Intent-インタント-
【マトイ】
「ほらほら~、悔しかったら捕まえてみなよ~!」
砂浜を駆けるスクール水着姿のマトイが、俺を振り返って手を振る。
【博一】
「待て、マトイ! 消せって!!」
8月も中旬に差し掛かろうとする頃、マトイの親が別荘を所持しているという事で招待してもらい、俺達は今まで過ごしていた日常から離れて海にきていた。
クラゲがよく出るので遊泳禁止とされている事もあって、ほとんど貸し切り状態。
海水浴の装備こそ着用すれど、二人とも泳ぎが苦手とあって、砂で遊んだり押し寄せる波を掛け合ったり、夏を満喫していた。
【マトイ】
「や~だ~、ヒロの間抜けな顔、撮っちゃったもんね~!
きゃはっ、冷たいっ。ちょっと~、それ反則ぅ~。
それならこっちだって!!」
【博一】
「冷てっ! やったな!!」
マトイの水かけ攻撃を止めるべく、接近して腕を取ろうとするが、砂に足を取られて倒れてしまう。
【マトイ】
「あっ、ちょっと!!」
もつれるようにしながら俺達は砂の上へと倒れ込み、可愛らしい顔が急接近する。
途端に恥ずかしくなって目を背けようとする。
【博一】
「ご、ごめ――」
【マトイ】
「ちゅっ……ちゅるっ……はぁはぁ……やっぱり、ヒロと一緒だと楽しいね?」
重なる唇から夏の日差しよりも凄まじいマトイの熱が流れ込んでくる。スクール水着に締め付けられむっちりとした全身。
尻も胸も脇も……この手のひらで自分の形に変えたいと思えてしまう。
潮の混じる甘い香りを嗅いでいると、心臓の鼓動は激しくなるばかり。
【マトイ】
「フフッ……もしかして、ヒロ、ウチが可愛いからよくじょ~しちゃった?」
大きく膨らんだ股間を小さな手のひらで包みやさしくさするようにする。
心拍数が上昇し図らずも息が荒くなってしまうのは、暑さの所為ではなかった。
【博一】
「マトイの事、好きだから……」
激しい日差しの下で燦燦と輝くマトイの笑顔。
しかし、妖しげな瞳の奥に閃くのは、獲物に狙いを定めた肉食動物そのもの……こっちだって本気にならずにはいられないんだ。
そう思うと、愛しくてたまらなくて、マトイをギュッと抱きしめると、二人で笑い合って口づけを交わした。
……
…………
……
その日の夜、遊び疲れた俺達は別荘へ戻るや否や、夕飯も取らずにシャワーだけ浴びてベッドへと転がり込んだ。
ふかふかの布団に寝そべりながら天窓から見える、夜空を眺めながら、マトイに腕枕をしてやると、くすぐったそうにじゃれてくる。
出会ってから付き合って体を交わしたりもしたが、本当のところ、俺達は互いを分かり合ってはいたが、まだ打ち解けていないような気がする……
こうして毎日のように一緒にいても、そんな寂しい感情に駆られる事は時々あった。
思い悩んでいると、マトイの細い指先が俺の額に触れる。
【博一】
「どうしたんだ?」
【マトイ】
「ヒロ……また何か考えてる!
ぼーっとしちゃって、ウチが話しかけても答えてくれないし……」
【博一】
「また? あぁ……そうか……気にしなくていいよ。セッティング考えてただけ」
【マトイ】
「またウソばっかり……ヒロ、ウソつくとき目つきが恐くなるもん!」
【博一】
「そうなのか? いや、そうかもしれないな……」
【マトイ】
「ひっかかったー! やっぱりウソなんじゃ~ん、ウケる~!!」
【博一】
「どっちがウソ吐いてるのかややこしくなるだろ!
まったく……それでさ、ずっと気になってた事があるんだ」
【マトイ】
「え~! 何々、ウチが次に乗るバイクとか!?」
【博一】
「怪我しておいて、まだ乗るつもりなのか?」
【マトイ】
「じゃあ、ヒロは怪我したら、バイク降りるの?
ウチは……それならそれでいいんだけど……」
バイクは生身で乗るものだ。
いくらプロテクターをしたって、車に乗っている時のような安全性はない。
だからと言って、半キャップでもいいというわけじゃないが、とにかく乗るという行為自体が危険と隣り合わせ。
スピードを出していなくても、車にぶつかられれば怪我をする。
自分でコケたって痛い目にあう。
ライディングというのは、命があれば儲けものとしか言いようがない。
だから、俺が降りる事を願っている。
俺自身、マトイが降りる事を願っているように……
でも、降りたところでどうなるというんだ?
危険を遠ざければ予期せぬ危険へ対処出来なくなるばかりか、別の危険が現れる。
子供からハサミを取り上げれば、怪我しないかといえばそうじゃない。
広場に出て車に跳ねられる可能性だってある。
ライディングとは何か?
ここにいる幸せを恒久に走り続ける事……大切な人が好きであるからこそ、生きる。
たったそれだけの事が、俺には欠けていたのだ……
【マトイ】
「もう~、つまんない~! ヒロまた考え事してるぅ~」
構って欲しいとばかりに俺の二の腕へ甘噛みを繰り返すマトイの気をなだめる為に、ふんわりとした金色の髪を撫でてやる。
いい香りだ……
【博一】
「あの日の答え、まだ聞いてなかったんだけど……」
【マトイ】
「えっ? 何の事だっけ!?」
とぼけているわけではなく、本気で忘れている様子だ。
少しだけ呆れてしまうが、まあ可愛いから許すとしよう。
【博一】
「湾岸の悪夢に勝ったあの日……
バイク屋から出ていくとき引き留めてくれただろ?
何で俺なのか……ずっと、気になってたんだ……」
【マトイ】
「あぁ、それね? ヒロ、ちょっと耳かして!?」
と言いつつ腕枕をしている俺は近づけないので、マトイの唇が迫ってくる。
ヒソヒソとした声に混じって生暖かい吐息が吹きかかるのは気持ちがよくて、ここに存在しているという事を実感して、心が落ち着く。
【マトイ】
「そ~れ~は~」
次に飛び出している言葉が待ち遠しくて、わずか数秒が何分にも思われた時、再びマトイの快活な声が鼓膜を揺らした。
【マトイ】
「ヒロが……速かったから!」
クスリと笑うかのごとく放たれた意味が、抽象的すぎてよくわからなくて……
だけど、いたずらっぽくマトイが頬にキスしたやわらかさを感じると……幸せ。
あの日、湾岸道路で目にした花火のような綺麗な月が天窓の外にある。
いや、綺麗な月はもうここにあるのだから、あそこにあるのは……
きっと、本当に分かり合ったその先に、ある何かだ……
この速さを超えていけば、いつか二人であそこに辿り着ける。
そんな事を思いながら、誓うかのように瞼を閉じてマトイの手のひらを握る。
明日も一緒に目覚めようと笑い合うと、そっと静かに口づけを交わした。
fin……
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