Invite-インバイト-

環七から湾岸道路へと乗り込み本線へと合流。


祈るかのように一瞬だけ瞼を閉じる。


脳裏に過る景色は、このマシンとの出会いから始まる。


【博一】

「みんなで明日を生きる為に、俺に覚悟を!!」


息を吐き出すと同時に景色は現実へ。すべては一瞬の出来事で、前を行く車も追従する俺も少ししか進んでいない。


が、やがてタイヤのトラクションが高まったのを確認すると、スロットルを少しだけ開けて加速すると、右車線へと飛び込む。


【博一】

「しかし……今日はやけに車が多いな……これじゃあ――」


激しいエキゾーストノートを肌で感じるとミラーを確認する。


俺のマシンと同じ2代目AltaiR-MX125が青いポジションランプを輝かせながら、急激な速度で接近してくる。


【博一】

「ウォームアップにはちょうどいいか……スロットル感にも慣れたし……

 この距離で全開をかましても、3秒程度で相手の速度に対抗できる……」


が、俺は少しだけ息を止めてタイミングを計った。後方で蛇行するかのごとく左車線へと相手のマシンが移動し、テールランプが目に映ったと同時に、スロットルの開度を徐々に強く開け、100パーセントへ。


【博一】

「並走する車の後ろに着いた後、隙間が空いたらすかさず詰める。

 この機動力、やはりボア車か……

 なら、バトルを受けてもらわない理由はないな」


単気筒とは思えないほど甲高く、滑らかな調子のエキゾーストが夜闇を切り裂く。


視界いっぱいに広がるあらゆる物体がその輪郭を失い、点々と設置された街灯が点滅するかのようにヘルメットのシールドを光らせた。


【博一】

「速い、速いぞ! 7500回転から徐々に回転数を上げて8000回転。

 巡行から追い越しの高速域へ」


ミラー越しに俺を確認した相手はさらに大きくスロットルを開け、超高速域へ飛び込むべく下り坂へと差し掛かる。


しかしその時、メーターの数値は相手の駆ける世界を超えた速度を示している。


【博一】

「下りの勢いに乗って8500回転……そして8600回転!」


前を行く車を避けて相手が右車線へと移り、俺の前へ飛び込んでくる。


少しだけスロットルを緩めクリアになった左車線目掛けて車体をバンクさせ、インから横並びに。


エンジンへ燃料を叩き込んでやると、雄たけびを上げて相手のマシンの前へ。


【博一】

「よし! このまま一気に行くぞ!!」


とてつもない速度で舞浜の信号を抜けてわずかな上り坂を全開で抜け、相手がミラーの中で小さくなっていく。


俺のマシンが下りへ差し掛かった瞬間に路面の影に消え、前方から迫る車のテールを避けて右車線へと移動。


ミラーの上から降ってくるかのように白い光が追ってくるが、どうあっても同じ排気量ではこの差を埋める事は出来ない。


中央公園前交差点を抜け、ミラー越しに赤信号になったのを確認すると、合流手前でスロットルの開度を下げて巡行速へ。


長いストレートを流しながら境川を超えて、やなぎ通りの合流から本線へ侵入するマシンの姿を目にすると、車の後方から抜け出して力強く加速する。


【博一】

「SS125V……ボアアップか?

 速い! 速いぞ!!

 車の間を舞うようにして走っていく……」


長い車列の間に隠れていたNCX150がその姿を見るや否や、バトルへと発展し、高速域でヒラヒラとテールを切り返す二台を追い、わずかな上りで接近する。


そのまま塩浜交差点の直進レーンで三台が行儀よく縦一列に並ぶ。


【博一】

「このNCX乗り、性格悪そうだな……俺が言えた義理じゃないが、

わざと後追いを選んでやがる……」


しかし、この世界のルールは一つだけ。


開けられるか開けられないか。


先行がいいならば抜かれない速さを持てばいい。後追いが嫌ならば前に出られる速さを手にすればいい。


前を走る者だけが、公道の調律者となる!


【博一】

「行くぞ!!」


信号が青になったその瞬間、フルスロットルでわずかにウイリーしながらSS125Vが横断歩道を超え、NCX150に続いてAltaiR-MX125が走り出す。


世界に名だたるメーカーが製造したマシンによる、三つ巴のバトルが始まる。


【博一】

「速い! SS125V……軽量な車体に161㏄か? トルクが段違いだ。

 左からはみ出すエアクリーナーカバーから響く闘気が凄まじい。

 NCX150もエンジンこそノーマルだが、駆動系が違う……」


低速を超えて50キロ。


そして高速域へ至る刹那の瞬間を超えて、そのまま超高速域へ。


NCXが右車線へと移動したのに合わせ、レーンチェンジするが、SS125Vはフルスロットルのまま左車線で突っ張り続ける。


前方左車線で巡行する車目掛けて、NCXがチキンレースを仕掛け、屈したSS125Vはスロットルを戻してその後方に甘んじる。


瞬間を見計らって、NCXの後ろを走っていた俺が左車線へと飛び込み、100パーセントのままスロットルを維持してSS125Vへと挑む。


【博一】

「フレームに補強を入れてるだけあって、ノーマルのようにはいかないな。

 10インチにしなやかな車体なのに、超高速域でも走行ラインはまっすぐ。

 だが、長いストレートでは最終的に、ファイナルギアの比率も影響する!」


風速28メートルを超える強烈な世界を駆け抜け、徐々に伸びていく車速とタイヤのトラクションを肌で感じ、息を止めてさらなる領域へと飛び込んでいく。


SS125Vと並んだ瞬間、相手が失速したかのごとく後ろへと下がっていく。


が、まだ諦めていない様子で伏せて風を避け、ミラーの中に像を残したまま、前へと出られる瞬間を虎視眈々と狙っている。


殺意にも似た闘争心には感服するばかりだ。


しかし、屈するわけにはいかない……相手は前にいる!


高速道路からの合流地点でトレーラーが左車線へと直接飛び込もうとしている。


NCXは左車線の空いたスペースへと飛び込む。


俺と125Vは右車線からめくるような形で車速を維持したまま、わずかな下りの力を借り33メートル以上の風を超えて上り坂へ。


【博一】

「接戦だ……しかし、このまま高浜交差点を越えられるとヤバイ……

 あれより先のエリアは舗装がガタガタすぎて、12インチでも不安だ……」


そもそも、14インチは舗装の質が悪い地域でも、安定して走行できるように設定されたサイズ……ここで勝負を仕掛けないと12インチでは分が悪い!!


勝負に必要なものは単純明快。素早いクラッチワークやスロットル操作なんてこじゃれたものは一切必要ない。


上手く走れなくたっていい。マシンパワーと勝負所を見極めるセンス、そして……


【博一】

「どこまで開けられるか……たったそれだけだ!!」


メーターの数値はそのままに付かず離れずの位置で走り続け、雷(いかずち)のごとく風を切り裂き続ける。


そしてついに横並びになり速度が伸びるにつれて、LEDヘッドライトが視界の端の闇に飲み込まれて消えていく。


しかし、路面のギャップを踏んだことで車体が突き上げられ、スロットルが緩んだその一瞬の隙をついてNCXが視界の端に姿を現す。


再び立ち上がって超高速域の世界へ飛び込み、針に糸を通すかのような緊迫した状況が続く中、市川パーキングエリアを踏み越えて緩やかな登りへと挑む。


サイドバイサイドのまま坂へ到達すると、マフラーが限界を超えた轟音を発し、抵抗を感じながらメーターの数値がわずかに減少する。


それでも開け続け、NCXがじわじわと後方に消えていくのを感じながら、ミラーの中に小さくなっていく姿を見送る。


全開のまま江戸川を越えて高谷ジャンクション付近の下りに到達する頃には、デザイン性の高いヘッドライトの輝きは見えなくなっていた。


【博一】

「負けなかった……」


思わず呟くと言いえる事のできない感情に襲われる。が、ふと気が付くと鏡面の外側に激しいエキゾーストが感じ取れた。


【博一】

「いる……すぐ後ろにピッタリついてきてる……」


3車線から4車線へと大きく広がる真間川付近では車が入り乱れている。


乗用車のテールに接近したかと思えば、隙をついて車体を曲げて左隣の車線へ。


ミラーがゴーストブルーの牙を捉え、右車線へ飛び込みトレーラーの陰に隠れる。


さらに左車線の市川二俣へ向かうレーンから、中央ふ頭および船橋へ続く車線へ。


【博一】

「いいぞ、勝負できてる!」


右を確認した瞬間に木更津ゆきの車線へ飛び込むと、ゼブラゾーンを踏み越えて車の前へと躍り出た。


炸裂する全開のエキゾーストサウンドに合わせてスロットルを全開、ヤツの後ろを追従し、風を避けながら上り坂へ差し掛かる。


削り取るかの如く距離が詰まっていく刹那、相手マシンのテールが少し大きくなったかのように見えた。


【博一】

「なにっ? 行けるのか!?」


車線を変更し抜きにかかるが、しかし距離感は変わらないまま……


【博一】

「今、一瞬だけ近づいたような……」


コーナーの角度の違いか? しかし、俺が走行しているのはアウト側。距離的にもアドバンテージがあるはず……


【博一】

「でも、どうなんだ? 消えないぞ!?」


いつもなら、チギられて霧のごとくいなくなってしまうのに……


二俣交差点の上を駆け抜けている間も、車に阻まれては立ち上がってを繰り返してるのにそこにいる……


【博一】

「距離……そうか……そうなんだ……いや、でも違うんだ……」


相手と離れれば気持ちで遅れを取ってしまう。だから、今までアイツは霧のごとく姿を消して、背後に回っては戦意を失った者にバトルを仕掛けてきた。


今日は違う……勝負出来てる! 全部、それだけなんだ!!


【博一】

「チギられていたんじゃない……今まで、カモられていたんだ」


しかし……勝てたわけじゃない……アイツの前に出るには……どうする?


コーナーでインを突くか? サーキットならカウンターも使えたが、公道じゃそんな都合のいい見せ場などない。


タイヤが泣くのを待つか……いや、猛暑の影響で路面が熱を持ってる。


こっちのタイヤだって荒れた舗装じゃ限界ギリギリなんだ……


どうしたらいい?


【博一】

「……マトイ……」


ふと、彼女の匂いがしたかのように感じて――マトイが笑った。


心に空いていた穴が埋まる。


栄町交差点を踏み越えたスピードそのまま、相手のテールに狙いを定め、日の出交差点へと飛び込んだ。


【博一】

「そうか……やっぱり……俺、マトイの事……」


好きなんだ……


2台連なって左車線を走行し続け、車を追い抜いたと同時に相手は、この先のコーナーでイン側となる右車線へ移る。


しかし、俺は車速を維持したまま左車線を走り続ける。


耐え切れない限界速度を超え続けて走っている。


でも、俺のマシンは――こいつはスピードよりも速い世界に行きたがってる……


見つけた答えを見失わないように、こいつの気持ちに応えてさらなる領域へ……


このまま速度を乗せていかなきゃ!


見つけたばかりの答えを追いかけて、ただただ求めてスロットルを開け続ける。


風を切るたびに痛いほど聞こえてくる、俺自身の気持ち。目を背ける事は出来ない。


【博一】

「ずっと、納得できなかった……俺なんて、何の変哲もないちっぽけな人間だって。

 マトイはとても可愛くて、いつだって元気いっぱいで明るいし、憧れだった……」


路面の凹凸にタイヤを取られないように、ただ前だけを見据えて、わずかにハンドルを切りつつ工場の横を凄まじい速度で抜ける。


グリップは良好だが、昼間に帯びた熱が路面にまだ残っている所為なのか、ギリギリな気分だ。


それでも開けていかなきゃ……命を預け、預からなきゃ、前には出られない!


やがて因縁とも言うべき大きな上り坂に差し掛かり、今まで抱えてきた思いのすべてが込み上げてくる。


この気持ちも、もう止められない!!


【博一】

「俺には得意な事とか、人に自慢できる事なんて一つもなくて……

 理解しようともしないで理解してくれる事だけを要求した。

 一人ぼっちになってもいいと思っていた……それでも、マトイは俺に……」


同じ世界観を持つ。その一つの共通点しかないにも関わらず……


相手が空へ羽ばたくかのごとく赤い輝きが上っていく。


必死に食らいつきながら、全身が上りの抵抗を感じ、バトルが最終局面を迎える。


【博一】

「10年前も、10年先の俺にも手出しできない瞬間が今、目の前にある!

 マトイが好きだ!! 今ここで、マトイを思う事が幸せだ!!!!

 だから……俺達は勝つんだ!!!!!!!!」


暗闇を舞う赤いテールへと徐々に近づき、撃ち落とせる距離まで迫る。


夜の熱気がエアクリーナーを通してインテークマニホールドへと飛び込み、インジェクターが燃料を吹く。


激しい轟音を巻き上げながらエンジン回転数が上昇し、タイヤが路面を蹴り砕く。


ただジッと、息を止めて……何も言葉を発しないマシンに自分をわかってもらうために、自分がマシンを理解するために。


その瞬間、意識が重なる!


【博一】

「GAS! GAS!! GAS!!!!」


エンジンという巨大な翼が、重力という概念を打ち砕き、大鷲は空へと羽ばたいた。


頂点へ達すると同時にどこかで瞬く、様々な色の光を目にする。


【博一】

「そうか……花火か……」


一瞬の閃きが祝砲に感じられる……が………


鏡面に映るゴーストブルーの牙……いや、いつの間にかヘッドライトがプロジェクター式に進化している。


血を求めるかのような狂気的な色……


【博一】

「速さを喰う……クソッ! まだやる気か!?」


そう、通常の相手ならば降りるも自由。残るも自由。


だが、相手は湾岸の悪夢。降りる事は許されない!!


【博一】

「そう来るとは読んでいた!

 このままフルスロットルで坂を下れば、この差は取り返せないものになる!!」


狙いを定めた猛禽類に迫る速度で、重力を借りて風速35メートルを超えた領域へ。


わずかな曲がりのインから飛び込もうとする敵をブロックし、浜町2丁目交差点へと向かう。


しかし……流れる景色がスローになった……


【博一】

「……どうする」


どうすればいい?


スピードにぼやけていたあらゆる物の輪郭さえ、ハッキリ捉えられるようになる。


無意識のうちにスロットルを緩めた……


【博一】

「右折中のトレーラーが……」


こっちは青信号。しかし、東京方面への路線が工事渋滞を起こしており、交差点のど真ん中に巨大な箱が立ち往生している。


【博一】

「ブレーキ……いや、ダメだ……絶対に止まれない。

 左折する……いや、このスピードじゃ無理だ……両方やったとして……」


その瞬間、ミラーにチラリチラリと輝いていた狂気の視線が消失する。


【博一】

「なんだ……これ……」


両腕にまとわりつく赤黒い瘴気はやがて全身を覆い、視界を塞いでしまう。


全身の血が沸騰するような凶悪な殺気に駆られ、力強くスロットルを開ける。


【???】

「……ハヤク……」


邪悪な声を放ったのは紛れもなく俺自身であった。


激しいエンジン音と共に雄たけびのごとくエキゾーストが夜闇を切り裂き、景色が形を変えて歪み、空間が破壊され粉々に砕け散る。


現実の景色が爆炎のごとく宙を舞う中を駆け抜け、やがてすべての景色が形を成す。


【博一】

「はっ……」


全開のエキゾースト吐き出しながらマシンは走り続けている。周囲に車が見当たらない事から、俺は夢を見ているんだと思った。


【博一】

「なんだこれは!?」


正気に戻って形のない赤黒い物質を目にすると、いよいよまともじゃいられない。


そうか……きっと、ここで命を落とした者の霊が、悪夢になるんだ……


そして、俺は今もこうして超高速で走行しているのに、生きている心地がしない。


スリルの中に心臓が鼓動を刻んでいる実感があったのに、怖くない……


【博一】

「俺は……死んだのか?」


でも……まだ、やりたい事が……やらなきゃいけない事が……なんだっけ……


ふと、瞼を閉じて鼻から大きく息を吸い込む。


この匂い……心が落ち着く……そうか……マトイの匂いだ……会って伝えなきゃ……


【博一】

「好きだ」


全身を覆っていた瘴気が荒れ狂う風に舞い、俺の前方へと集まり路上へ降り立つ。


第3世代のAltaiR-MX125――彼は振り返るような仕草の後、スロットルを開けて夜闇の中へと消えていった。


【博一】

「速く……か……」


若松交差点で左折して路肩に停車する。


バイクを止めて夜空を見上げながら、不思議な瞬間を思いかえった。


思えば、マトイとの出会いが始まりだ。


俺達が別の運命を歩んでいたら、バトルする事もなかったかもしれない。


何度も負けた。


だけど、負けたくなかった……ただ、それだけで、ここに辿り着いた。


【博一】

「あがっ……がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


突如として凄まじい痛みが全身を襲う。


まるで焼かれるかのような激痛に悶えながら、腕には赤いアザが溶岩のごとく烈々と輝きを放っているのを目にする。


四肢が千切れそうになる感覚に耐え切れずうずくまってしまう。


しかし、胸ポケットから漂う香りが痛みを浄化し、俺を正気に戻してくれた。


【博一】

「はぁ……い、今のは……何だ? 何か聞こえるぞ……

 お、れ、を、よ、べ……俺を呼べ!?」


手の甲に輝く魔法陣のような図形。


文字も記されているが目にした事がなく読めない。


しかし、瞳を描いたような紋章には、別の意味があるように思えてならない……


お前を、見ているぞ! いつか、その命……奪ってやる!!


【博一】

「それまで、死ぬなという事か……そうだ!!」


匂いの正体を知るべく胸ポケットを探ると、そこには可愛らしい柄をした香り袋が。


【博一】

「あの時か……」


引き留めるようにしてマトイが俺に抱き着いたあの時、気付かないうちに忍び込ませていたんだろう……


粋な事をしてくれる。


【博一】

「はぁ……好きだ……」


マトイ。答えは見つかったよ……


あの日の綺麗な月のごとく白い花火が遠くで閃いたのを目にすると、居ても立っても居られない気持ちになって、バイクにまたがりスロットルを開ける。


険しい道も、濡れている路面もあるだろう。


時には、走るのが嫌になるかもしれない。だけど、AltaiRとなら必ず追いつける……


だから、走る。


この先はマトイの笑顔へと続いているから……


【博一】

「さぁ、行こう! マトイに追いつかなきゃな!!」

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