位が俺如きに敬語使うなって。示しがつかないぞ?」


 そう笑いながらメッカは導師を起こしに行く。まだ食堂に顔を出していないので、遅くまでやっていた検証のために寝ているのだと判断した。

 フレンダと呼ばれた女性はここのシステムを理解して食事を採ろうとしたが、その前にジーンたちの方向を見て近寄ってきた。


「ジーン殿、お久しぶりです。半年ぶりでしょうか?」

「……悪い、誰だっけ?」

「フレンダ・T・ベンダです。導師直属の親衛隊所属、序列は六位に先月上がりました。会うのは三回目になります。どれも、魔導研究会の会合に合わせて訪問しました。内容は二つの組織の迎合でした」


 そう言われても思い出せない。というより、魔導研究会の人間以外で首都の顔なじみは騎士団長くらいだ。

 それ以外にも政治家だったりよくわからない会社の人間に会ったりしたが、記憶に留めていなかった。


「あの、ジーン?失礼では?」

「お兄ちゃんにとってどうでも良かったってことだよね?」

「たぶんな。あー、あんただっけ?教会の研究資料届けてくれたの?」

「一度だけですが。研究書の交換を行ったことがありますね」


 そうやって取引をしたこともあったが、お互いに腹の内を隠していた気がする。どちらも調べられても構わないような内容の物しか渡さなかったのだ。一応魔導研究会側としてはその時の会合で話された研究成果をまとめた物を渡したはずだが。

 それはジーンにとってはどうでもいい内容の物で、それで神術のことがわかれば御の字だと思っていたのだが、向こうもそれがわかってかまともな物はくれなかった。

 だから信用しないという意味で覚えていなかった可能性が高い。そういうのを考えたのは目の前のフレンダではないだろうが。


「そんなこともあったな。親衛隊がわざわざ来てたのか。驚いた」

「導師に一番近い人間ですから。枢密卿っていうお偉いさん方が間に入っていますが。それにこちらこそ驚きましたよ。まさかジーン殿に妹君がいらっしゃったなんて」

「公表してなかったからな。エレス、挨拶」

「はい。妹のエレス・ゴラッドです。兄がお世話になってます。……でいいんだよね?お兄ちゃん」

「ああ。それが知り合いかもしれない人への基本の挨拶だ」


 しっかりと挨拶ができたようで、ジーンは微笑む。ラフィアが基本的には教養を教えているのだが、彼女は貴族であるため一般的な教養とは異なる部分も多々あった。

 そのため、必要最低限なことはジーンも教えていたのだ。それが功を奏したと本人は思っている。

 フレンダは気にしたわけでもなく、そういう子なのだろうと理解する。


「先程も名乗りましたが、フレンダです。妹さんということは魔導士ですか?魔導はそこまで感じませんが……」

「兄妹だからってそう決めつけるのは早計だぞ、六位」


 ジーンはコーヒーを飲みながらそう答える。緊急事態だったにしては良いものを飲んでいる。こういう食生活からストレスを与えないためだろう。


「それもそうですね。失礼しました。エレスちゃんって呼んでもいいかな?」

「はい。大丈夫ですよ」


 エレスの方もラフィアより年齢が近いと感じたからか、打ち解けるのが早かった。これからも会う機会があるかと言われれば、限りなく少ないだろうが。


「フレンダ~。導師様連れてきたぞー」

「メッカ……。お願いだから引きずらないで……。吐く」

「眠いだけでしょうが。さあ、こってり説教受けてください」


 フレンダの前に放り投げられる導師。仮にも組織のトップを放り投げるのはどうかと思ったが、そんな彼の前に立ったフレンダの様子を見て、誰も何も言わなかった。

 修羅がいる。

 しかもご丁寧に無詠唱とはいえ肉体強化の術を行使していた。背中の大剣に手がかけられていないだけマシだろうか。


「さあて、導師様ァ?勝手に抜け出した理由を教えていただけますかぁ?」

「い、いやだなあ、フレンダ。いつもみたいにルフドって呼んでいいんですよ?」


 冷や汗をかきながらそう答えるルフド少年。たしかにフレンダが入ってきた第一声は導師様ではなくルフドと呼んでいたためにそれほどの間柄なのだろう。


「あ~ら~?私が温情であなたを導師扱いしているのがわかってますぅ?ただのルフド扱いされたいならこのまま頭に拳骨落としますが?」

「はっはっは。いくら肉体強化の術を施していたって僕の結界は――って本当に殴った⁉」


 ゴガギンッ!という音が鳴り響いた。強化された拳とルフドが無詠唱で張った結界が衝突した音だ。


「チィ、硬い」


 拳も結界も損傷がない。これが彼らのコミュニケーションなのかと、ジーンはのんびり理解する。エレスは何をしているんだろうという顔をしているし、いつもの二人を知らないラフィアを含む周りの人間はあわあわしている。


「さて、冗談が言えるほど反省もしていなくて、生意気にも結界で反抗しているカワイイカワイイルフド君は、何か言い残したいことあるかな~?」

「防ぐのが普通だよね⁉そんな拳で殴られたら死んじゃうじゃん!」

「その結界邪魔ですね。でも私の実力じゃ解除術式で壊せないと思いますし……。物理でどうにかしないといけないみたいです」


 目からハイライトが消えたフレンダは肩から大剣を抜く。身体を鍛えている女性でも扱えるかわからないほどの大きさをした武器だ。彼女は常時肉体強化を施して戦うタイプなのだとデザートのブドウを剥きながら分析するジーン。

 もの欲しそうな目をしていたのでエレスにあーんをしてあげる。その仕草一つ一つが可愛かった。ジーンはもちろん、たまたま視界に入っていた人間はキュン死する。


「フレンダ⁉ここ食堂!皆の憩いの場‼」

「そこを戦場にしようとしているのはあなたでしょう……?」


 振り下ろされる大剣。だが、それは結界に弾かれる。咄嗟にルフドは強度を上げたのだ。


「わかった!わかったから!勝手に抜け出してごめんなさい!あとお金もなかったから教会のお金使ってここまで来てごめんなさい!」

「わかったならいいです。最初から抵抗しなければ私も怒ら――なんですって?教会のお金を使った?」

「うん。僕のお小遣いじゃ遠征費は足りないなって思って。それに僕の財布管理してるのはフレンダでしょ?フレンダの目を盗んで行くとしたら教会のお金を使うしかなくて」


 正座をしながらいけしゃあしゃあとのたまうルフド。あれがアスナーシャ教会のトップと聞くと、同じような組織のトップであるジーンは情けなく思ってくる。


「使ったって、どれくらい……?」

「馬車と宿代と食事代と服ぐらい?いやー、子ども一人だっていうこと隠すために口止め料も払っちゃってさ。一千万プラウドくらい?」

「いやーーーーーーーっ⁉」


 額を聞いてフレンダが叫ぶ。いや、仕方がないことかもしれない。

 一千万プラウド。辺境の街や村だったら一軒家が建てられておつりがくる額だ。それをたった数日で使われたらたまったものではないだろう。

 一応記載しておくと、アスナーシャ教会はお金持ちである。財政が不安定であるとか、いつも事務方はカツカツだとか、そういうことは一切ない。むしろ神術士であればアスナーシャ教会で働けば一生安泰という程である。

 治療費に寄付、聖師団による魔物狩りから得られる報奨金などから、お金に困ることはない。一般庶民感覚であればかなりの大金ではあるが、そんな組織のトップが使う金額としてははした金であろう。


「あなたは金銭感覚が身に付いていないから私が財布を預かっているのに!人の努力を水の泡にして!バカがバカなことしないでください!」

「酷くない⁉というかストップ!絶対結界は壊されないけど、周囲の目がマズいからストップ!」

「皆の差し入れ買いに行くとか言って一つ二万プラウドもする高級菓子を本部の人数分買ってきた子が言い訳するなぁ!」


 大剣が振り落とされる手が止まる様子がない。これはギルティだ。反省の意図が見られない。


「お兄ちゃんはこの街に来るまでどれくらい使ったの?」

「コテージとかの金額含めても五十万ってところか。その半分くらいは騎士団が払ってくれるし、安い安い」

「そっか!騎士団に払ってもらえば良かったんだ!ジーンさん賢いですね‼」

「提案したのは別の人だけどな」


 正座をして目の前には大剣が迫りながら、ルフドはにこやかに今気が付いたというような顔をしている。それで怒りが増すフレンダ。

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