人工少女育成キットの概評
文子夕夏
入手まで
二〇一九年、一月二日。
二日酔いを醒ますべく、近所を散歩している時の事。ふと裏路地を見やる、この街に越して来て幾度となく見掛けるも、しかし実際に歩を進めた事が無いと思う。
結局、軽い酩酊感と共に裏路地へ。
古びた居酒屋、雑貨屋が建ち並ぶも、皆一様に玄関には注連飾りを据え付ける。烏すら降り立たないこの路地に、初めて生気を感じる。
更に歩を進める。ハンチング帽を目深に被った老爺が、二畳程に広げたブルーシートの上に座っている。「一個五百円」の看板通り、水晶のようなものをガラスケースに入れて販売していた。
「買わないか、おい」
嗄れた声が耳に障る。不躾な呼び掛けに無視しようとしたが、続ける老爺の言葉に私は足を止める。
「育ててみねぇか、小せえ女の子をよ」
質の悪い酒に酔っている訳では無いようだ。皺だらけの顔面に埋もれた目は、それでも私の方をしっかりと見据えている。酒臭さも感じられない。
「その石ころで育つのか」
おうとも……老爺は嫌らしい笑い声を上げてから、陳列する水晶の一個を手に取って、僅かに差し込む陽光に照らした。目が眩むようだった。
「ここから育つんだぁ、女の子がぁ。信じてくれよ、なぁ」
信じてくれと願う者に限り、一切信用ならないのは世の常だ。最近の露天商はここまで堕ちたか……など思いつつも、酒の抜けない私は財布を取り出し、五百円玉を老爺の手に置いた。近くで煙草を買うつもりだったが、会社で語る笑い話を仕入れたと思えば損な気もしない。
「あんたが初めてだよ、いやぁありがてぇなぁ」
老爺は財布の代わりなのか、薄汚い小箱に不似合いな硬貨を放り入れると、手に持っていた水晶をガラスケースに戻し、「可愛く育てろよ」とフガフガ笑った。
「説明書は無いのか。ほら、金魚を掬う時も貰えるだろう、簡単なのを」
冗談半分の問いではあったが、老爺は慌てて懐から一枚の紙を取り出した。
「歳のせいかな、忘れっぽくて……嫌になるよ」
聴けば説明書は購入者にのみ渡す決まりで、風で飛ばぬよう懐にしまい込んでいるらしい。どうでも良いが。
かくして私は「育成キット」を手に入れた。
後日、インターネットや図書館で調べても該当する項目は一切無かった。その為に次の章で「育つ生物の正体」「飼育方法」について、実体験と説明書の中身を照らし合わせて記載する。
何を隠そう、私もこの手の学問には明るくない。
ズブの素人として、なるべく分かりやすく記載したい。
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