第5話 遭遇、ボーイミーツガールガール&ガール

 探索開始。


 南校舎二階に上がるなか階段の前。晃陽こうようたち三人の背中に、弾んだ声がかかった。


「おいっ、東雲しののめっ!なんでこんなところにいるんだ」

「……月菜つきなか。何故そんなことを訊く」


 体操着を身に着けた小柄で浅黒い顔の少女に、晃陽こうよう怪訝けげんな顔を返す。


「お前っ、あたしらの部活手伝わなかっただろっ」

「今日は雨だろう」


 晃陽が、霧雨がきめ細かい砂のように落ちる窓の外を見やりながら言う。


「部活はできるっ。こんなのは晴れと一緒だ」

「それは違うんじゃないか」

「春休み前に“勝負”しただろうがっ」

「……先生、れい、すまないが、先に行っていてくれ」

「どうぞお構いなく」

「ごゆっくり。妖怪釣りは氷月ひづき先生とやっておく」

「……どうしたんだ二人とも」


 晃陽は、やけに聞き分けの良い二人を見送ると、ため息を吐きながら、ソフトボール部の一年生エース藤岡月菜ふじおかつきなに向き直る。


「はぁ……何の用だ?」

「妖怪って、小暮先輩や氷月先生と一緒に何をやってるんだ」

「お前には関係ないだろう」


 めんどくさそうに言う晃陽に、月菜は小さな顔をぷっと膨らませる。


「春休み前に勝負に負けたら手伝う約束だったろがっ」

「お前以外、誰も来ていないじゃないか」

「それは―――きゃっ!?」


 そのとき、ガタン、と、何かが倒れるような音がした。


 月菜が驚いて身をすくめるのとほぼ同時に、晃陽が、その肩を右手で引き寄せ、腕の中に包む。


「しっ……東雲、ちょ―――」


 ほぼ年中日に焼けた顔が赤く上気した月菜を無視し、晃陽は左手を音のした方に突き出す。


 そして、

「オン・アロリキャ・ソワカ!!」

 謎の呪文を叫ぶ。


 静寂。

 何も起こらない。

 いや、小さな人影が見えた。

 女子の制服姿。東階段の方へ駆ける音。


「音が高くなっている……上か。間抜けめ」


 誰よりも間抜けな呪文を唱えた男がそう呟き、満足気に笑うと、月菜をそっと解放した。


「……東雲、その左手はなんだ」

「退魔のしゅを刻んできた。これが無ければ、魔界に引き込まれてしまう」

「あっ、そう……」


 醒め切った月菜の目に、晃陽の制服の長袖から、筆と墨で書いたらしいミミズののたくった様な模様が見えた。


「墨汁でカッターシャツが真っ黒になってるけど、お母さんに怒られないか」

「……今日のところは大丈夫だ」

「それに、なんか汚いぞ」

「うるさい」

「でも、ありがとなっ」


 雲間に差す陽のような笑顔を見せる月菜。晃陽は、思いのほか被害の大きかったシャツの汚れに焦っていたようだったが、息を一つ吐くと、柔和な笑みで、月菜の頭に手を置いた。


「今日のところは、俺の用事を優先させてくれ」

「あぅ……またお前は……」

「あのぅ」


 またも沸騰ふっとうする月菜と、その意味が分からないでいる晃陽に、透き通った声が呼びかけた。


「なんだ委員長」

「わわっ、浅井さん!?」

「もう委員長じゃないよ東雲くん。あ、邪魔しちゃってごめんね藤岡さん」


 二人の一年時のクラス委員長、浅井香美奈あさいかみなは、すらりとした肢体と同程度にしなやかな指を合わせ、謝った。整った輪郭の顔を少し傾げ、セミロングの黒髪が右に揺れる。目はいつも通り、優しげに細められている。


「な、なに言ってんだっ。別に……こんな奴とっ……」

「ふふっ。そうだね」


 同級生の可愛らしい反論を軽く受け流すと、その細目は、もう一人の男子生徒へと向かう。


「今日も探偵ごっこ?」

「そんなところだ」

「あれ? 意外。肯定しちゃうんだ」

「委員長はどうしてここに」


 香美奈は苦笑する。


「実はね。私も探偵ごっこ」

「なんだと」

「小暮先輩と氷月先生が一緒にいるんでしょ? こんなチャンス、逃せないって思ったの」

「それが理由か」


 確かに、黎も氷月も、学校の女子人気は高い。否、いっそ二分していると言っても過言ではない。


 学年全体でも、いわゆる女子グループの中心的存在で、器量も成績も良い香美奈の意外なミーハーぶりに、晃陽は少し面食らう。


「ふふふ、呆れちゃった?」

「いや……」


 ちなみに、晃陽の右手は、未だに月菜の頭に乗っかっている。なので、彼女はこの会話に参加していない。それどころではない。


「むしろ、その方が良い。その嘘臭い薄笑いで喋られるよりは、ずっとな」

「え……?」


 そんなわけだから、月菜は、この晃陽の発言で急変した香美奈の表情も見ていなかった。


「さて、行くか」


 晃陽はようやく月菜の頭を解放すると、階段を上っていった。


 二人の少女は、しばし呆然とその背中を見つめていたが、


「どうした、人手は多いに越したことはないが、俺から離れて無事に帰れる保証はないぞ」


 と、意思が強そうで偉そうで中二臭い発言に、仲良く肩を並べて付いていった。


 晃陽の女子人気は―――それほどでもない。今のところは。


 なお、腕はもう何が書いてあったのか分からないほど真っ黒になってしまっていた。

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