第21話

 ―――――


「僕は反対です」

 強い口調で言ってみたものの、班長はそれを歯牙にもかけない。

「個人的な意見は分かった。だがどうしようもない。AIの判定だ」

 僕は思わずムキになる。

「全ての決定をAIの判定通りに行う必要はないはずです。あの人の拘りは相当なもので、州の決定を素直に受け入れるとは思えません。平均余命も長くないですし、このままそっとして置いた方がいい。そもそも、今までそういう判断をしていたんですよね」

「だが、それが変わった。AIが従来の判定を覆したんだ。このままそっとしておくよりも、素直でない居住者を無理矢理立ち退かせる方がリスクが低い、とな」

「課長だって、自分の眼で見れば分かる筈です。現場の判断をもっと重要視すべきでは」

「新人の見立てを課長が重視すると思うか? ただの思い込みとしか評価されんだろう」

「僕が新人だから駄目なら、班長自身はどう思っているんですか?」


 一瞬の間があった。

「個人的な意見を言えばな。当然、お前と同意見さ」

「だったら、なぜ」

「AIの判定と異なる決定をするとなれば、理由付けが必要になる」

 軽いため息が聞こえた。

「俺たちは公務員なんだぜ。現場の担当者が恣意的な判断をしていたら大問題だ。やるなら、公平で客観的な理由ってのが必要だ。だが今の社会で公的で客観的なものと言えば、そいつはまずAIの弾き出すレーティングのことなんだぜ」

 しかし、それでは。

「実のところ課長もトラブルになる可能性は認識してるんだが、AIの判定を踏み越えたら説明責任が生じるだろ。だから、このまま進めるしかない」


 なんてことだ。それでは僕たちはAIの、レーティングシステムの命令に従っているのと変わらない。

「お役所仕事、ということですか」

 毒づく僕に、班長は余裕を持って応じた。

「個別の事情を考慮すれば不公平だと言われ、厳密に公平性を保とうとすれば柔軟性が無いと批判される。自分に都合よく評価基準をすり替えるのは戦前の悪しき風習だぜ。現代のやり方はその反省を踏まえたものでな、理由も無くこんな風になったわけじゃない」

 話はそこまでだった。議論の無意味を悟った僕は、シートに座って資料をチェックしはじめる。

 何か、出来ることがないのかと。


 ―――――


「お前さん達がこんな話を持ってくるとはな」

 僕たち二人に向けて、敵意のこもった視線が向けられた。

「自分としても、やりたくは無かったですよ。ですけど公務なもので」

 班長はプリントアウトされた紙を差し出した。

「通知は届いておりますか? 念のため、こんなものも用意しましたが」

 老人の家にある通信機器は三世代前の旧型で、文書到達記録のフォーマットが現在の規格と合わない。だから、現物を届けるという時代錯誤な手法を取らざるを得なかったのだ。


 老人は文書を受け取らなかった。班長は静かにそれをテーブルに置く。

「現時点で、到達したと記録します」

 班長は少しだけ声のトーンを変えた。

「長い付き合いだ、単刀直入にお話ししますよ。選択肢は二つ。一つはこの地域の限界区域指定に同意すること。その場合、このまま居住することは認められます」

「同意しなけりゃ、どうなる」

「強制執行の対象になります。一応訴訟の権利はありますが、そちらの主張が認められる可能性は低いでしょうね」

 AIは既に強制退去の方針を出している。つまり、それが合理的で公平な判断なのだ。訴訟をしても同じ結論しか出ないだろう。

「その場合、各種の保障は失われます」

「あくまでも拒否したら」

 班長は一切の嘘や誤魔化しを排除した口調で答えた。

「誠に残念ですが力づくでも、ということになります」

 フン、と老人が息を吐いた。

「考えさせろよ。期限はいつになる」

「一週間。先ほどそれを置いた瞬間から、168時間きっかりです」

 班長は、テーブルの上に無造作に置かれた紙を指さした。

「これでも限度一杯にしたんですよ。それ以上は一秒だって延長出来ません」


 苦々し気に通知を見詰める老人に、僕は思わず声をかけた。

「権利を放棄する訳にはいきませんか?」

 二人の視線が僕に集まる。

「限界区域の指定に同意すれば、ここに住み続けることは出来ます」

 沈黙する二人。

「あなたには大切にしていたものがあって、だから簡単に認められることではないのは分かります。だけど、意地を張っても何にもならない。何もかも取り上げられるだけです」

 僕は誠意を込めて語ったつもりだった。しかし老人は静かに首を振る。

「駄目だ」

 重く、固い決意を込めて。

「お前たちがオレのものを奪うのと、オレが自分のものを棄てるのは意味が違う。オイボレの偏屈に見えるかも知れねぇがな、そいつぁどうしても譲れねぇ点なんだよ」

 老人は立ち上がるとテーブルに歩み寄り、ぐしゃりと書類を握りしめた。

「一週間後に来い。逃げたりはしねぇよ」


 ―――――


「どうするんですか、一体」

 帰庁する公用車の中、僕は班長に訊ねた。

「粛々と進めるしかないだろ」

「本気で抵抗されたらどうするんですか」

 老人は本気だった。彼は猟銃だって持っている。そこまでするかどうかは分からないが、もしもということだってありえるのだ。そうしたら僕達は。

「その時はその時さ。粛々と、だ」


 さすがに、腰が据わっているのか単に鈍いだけなのか分からなくなってくる。

「班長はあの方と付き合い長いんですよね」

「ああ」

「長年問題は無かったのに、なぜ突然こんなことになったんでしょう」

「さてなあ」

 気の乗らない声。頭に血が上った僕は、怒鳴るような声をあげてしまった。

「もう少し詳しく調べたって良いじゃないですか!!」

 微かなモーター音だけが車内に響き渡る。

「お前さ。今まで処分が決まった住民について、詳細を一々調べたか?」

「やっていませんよ! だけど」

「俺はやっていない。だから、この件にだけやけに詳しく調査をすると偏った手続きだと言われる可能性がある」

 班長はそっぽを向いたままで言った。

「だが、新人には蓄積データが無いからな。今なら結構自由に動けるぞ」

 その意味を理解するのに、数秒がかかった。変わらぬ口調のままに班長が語る。

「やるべきだと思うなら、自分で動け。お前には、その能力と権限があるんだぜ」

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