第8話 護るべきものの為

「その手紙……どうやら悪い報せのようだな」


 焦りを露わにする息子に、ガラッシアは表情を曇らせる。

 ザインは手紙を隅々まで確認し終えると、簡潔にこう伝えた。


「……仲間の一人が、誰かに『スズランの花園』へと連れ込まれたらしい。もう一人が王都で待ってるから、すぐに助けに行ってくる」

「連れ去りか……。ここ最近、王都周辺でそういった事件が多発しているとは聞いていたが……」


 手紙の差出人は、フィルで間違い無いだろう。


(二人に買い出しを頼んでおいたけど、それがまさかこんな事態になるとは……)


 王都の中なら安全だと思っていたが、ザイン達の知らぬ間に王都の治安は不安定になっていたらしい。

 すると、話を聞いて家から飛び出してきたエイルが言う。


「待ってよザイン! 今から行っても、王都の中には入れなくなるんじゃないの?」


 エイルの言う通り、今から全速力で戻っても王都は閉門時間を迎えてしまうだろう。

 探索者ギルドが使用する伝書鳩をフィルが使っている事から、ギルドに向かえば何らかの情報が得られる可能性もある。

 しかし会館があるのは、王都全体を取り囲む壁の内側だ。門が閉ざされてしまえば、中へ入る手段は無くなってしまう。

 けれども、ザインの瞳にはまだ希望が残されていた。


「うん、確かに閉門には間に合わない。だけど──今回は白百合聖騎士団が力を貸してくれるみたいなんだ」

「白百合聖騎士団って……あの、優秀な女の人しか居ない有名な騎士団の事よね? そんな人達が協力してくれるだなんて……!」

「フィルからの……仲間からの手紙に、そう書かれてたんだ。偶然王都で知り合った聖騎士さんが居るんだけど、その人が仲間の救出に同行してくれるらしい」


 王都の聖騎士──オレンジ髪の新人騎士、プリュス・サンティマンがギルドに同行を志願したのだという。

 手紙の内容通りなら、彼女がフィルと共に、王都の正門前でザインの到着を待っている。


「聖騎士が同行するのであれば、私の出番は無さそうだな。……やれるな、ザイン?」

「ああ、勿論だ……!」


 母からの期待が込められた眼差しに、ザインは真剣な面持ちで答えるのだった。





 それから間も無くして、ザインはジルと共に夕暮れの森を疾走した。

 王都に近付くにつれ、太陽はどんどん地平の彼方へと沈んでいく。


(エルを攫ったのは、複数人の大柄な男だった。不意を突かれたんだとしたら、剣を持ったフィルでも下手に手出し出来なかったんだろう)


 姉を人質に取られてしまえば、体格や腕力で劣るであろう男達には敵うまい。

 それに、只でさえ人数差があったのだ。

 仮にエルと買い出しに行っていたのがザインであったとしても、場合によっては同じような運命を辿っていたかもしれない。


(あの手紙には、エルとプリュスさんの事しか書かれていなかった。もしかしたら、その事件が起きた時にフィルも何かされていたかもしれない……)


 何人を相手にしたのかは不明だが、フィルがエルを取り戻そうと抵抗したのなら、反撃を加えられている可能性がある。

 ひとまずフィルの無事を確認する為にも、ザインはジルに無理を言って、休み無しで走り続けてもらうしかなかった。ジルもエルの事が気に入っているので、文句も言わず受け入れてくれていた。


「ごめんな、ジル。俺、今回もまたお前に無理させて……」

「ワッフッ!」


 気にするな、とでも言うように一声吠えたジル。

 相棒の懐の深さに思わず涙腺が緩んだザインは、片手で思い切り自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。


「……っ! ああ、リーダーの俺がこんなんじゃ情け無いもんな! 絶対にエルを連れて帰って来ような、ジル‼︎」

「ワゥン‼︎」




 ────────────




 陽がとっぷりと暮れて来た頃、王都の正門前には灯りが焚かれていた。

 既に門は堅く閉ざされていたものの、門の前でザイン達の到着を待っていた二つの人影がある。


「師匠っ!」


 松明たいまつの炎が照らす中、悲痛な表情を浮かべたフィルがこちらへ駆け寄って来た。

 ザインはジルの背から飛び降り、それを確認したジルはぺったりと地面に伏せて、ハッハッと呼吸を整えようとしていた。


「待たせてごめんな、フィル! それに、プリュスさんも……」


 白百合聖騎士団の鎧に身を包んだ凛とした女性──プリュスは、何故か申し訳無さそうな顔をして口を開く。


「いいえ、そのようにご自分を責めないで下さい。……今回のエルさんの件は、我々白百合聖騎士団の落ち度が招いた事態なのです」

「え……?」


 すると、プリュスは俯向きながら語り始めた。



 ここ最近の王都では、若い女性や新人探索者が失踪する事件が多発しているのだという。

 普段はそれぞれ別の任務を遂行している聖騎士団では、この王都周辺の巡回を担当するプリュスをはじめとした聖騎士らに、この事件の調査にあたるよう指示されていたのだ。

 けれども調査は進展せず、遂にはプリュスの良き理解者である犬好き仲間──ザインの仲間にまで、事件の魔の手が伸びてしまった。

 何もプリュス一人だけの責任ではないのだが、彼女はその事実に深く心を痛めている。


「……自分が未熟なばかりにエルさんをお護り出来ず、大変申し訳ございません」

「いいや、プリュスさんは悪くないですよ! 悪いのは、エルに手を出した犯人達だ」

「師匠の言う通りです! だってプリュスさんは、騎士団の偉い人に無理を言ってまで、姉さんをぼくらと一緒に助け出そうとしてくれてるのに……」


 本来、プリュス達聖騎士団は民間人とダンジョンに行くなどあり得ない事なのだ。


 ──気高き白百合の魂を持つ乙女の騎士は、己らの力のみを以って、聖なる剣を振るうべし。


 つまりプリュスは、ザイン達のような一般市民と同じ戦場に立ってはならない。

 聖騎士としての認定を受けた騎士達は、同じ聖騎士同士でなければ手を結んではいけない……というルールの下で活動しているのである。

 プリュスはその掟を破ってまで、エルを事件に巻き込んでしまった事に対する責任を取ろうとしているのだ。


「……自分はエルさん達を護れず、聖騎士の掟をも破った身です。この後自分にどのような裁きが下されるか分かりませんが、それでも自分は──この剣でフィル君のお姉さんを取り戻すと誓います」

「プリュスさん……」


 顔を上げてザインの目を真っ直ぐに見詰める、彼女の澄んだ空色の瞳。

 それは紛れも無く強い決意を宿していて、プリュスの本心から出た言葉なのだとザインは理解した。


「……ありがとうございます、プリュスさん。俺達全員で、必ずエルを連れて帰りましょう!」

「はい! この命に代えてでも……必ずや……!」


 もう彼女の顔からは、弱気な表情など欠片も感じられない。

 力強く答えたプリュスは胸に手を当てて、大きく頷くのだった。

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