第11話 無茶と成長と

 次々と飛来する魔弾を、ザインの矢が吹き飛ばす。

 その合間を縫って動くのは、白と空色の二人の剣士。


「我を守護せしいかづちの精霊よ……」


 カノンとフィルは、詠唱中のエルに近寄らんとする魔物達に攻撃を仕掛け、相手が気を取られたところで後方に離脱する。

 そうして時間を稼ぎながら、チャンスがあれば飛び掛かって来る地底蛇の胴体を斬り落として、数を減らしていく。


「今こそその偉大なる力をって、我にあだなす者に裁きの雷を……!」


 その間にも、着々とエルの準備は進んでいく。

 祈るように杖を握る彼女の周囲には、パチパチと小さく弾ける電流が明滅を繰り返していた。

 ザイン達による懸命な防御によって集中力を発揮する事が出来たエルは、高めた魔力を明確な意思を以って形にしていく。


「轟け、雷鳴の十字架──トゥオーノ・クローチェ!!」


 少女は高らかに声をあげ、両手で杖を天に目掛けて掲げた。

 その瞬間、空気を震わす衝撃と共にザイン達を取り囲む魔物達目掛け、いくつもの光の槍が重なり合って降り注いだ。

 それは魔法に名付けられた意味が指し示す通り、十字架のようにクロスした、電撃の雨の群れ。

 バリバリと大きな音を立てて、エルが放った渾身の魔法がゴーレム達を貫いていった。そして、それに巻き込まれる形となった地底蛇らも同様だ。

 これでもかと雷を浴びたゴーレム達の土と岩の身体が、ゴゴゴゴ……と低い音を響かせながら、ボロボロと崩れ落ちていくのが分かる。


「凄いな……ゴーレムの身体が、どんどん崩れていってる……!」

「これは……ワタシの予想を上回ったわね」


 鳴り止んだ雷は、激しい稲妻によって地底蛇達を残らず黒焦げにしていた。

 同じそれを浴びたゴーレム達も、過剰に受けた魔力を外に流す事が出来ず、決壊したダムのように岩石の身体を崩れさせた。

 ザイン達四人以外に動く者が居なくなったフロアには、大量の土と岩の山が所々に出来上がっている。

 それを作り上げた張本人であるエルはというと、一気に魔力を消費した反動で、地面にへたり込んでしまっていた。


「エル、大丈夫か!?」

「姉さん!?」


 すぐにザインとフィルが彼女の元に駆け付け、今にも倒れ込みそうになっていたエルを両側から支える。


「ザイン、さん……フィル……わ、わたし……」


 急激に魔力を失った際の倦怠感や、思わず気を失ってしまいそうな感覚はザインもよく理解している。

 以前『オート周回』スキルを発動した時、ザインが今のエルと同じような状態に陥ったのは記憶に新しい。

 ザインは力無くこちらに目を向けるエルの背中を、自身の片腕で支えて座らせた。

 意識が朦朧としている様子の彼女に、ザインは


「……大丈夫。君の頑張りは、俺達がしっかりとこの目で見てたからさ」


 と言って、小さく笑い掛けた。

 そのままザインは彼女のポーチからカノンの魔力ポーションの瓶を取り出し、栓を開けてそっとエルの口元に飲み口を寄せる。


「……これ、飲めそうかな?」

「……はい。大丈夫、です」


 エルは中級の魔力ポーションにそっと口を付け、静かに傾けられていく瓶の中身を飲み込んでいく。

 下級魔力ポーションよりも幾分か飲みやすさの増した液体は、薬草の青臭さがほとんど無く、鼻を抜ける爽やかな香りが心地良い。

 その香りと効能が、エルの身体の不調を瞬く間に改善させていく。

 フラついていた頭はすぐにハッキリとしていき、徐々に全身を魔力が巡っていくのが分かった。


「姉さん、体調はもう平気……?」

「ええ……かなり良くなってきたわ。ザインさん、カノンさんもありがとうございます。わたしなんかの為に、ご迷惑をお掛けして……」

「迷惑なんかじゃないさ! エルのあの魔法のお陰で、あんなに沢山居たゴーレム達をあっという間に倒せたんだ。本当に助かったよ!」

「い、いえ! 元はと言えば、わたしが魔法を撃つまでの間、皆さんが時間を稼いで下さったお陰ですから……!」


 エルは必死で自身の功績を否定しながら、慌ててザインの腕から身体を起こす。

 彼女の背中にはまだザインの体温が残っていて、それを意識してしまうと勝手に頬が熱くなってしまう。

 そんなエルの助け舟となったのは、先程からずっと周囲を見張っていたカノンの言葉であった。


「謙遜しないで良いのよ、エル。アナタが見せてくれたあの雷魔法……あれ程の威力を持つ魔法は、シルバーランクの探索者でもそう簡単には扱えないものだと思うわ」


 エル達の方に振り返ったカノンは、高飛車な彼女には珍しく申し訳無さそうな表情を浮かべている。


「……ワタシ、正直言ってアナタ達をかなり見下していたわ。所詮は初心者だらけの集まりで、王都のだらしない新人達の中では素行がまともだったから本部長に気に入られただけの連中なのだろうと……そう思い込んでいたの」


 だけど、とカノンは更に言葉を続ける。


「こうしてアナタ達を肩を並べて、同じダンジョンで戦って……そうしているうちに、アナタ達はその辺の低レベルな探索者達とは全く違うんだって気付いたのよ」


 そして彼女は、ふとフィルの方に視線を向けた。

 第一階層ではかなり空気が悪くなってしまったカノンとフィルだったが、ザインからの激励を受けたフィルはゴーレム達に勇敢に立ち向かっていた。

 勿論その事実は、同じ戦場に立っていたカノンも認識している。


「……フィル。さっきはキツイ事を言いすぎてしまったわ。……ごめんなさい」

「いえ、ぼくの実力が足りないのは事実ですし……」


 顔を伏せてしまったフィル。

 だが、彼はすぐにカノンの目を見てこう言った。


「……だからぼく、早くカノン先輩や師匠に追い付けるように頑張ります! まだまだ未熟者ですが、これからもご指導の程よろしくお願いしますっ!」

「え、ええ……! 当たり前じゃないの、そんなの!」


 深々と綺麗に頭を下げたフィルに、カノンは少々驚きながら言葉を返す。

 カノンは剣を片手に、もう一方の手で胸に手を当てながら言う。


「ワタシはアナタ達が一人前の探索者になれるようにするのが役目なのだから、このゴールドランク探索者であるワタシの指導について来ようとする者を拒む事なんてあり得ないわ! それだけの立ち直りの早さがあるなら、フィルならきっとワタシの剣技にも追い付けるようになるはずよ、ええ!」

「はいっ! 先輩のご期待に添えるよう、これからも頑張ります!!」




 ────────────




 突然の危機を脱し、カノンとフィルの関係性も修復され……むしろ以前より結束力が強まった感のある四人は、その後も順調に第二階層を攻略していった。

 どうやら第二階層には頻繁に魔物の群れが待ち構えているらしい。

 ゴーレムが出ればエルの魔法やザインの風の矢で、地底蛇の処理や詠唱の時間稼ぎはカノンとフィルが主に担当していき、着実にフロアを進んでいく事が出来た。

 その都度エルはポーションで魔力を補い、ザインも時々自身の下級ポーションで魔力の補給をしていく。

 四人で戦う感覚を実戦で身体に叩き込んでいきながら、フィルは同じ剣士であるカノンの動きを間近で観察する。

 歴戦を乗り越えてきたゴールドランクに相応しい間合いの取り方や剣の振るい方等、父から基礎を習った以外は独学だった彼には、カノンの剣技の全てが新鮮な情報の宝庫であった。

 そんなフィルの姿を眺めながら、ザインは自分と同じく母から剣を学んだ兄──三ヶ月先に家を出た、ディックの事を考えていた。


(ディック……元気にしてるかな。どこかの街かダンジョンで会えたら、母さん達に手紙出せって怒っておかないとなぁ……)


 ディックの事を思い出し、ふとザインは感傷に浸る。

 それと同時に、子供時代のようにフィルやカノンと剣で手合わせしてみるのも面白そうだな、と考えた。


 回数を重ねる毎に連携が強化されていくザイン達は、第二階層の最後に待ち受けていた魔物達をも突破していく。


「よし、これで殲滅完了だな!」

「次は第三階層ですね。更に気を引き締めていかなくては……」


 予想以上に魔物がうろついていた、第二階層。

 彼らがそこで倒した魔物達から得た力は、少しずつではあれどザイン達の能力を向上させていく。

 これまで経験した中で最も強力な魔物が蔓延るこのダンジョンで『オート周回』を発動すれば、きっとザインはより多くの力を得る事が出来るのは間違い無い。

 しかしそれを実行するには、このダンジョンのダンジョンマスターを撃破しなくてはならないのだ。

 それこそがザインの持つスキル、『オート周回』の発動条件なのだから。

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