第2話 真夜中の語らい

 ポポイアの森を出た頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。

 これから王都に戻り、今夜のところはゆっくりと宿で疲れを癒したい……ところではあるのだが。


「今からだと、夜の鐘には間に合わないですね……」


 エルの言う通り、ここから王都までの道のりを考えると、閉門までに辿り着く事は不可能だ。


「まあ、仕方ないよ。探索者には野宿も付き物だからな」

「幸いダンジョンで集めた食料もありますし、今夜は野宿で決定ですね!」


 ザイン達はダンジョン入り口からある程度離れた場所で焚き火をし、そこで一夜を明かす事にした。

 ダンジョンからは稀に魔物が飛び出して来る事もあるので、念の為の措置である。





 パチパチと火が弾け、近くでは心地良い寝息を立てているフィル。

 そんなフィルはジルの巨体にもたれ掛かるように眠っており、その隣でエルも同じように休んでいた。

 彼らは三人交代で焚き火の番をしていて、今は一番目のザインがぼんやりと火を見詰めている最中だ。


(王都に戻ったら、ギルドに行ってパーティー申請して、小箱を鑑定して……それからどうしようかなぁ)


 こんなに早く仲間が決まり、ダンジョンまで攻略する事になるとは想定外であった。

 もう何日かはギルドやダンジョンで仲間探しに励むつもりでいたザイン。

 既にその必要が無くなった今、無理に人数集めを急ぐような事も無く……。

 枯れ枝をポイっと放り込みながら、明日からの予定を──パーティーとしての目標を考えていく。


(魔樹との戦闘でもそこまで苦戦する事も無かったから、もう少し難しいダンジョンに行ってみるのも良いよな)


 この周辺には、まだまだザイン達の知らないダンジョンが点在している。

 それを一つずつ攻略していき、装備も充実させ、次の街を目指すのだ。


「そうして旅をしていけば、そのうちディックに会えるかも……」

「……その方は、ザインさんのお知り合いなのですか?」


 もぞもぞと薄手の携帯毛布から抜け出したエルが、ふらりとザインの横へ腰を下ろす。


「あ……起こしちゃったか? だったらごめん」

「いえ、そろそろ交代の時間でしょうし……どうかお気になさらないで下さい」


 エルは毛布をマントのようにして羽織り、ザインと同様に揺らめく炎に視線を落とした。

 二人はフィルとジルを起こしてしまわないよう、声を潜めて語り合う。


「……ディックは、俺の兄さんなんだ。俺より先に家を出て、探索者になる為に王都に行ったんだよ」

「でしたら、もしお兄様にお会い出来た時には、フィル共々しっかりとご挨拶をしないとですね」

「俺に弟子が出来たんだぞーって、報告してやらないとな」

「ふふっ……そうですね。こんなに素敵な人がお師匠様だなんて、フィルにはもったいないぐらいですけれど」


 口元に手を当てながら、小さく微笑むエル。

 ザインはそんな彼女の横顔を見て、思わず頬を緩ませる。


「そこまで思ってくれてるなら、二人の理想のお師匠さんとして恥ずかしい所は見せられないな」

「無いですよ、恥ずかしい所だなんて。……わたし達姉弟にとって、あなたは憧れの人なんです。強くて優しくて、夢に向かって真っ直ぐで……」


 すると、エルもザインの方を向いて顔を上げた。

 焚き火に照らされた少女は、夜の闇と炎の光によって、普段よりも大人びて見えた。


「……ザインさんはお母様に影響を受けて、探索者を志したのでしたね。わたしと弟は、父を探す為に旅に出ようと思ったのです」

「お父さんを……?」


 その問いに、彼女はこくりと頷く。


「わたし達の母は、フィルを産んですぐに病で他界して、それからは父が男手一つで育ててくれました。わたしもまだ幼かったので、母の事はあまり覚えてはいないのですが……わたしが十五になった頃、父が探索者の仕事を再開したんです」

「エル達のお父さんも、探索者だったんだね」

「ええ。探索者は危険な仕事ですから、わたしやフィルに興味を持たれたくなかったのでしょう。あまり詳しい事は話してくれませんでした」


 しかし、先程までの柔らかな笑みから一変して、エルの表情が沈んだ。


「……ある日、父はいつものようにダンジョンへと旅立っていきました。帰りがいつになるのかはまちまちで、行き先も告げずに──そのまま行方不明になって、もう一年が経ちます」


 彼女から告げられた内容に、ザインは息を飲む。

 探索者が一年も行方を眩ませたとなると、考えられる事は一つだけ。

 それこそが、先程エルが口にした『探索者が危険な仕事』である理由なのだから。


「長くても一ヶ月もすれば、父は必ず家に帰って来てくれていたんです。そんな父が、一年も連絡を寄越さないだなんてあり得ません」

「だから二人は、お父さんを探す為に探索者になったんだね」

「はい。ザインさんのような希望に満ちた志望動機では無いので、あまり快く思われないかもしれませんが……」

「そんな事無いよ。それだって立派な目標じゃないか」

「そう……なのでしょうか……」


 俯いたせいでエルの顔が髪に隠れ、その表情が読めない。

 けれどもザインは、彼女の声が不安の色に塗り潰されているのを感じ取っていた。


「二人のお父さんは、もしかしたら誰も知らない未知のダンジョンで今も戦い続けているかもしれない。その可能性が少しでも残されているなら、俺は喜んでエル達の力になるよ」


 そう言いながら、毛布を握りしめるエルの手に、自身のそれを重ねるザイン。

 ピクリと肩を跳ねさせた彼女は、戸惑いつつも青年へ視線を上げ直した。


「ど、どうして……どうしてあなたは、そこまでして下さるのですか……?」


 当然の疑問だ。

 けれど、それはザインにとっての当然でもあった。


「だって、俺が目指す夢の先に、エルのお父さんが居るかもしれないんだろ? だったら今以上に強くなって、知識も増やして、この世界全部のダンジョンを探し回れば良いだけだ。それで仲間の力になれるなら、俺が協力しない理由なんて無いじゃないか」


 ──この世全てのダンジョンを巡れば、自分の夢も、エル達姉弟の旅の目的だって叶えられるかもしれない。


 そんな単純な理由でしかないけれど、物事を難しく考えるのは、ザインには不得意な分野である。


「……っ、ありがとう……ございます……!」


 出来る事ならば、少女は声を大にして彼に礼を言いたかった。

 しかしそれは、穏やかに眠る弟の邪魔になってしまうかもしれない。


 眼前の青年の、あまりにも素直すぎる優しさ。

 それは、これまで立派な姉であり続けようと虚勢を張ってきたエルの心を、木漏れ日のような暖かさでほぐしてまう。


 まるで息をするかのように、気が付けば自然と手を差し伸べている。

 彼のそんな正義感が、この少女にどれだけの救いをもたらしているかなど……ザインは知る由も無い。

 そうして、夜は静かに更けていくのであった。

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