第13話 ポポイアの森 最深部にて

 基本六属性──猛る炎、清き水、吹き荒ぶ風、母なる大地、聖なる光、混沌たる闇。

 それらを司り、世界創生に携わった六柱の神々と、彼らが生み出した精霊の六王。

 各々の属性は、世界を構築する要素として欠かせないものである。

 神々や精霊達は、そんな世界で生きる生命に加護を与えた。

 そうして人々にもたらされた加護の一つが、『魔法』であった。


 ある時、神々は新たな柱を生み出した。

 その頃には魔王と呼ばれる存在が誕生し、世界の新たな脅威として君臨せんとする魔王を滅ぼすべく、新たな神々は更なる加護をもたらした。


 冴え渡る氷、轟く雷──。

 いくつかの奇跡と運命とによって誕生した力は、魔王軍に対抗する人類を更に活気付けていく。

 いつしか人類は、異界より勇猛果敢なる『勇ましき者』を喚び出す術を獲得したのだ。



 ……そして現在。

 比較的新しい属性である『新生属性』を持つ者は、そう多くはない。


「……今の、雷属性の魔法……だよな?」


 杖を携えたピンク髪の少女──エルは、ザインの問いにコクンと頷く。


「はい。あまり強力な魔法は扱えませんが……これぐらいの攻撃なら、わたしでも後衛としての役割は果たせるかと」

「これぐらいって……」


 どのように言葉を返すべきか、ザインは表情を固くして考え込んだ。

 魔法に詳しい訳ではないが、『新生属性』に分類される魔法は使い手が少ない為、その属性魔法を学ぶ事すら困難だと言われている。

 その属性で効率の良い魔力の回し方、威力を発揮する詠唱の組み方、最適な装備──それらを誰の手も借りずに導き出すなど、どれだけの時間を必要とするだろうか。

 だがエルは、それだけ難度の高い雷魔法を見事に行使してみせた。

 魔法の扱いに不慣れなザインと異なり、純粋な『魔法の力』のみでゴブリンを仕留めたエル。


(……俺ですら分かるよ。エルの魔法の腕は、並みの探索者を遥かにしのぐレベルだろう)


 新人探索者と名乗っていたのだから、それまでの修行期間は何をしていたのか。


「独学で身に付けたんなら、エルはとんでもない天才なんじゃないか……?」


 気が付けば、自然とそんな疑問が飛び出していた。

 けれどもエル本人は、先程までの落ち着いた様子から一変し、慌てて言う。


「そ、そんな事はありません! 先生の教え方が、とてもお上手だっただけですから……!」

「先生……って事は、その人も新生属性の使い手だったのか?」

「はい! ノーヴァ先生は、ぼくと同じ氷属性なんですよ!」

「こ、氷属性⁉︎ フィルも新生属性持ちだったのか!」

「そういえば、まだ言ってませんでしたね〜」


 ケラケラと笑うフィルに、最早驚きを通り越した状態のザインは言葉を失った。

 雷属性と氷属性。

 基本六属性の全てに適性のあるザインと、ほぼ同等か……。

 世界的に貴重な新生属性を持つ者が、自分の目の前に二人も並んでいる。


(そんな力があったんなら、俺に弟子入りする必要なんて全く無い気がするんだけど……?)


 声にならない本音を胸中で呟いていると、フィルがこんな事を言い出した。


「でもぼく、姉さんと違って全然魔法が使えなくって……。仕方が無いので、姉さんを護る為にぼくが前に出ようと剣の練習を始めたんです」

「わたしもフィルも、まだまだ一人前とは言えません。ですから、先日ここで魔物に襲われた時……肝が冷えました。敵の攻撃を受け止めた弾みで、思わず杖を手放してしまって……」

「姉さんを助けようと走り出しても、どう考えても間に合わない距離で……。そんな時、師匠の矢が姉さんを救ってくれたんです!」

「そう……か……」


 相変わらず、キラキラとした憧れの眼差しを向けてくるフィル。

 二人がこうして話してくれたお陰で、何故二人からこんなにも慕われているのかは理解出来た。……身に覚えが無いのは変わらないが。


「ところで、さっきエルがゴブリン二匹を相手に使っていたのは……スキルで良いんだよな?」

「はい。『封印』というスキルです。ただ、わたしのスキルはまだ練度が低いので、ほんの数秒だけ敵の足止めをするぐらいしか出来ないものですが……」


 しかしザインは、そんな彼女の言葉に大きく首を横に振る。


「いいや、時間稼ぎが出来るってだけでも戦術の幅が広がるよ! さっきフィルがやってみせたように、動けない敵をそのまま斬り付けるのもアリだし、効果時間中に撤退して反撃の機会を窺うのだって悪くない」

「わたしのスキルがそこまでお役に立てるのでしたら……これからも、この技を磨きます」

「うん、その方が良いよ。俺ももっとスキルを成長させないとなぁ……」


(まあ、まずは俺のスキルがどんな能力なのかを把握してからになるけどな)


 小さく苦笑を零しながら、続いてザインはフィルに問い掛ける。


「エルのスキルが『封印』なら、フィルも妨害系のスキル持ちだったりするのか?」

「ぼくですか? ぼくのスキルは『貫通』です。障害物をすり抜けて、相手に攻撃出来るスキルです!」

「貫通攻撃か! それならかなり便利なんじゃないか?」

「そうなら良かったんですが……」


 明るい声音で語り掛けるザインとは対照的に、顔を曇らせているフィル。

 フィルは困ったように笑いながら、鞘に戻した剣にちらりと目線を向けた。


「ぼくも姉さんと同じく、あまりスキルの練度が高くないんです。なので、貫通出来るのはドア一枚分ぐらいの薄さが精一杯でして……こうした森の中では、その辺の木を貫通させる事もままならないんです」

「ですので、奇襲するにも方法が限られてしまうのです。わたしの魔法でしたら遠距離からも狙撃が可能ですが、魔法の効かない相手となると、わたし達の手には負えません」

「これまでの物理的な攻撃手段は、フィルの剣だけって事か」

「ええ、残念ながら……」


 三人はダンジョン戦術について語り合いながら、更に奥を目指して攻略を続けていく。

 そうしてザイン自身も、これからの戦略について思考を巡らせていた。



 ザインの戦闘方法は、風神の弓による強力な風属性攻撃である。

 物理的な攻撃手段ではジルが、魔法的な攻撃はザインが担当する事でバランスをとっており、それぞれで前衛・後衛も分担していた。

 そこに雷属性と『封印』スキル持ちのエルが後衛に。ジルだけでは引き付けきれない敵を相手取るのにフィルが居れば、ザインは余裕をもって戦場を見渡せるようになるだろう。


 戦いにおいて、冷静に状況を把握するのは重要なポイントだ。

 ザイン自身はそこまで分析が得意だとは思っていないが、このパーティーにおいては適役であろう。

 何故なら、ザインは弓使いであるからだ。

 ザインと同い年で、後衛でもあるエルにも務まりそうなものではあるが……魔法の詠唱中は、仲間に指示を出せない。


 ──指示の遅れは、時として仲間の死を招く。


 母のガラッシアから聞いていたその言葉が、少年時代のザインには強く印象に残っていた。

 ガラッシアの過去に、そういった事態から引き起こされた悲劇があったのか……深く聞き出すような事は出来なかった。


 自分が大切に思える仲間と出会えた時は、絶対に誰も失いたくない。


 その誓いを胸に、ザインはこれからも突き進んでいく。





 数時間が経過し、ジルと共に戦闘の連携が取れてきた頃の事。

 もうじきダンジョンの最深部が見えてくる辺りで、ザイン達は一度休息を挟んでいた。

 フィルは皮の水筒に口を付け、美味しそうに喉を動かしている。


「……っ、ぷはー! 身体を動かした後に飲む水は最高ですね!」

「わかるわ〜。ただの水でも、喉が渇いてる時ってやけに美味く感じるよなぁ」


 適当な場所に腰を下ろし、ザインも水を飲み始めた。

 すると、フィルも隣にちょこんと並ぶ。

 向かい側の切り株にはエルが座っており、彼女もホッと一息入れているようだった。

 ジルはというと、ぐーっと身体を伸ばしてリラックスしている。


(この調子なら、最後まで探索を続けても大丈夫そうだな)


 すると、ザインは水筒を仕舞って立ち上がった。


「……よしっ! そろそろ大物を倒しにいきますか!」

「いよいよダンジョンマスターとの戦闘ですね! ワクワクしますっ!」


 ザインが宣言した途端、フィルも勢い良く腰を上げる。

 エルも準備を整え、ザインに顔を向けて頷いた。


「休息も済ませたし、わたしも心の準備が出来ました」

「ワウゥーン!」

「皆、気合い充分みたいだな」


 むくりとジルも立ち上がり、三人それぞれが自身の武器を手にアイコンタクトを交わす。

 そうして遂に、ザイン達はポポイアの森──ダンジョンマスターの待つ最深部へと歩みを進めた。





 細長い小道を抜けていくと、拓けた空間に出た。

 大きな円を描くようにして生えた、樹木の壁で構成されたフィールド。

 その中心に鎮座する、太く逞しい巨大な樹。

 大木は青々とした葉を茂らせ、暖色系の果実らしきものがぽつぽつと実っている。


「ダンジョンマスターらしき魔物の姿は見当たりませんね……」

「でも……ジルが唸ってる。ここにマスターが居るのは間違い無いよ」


 ザインの発言通り、ジルは彼らの前方──巨大樹に対し、牙を向けて威嚇していた。


「……バウッ‼︎」


 その瞬間、ジルが危険を察知して大きく吠えた。

 それとほぼ同時に、ザインの顔の真横を何かがブゥン! と風を切り、高速で通り過ぎていく。

 ザインが目視した、黄色い塊。

 振り返れば、後方の木にぶつかり無残に砕け散った、まだ硬めのポポイアの実。

 万が一ザインの顔に直撃していれば、確実に骨を破壊していたであろうスピードである。


「今、のは……」

「ポポイア……だよね……?」


 どうにか声を絞り出す、エルとフィル。

 恐怖の色が滲む彼女と視線が絡み、ザインは全員に聞こえるように叫びながら、風神の弓を構えた。


「皆、目の前の大樹に注意するんだ! あいつがこの森の……ダンジョンマスターだ‼︎」

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