第6話 エルとフィルの昼下がり

 宿を出たエルとフィルは、様々な店が立ち並ぶ大通り沿いへ向かった。

 彼女達が泊まっている『銀の風見鶏亭』は少し裏手にあるので、人通りの多い道に出ると、その賑やかさに圧倒される。

 こんな派手な通りに店を出せるようなら、どこも質の良い品物を取り揃えた繁盛店ばかりなのだろう。

 そこに並ぶ建物の一つがギルド会館でもあるのだが、今日の所はもう立ち寄る必要の無い場所だ。


「食材は後で見るとして、まずは解毒薬を探してみましょうか」


 姉の主導の下、ピンクと水色の髪をした二人が仲良く歩いていく。

 すると二人が通り過ぎていこうとした店先から、香ばしい匂いが漂ってきた。


「どうだい、そのお二人さん! 焼き立ての牛串、豚串、鶏串が揃ってるよ!」


 その声の方へ目を向ければ、串焼きの肉を提供する食事処の店主が笑顔で客引きをしていた。

 どうやらこの店は、店内でも食べ歩きでも客の要望に応え、商品を提供してくれるらしい。今は昼食には少し遅めの時間帯だが、それでも店先からは客席で食事を楽しむ人々の姿が見える。

 フィルはエルのローブをちょいちょいっと引っ張って、瞳を輝かせて言う。


「姉さん、姉さん! ぼく牛串食べたい!」

「もうフィルったら……さっき宿屋でお昼ご飯食べてきたでしょう?」


 ザインから預かった共用の財布だけでなく、姉弟の財布の紐も握っているエル。

 無駄遣いは出来ないと言っておいたのに牛串をねだってくる弟に、エルは眉を下げて諭そうとする。

 けれどもそこへ、すかさず店主のセールストークが挟まれた。


「うちの串焼きは食事を済ませた後でも、思わず食べたくなる味だって評判なんでさぁ! どうですお姉さん、今ならどれでも二本買ってくれたら、一本好きなのをおまけしちゃいますよ?」

「ですって姉さん! ぼく、豚串も試してみたかったんですよね〜」

「ちょ、ちょっとフィル……!」


 店主のトークにすっかり呑まれてしまったフィルは、もうすっかり串焼きを食べるつもりでいるようだ。

 実際エルも、昼食から少し経ち腹が落ち着いてきた頃合いだった。ちょっと小腹を満たすぐらいなら……と、己が決めたルールを覆そうとする食欲を抑えようとして、唇をきゅっと引き結ぶ。

 だかしかし、それでも引かないのが大通り沿いに店を構えた店主の意地である。


「実はですね……うちの店、新商品の開発をしておりまして──」


 言いながら店主が厨房から持って来たのは、色鮮やかな果物がカットされたものを串に刺したものだった。

 それをエルに差し出しながら、気の良い笑顔を浮かべた店主が更に続けて言う。


「肉だけじゃちょっと……という女性の声にお応えしようと、カットしたフルーツを凍らせたフルーツ串ってのを出そうかと思ってるんですよ!」

「こ、凍らせたフルーツ……ですか⁉︎」

「ええ、うちの娘が氷属性の使い手でしてね。この商品も娘の発案なんですよ」


 確かに串に刺されたフルーツには、よく見れば霜が降りていた。

 赤、黄色、緑、オレンジと様々なフルーツを一種類ずつ組み合わせたそれは、目にも鮮やかで食欲をそそる。


(冷たいフルーツだなんて……そんな、そんなの……!)


「こちらは無料でご試食頂けますよ! いかがです?」


 美味しそうなフルーツ串を前に、エルの心は激しく揺さぶられている。

 そして、そんな店主の甘い一言にトドメを刺され……


「……い、いただき……ます……!」

「どうぞどうぞー! そちらの弟さんも、是非ご感想を聞かせて下さい!」

「やったー! いただきまーすっ!」


 無邪気にはしゃいで串を受け取るフィル。

 エルも恥ずかしそうに、けれども若干の悔しさを滲ませながら店主からフルーツ串を受け取り、早速一口だけかじってみた。

 串の一番上にあったのは、凍ったポポイアの実だった。


「……っ! 食感がシャクシャクして、でも口の中でトロッと蕩けてきて……」


 かじった瞬間は、ポポイアの水分がシャーベットのような爽快感を与え、舌の温度で解けていくうちにトロリした食感に変わる。

 それを咀嚼し、喉に流し込めば、心地良い冷たさが駆け抜けていく。

 一口、また一口と食べ進めていくと、また別のフルーツが新たな甘みをもたらしてくれる。

 気が付けばエルはフィルよりも先に完食しており、その事実に彼女自身が一番驚いていた。


(フルーツにこんな食べ方があるだなんて、下手をしたらここのお店に通い詰めてしまいそうだわ……!)


「お味はいかがでしたか?」

「甘くて冷たくて、とっても美味しかったです……! これからの時期にもピッタリだと思います」


 店主に問われ、エルは素直な感想を述べる。

 夏にこれを売り出せば、老若男女問わず人気が出るのは間違い無いだろう。それに、牛串や豚串を食べた後のデザートとしても最高なはず。

 無意識にそんな想像をしてしまったエルは、ちらりと肉の串の方へと視線をやった。


(無料でこんなに素敵なものを頂いてしまったのだから、少しは売り上げに貢献しないと申し訳が立たないわよね……?)


 フルーツ串に魅了されてしまった言い訳じみた言葉を胸の内に並べ、エルはとうとう姉弟用のコイン袋を引っ張り出す。


「……せっかくですから、牛串と豚串を一本ずつ下さい」

「えっ、姉さん良いの⁉︎」

「美味しいお店を知っておけば、ザインさんにも紹介出来ますからね。ええ、これは誰が何と言おうと新規開拓ですとも……!」

「わーい! ありがとう姉さん!」


 どんどん言い訳がましくなってきた事実から必死に目を逸らしながら、串焼きの値段分を支払うエル。

 急いでフルーツ串を飲み込んだフィルがそれぞれ両手に串を持ち、満足そうに微笑んでいる。


「さてさてお姉さん、おまけの一本はどうなさいます?」

「あ……そういえばそういうお話でしたね。それじゃあ……鶏のをお願いします」

「あいよ、鶏串ねー!」


 店主から香ばしく焼き上げられた鶏串を受け取り、エルはそれを持ってフィルを眺めた。

 既に豚串を口に頬張っているフィルは、お腹の具合からしても鶏串までは入らないだろう。それなら……と、エルが鶏串を口に運ぶ。

 塩とハーブの効いた味付けに、鶏の旨味が凝縮されたジューシーな食感。

 噛めば噛む程味が染み出すシンプルな味わいに、またしてもエルは驚愕し、感想が漏れ出していた。


「ま、まさか……これも美味しいだなんて……!」


 その呟きにニッコリと笑う店主に敗北感を覚えながら、二人はしっかりと小腹を満たしてしまった。


(ザインさんが戻って来たら、絶対にこのお店を教えて差し上げなくては……!)


 そんな決意を固めながら、改めて二人は買い出しを再開するのだった。

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