Ignition-イグニッション-

首都高速湾岸道路……多くの人間が利用するその道路には、自動車で速さを競う者達がいた。


目的はただ一つ、最高速ランナーになる。


本人にとっても他者にとっても無意味な行動に、彼らは自身という存在を見出した。


しかし、法律により125㏄以下の排気量を持つ車両は通行不可。


それ以下の排気量を持つマシンたちは……


【博一】

「クソッ、まるで追いつけない……」


50キロ……60キロ……スロットルは全開のまま、マシンは路面を蹴り続ける。


朝の光に照らされる東京湾岸道路……


ゆるいカーブと長いストレートがどこまでも続き、起伏は少なく幅広い速度域で走行可能な一般道路。


【博一】

「スーパースポーツ相手となるとさすがに速い!

 クラッチワークが必要なマシン相手に出足こそ勝てるものの、

 排気量と回転数から来る馬力が違うな!!」


舞浜の信号から横並びにロケットスタートをかまし、勝負を仕掛けた。


出足の50メートル前後までは相手に排ガスを嗅がせていたものの、今はスポーティーでシャープなテールランプに、顔面を真っ赤にさせられる事態に陥っている。


【博一】

「最高な気分だ……しかし、こうもストレートが長いと分が悪いな」


東野第一児童公園の横を抜ける頃には、取り返しのつかないほどの差が開いてしまった。エンジンは8500回転を超えているというのにまったく近づけない。


【博一】

「信号から信号までの距離が短い街道とはわけが違う……

 駆動系に手を入れた程度じゃ、やっぱりクラス違いは無理か……」


中央公園前交差点を抜ける頃にはあっさりとチギられ、赤信号で停止すると相手のテールランプは見る見るうちに小さくなり、やがて消えていった。


【博一】

「あークッソ……まぁ、無理だよな……

 ノマフ積んでるから素人かと思ったが……

 過激にスロットルを開けて鋭くシフトアップするなんてな、慣れてやがる……」


右後方に据えられたチタンカラーのマフラーを凝視しながら、わずかにスロットルをあおってやると程よい低音が周囲に広がった。


【博一】

「やっぱり、抜けがよすぎるか……音はいいんだけどな……」


信号が変わっていないかと前を向くと、苦汁を飲まされたあのテールランプを彷彿とさせる赤色の光があるばかり。


が、目に入った左側のミラーにヘッドライトの光が映っているのを確認すると、形状からして同クラスのスクーターだとわかった。


【博一】

「SS125V……SS100Vから正常進化し、4st単気筒SOHC2バルブにFI……

 軽量コンパクトでクイックなコーナリングが得意……

 白の車体をベースにパーツをカーボン調で整えるセンスがまたいい」


フルフェイス越しに耳を澄ませると、そこそこの音量をしたエキゾーストノートが響いてくる。


勝負しようと言わんばかりにスロットルを煽り、フロントブレーキをがっつり握りながら前輪に負荷をかけると、リアタイヤから白煙が迸った。


【博一】

「なるほど、俺相手にやる気満々というわけか……見る目があるな。

 開けられるか開けられないかの二種類しかいないこの世界……

 ルールはさておき、前を行く者だけが公道の調律師となる」


タイヤの焦げる臭いに包まれながら、赤信号が青になるであろうその瞬間を待つ。


左後ろに控えている相手に対し、バトルOKの合図とばかりにアクセルを煽り、遠心クラッチがつながりそうな回転数をキープする。


【博一】

「青だ!!」


ワイヤーが切れそうなほどの勢いでスロットルをひねり、絶妙なタイミングでの遠心クラッチが広がる。


車体がガツンと前へ飛び出す!


完璧なタイミングでのロケット!!


夏前の熱気がスピードに応じて涼しくなっていく。


しかし、車両総重量の影響は大きく、小柄で軽量なスクーターが俺を抜き去ると同時に走行ラインへ割って入った。


【博一】

「さすがに軽いな。そのくせこっちは抜けのいいスカスカマフラーと来てる」


あざ笑うかのごとく振り返る相手ライダーを凝視すると、フルフェイスの後ろから長い金髪がなびいている。


身長も低くボディーラインも細く、男性ライダーはの多くは体格による威圧感を持つが前を行く相手には妖しさだけがある。


【博一】

「女か!? そりゃ速いわけだ」


軽さが武器のSS125Vに女性の体重ともなれば、スタートダッシュはありえないほど速い。


その点において、女性のライダーは男性よりも有利だ。


だからと言って、あそこまで激しく挑発されたんじゃ手加減はできない……


【博一】

「そろそろか……車体が悲鳴を上げるぞ!?」


フルスロットルで飛び出したとは言え、微妙に戻して速度を調節しながら、付かず離れずの位置で相手の動向を観察する。


スピードメーターの数値がゆっくりゆっくり上昇していくたび、高速域到達へのカウントダウンが刻一刻と近づく。


が、浦安料金所手前の微妙な上り坂の抵抗によりエンジン回転数が低下。


俺のマシンはわずかに失速し、威勢のいい排気音が失われ、相手との距離が開いてしまう。


【博一】

「クソッ。やっぱりノマフにしときゃよかった。コイツは返品だな」


そして下り、元通りのパワーを取り戻し、駆け下りていくが距離は縮まらない。


はるか先まで伸びるストレートをフルスロットルで走りながら、路面のノイズとトラクションを肌で感じ、重心をかすかに移動させながらマシンと対話する。


あざ笑うかのように相手は俺を振り返った。が、俺は勝機を見出すべくして再びスピードメーターを確認する。


【博一】

「よし、来た!!」


数値が高速域へ到達すると同時に、思いっきりアクセルを開け、握りなおして100パーセントの開度まで持っていく。


相手のマシンにトラブルでも起きたのかと思うほど、距離がジワジワと縮まり、テールランプのバルブまではっきりと読める程の位置に迫る。


【博一】

「軽量、しなやかなボディ剛性、コンパクトなホイールベースに10インチ……

 短距離や市街地になると、SS125Vに勝てるマシンはないと言われている。

 それが初代モデルのJ5になると、クラスにおいては伝説級の速さだ」


スロットルを開け続け相手はミラー越しに俺を確認しながら、ただひたすらに伏せて風をよけながら直進していく。


振り返らずにとにかく逃げに徹するその姿を横目に流しながら撃ち落としにかかる。


いや、振り返らないんじゃない……振り返れないのだ!


【博一】

「軽量なマシンは風を受ければ紙のごとく走行ラインを乱す。

 しなやかなフレームは狭い市街地での戦闘を得意とするが、

 直線では激しい振動を受け、マシンのコントロールに余裕がなくなってしまう」


そう、この領域におけるルールはたった一つ。開けられるか開けられないかだけだ。緩いコーナーであろうとも、このクラスにとっての超高速域は危険が伴う。


タイヤのトラクションやショックの伸縮を肌で感じながら、勝負できるエリアで前に出るために数パーセントだけスロットルを緩めたり、荷重移動を行う事が必須だ。


マシンの得意とする領域やコンディション管理は言わずもがな。オイルのメーカーや粘度やグレード、タイヤの空気圧を少し上げたり下げたりする程度でも、大きな差が出る。


ただただ開ければ前に出られるというわけではない。それはこの世界にとっての本当の勝利とは呼べない。


マシンのチューニングやコンディション管理を行い、なおかつ命を預けられる。


不安で開けられなければ、乗り手のメンテナンスが行き届いていないだけの事。


開けられても出力が足りなければ、マシンを自分のものにできていないだけの事。


SS125Vと横並びになったと同時に予想外だと言わんばかりに相手は俺を伺った。


【博一】

「開けられないだろう! もう振り返らなくてもいいぞ!!」


荒れた路面の振動を受けながら、一瞬だけスロットルを戻し、すかさず全開!!


抜けのいいマフラーからアフターファイアが炸裂し、小さなミラーの中に相手ライダーの姿が米粒のようになっていく。


【博一】

「作戦通り! 俺の勝ち!!」


信号が青から黄色へ変わる瞬間に交差点を抜け、相手が赤信号で止まったのをミラーで確認すると、もう一度加速しただひたすらに直線を駆け抜ける。


やがて、道路の先に見えた緑色の看板を見つけると、休憩がてら給油しようと思い、ガソリンスタンドへ。レーンにバイクを入れるとクラスメイトの鈴川晴樹が、バイクを入れたガレージから駆け出してきた。


【博一】

「またバイト中に弄ってんのか……おい、客が来てやったぞ!!」


ウインカースイッチ下にあるホーンスイッチを押し込み、125㏄特有の情けない音を鳴らしながら給油レーンへと入った。


【晴樹】

「ありがとうございました! またのお越しを!!」


【博一】

「働け!!」


【晴樹】

「嫌だ!!」


言いつつ晴樹が機械をセットするのを見て、ハイオクのノズルを手にし給油する。


【博一】

「てか、フルサービスだろここ? 客に入れさせるなよ!?」


【晴樹】

「えっ? 客!?」


【博一】

「金払ってて従業員じゃねぇ時点で客なんだよ!!」


【晴樹】

「とか言って、他人が入れるの嫌がるだろ?

 それで、またこの辺り走ってんのか?」


【博一】

「まあな。お前も含み、ここの従業員は絶対にこぼすからな!

 自分ならこぼしても諦めがつくし……」 


【晴樹】

「従業員としては、面倒な客はセルフに行けって思うぜ。

 それに、AltaiRは給油しにくいから嫌いなんだ。

 ダブルで来店をお断りしたいね」


【博一】

「客を選ぶんじゃねぇよ!

 早速だがさっきテストしてきたぞ」


【晴樹】

「それで、どうだった?」


【博一】

「これは最低のチタンパイプだな。排水管になりもしない」


【晴樹】

「排水管にならないから排気管になってるんだ。

 その様子だと、勝ったけどもやもやしてるって感じだな?」


【博一】

「そうだな。やっぱりノマフに戻してくれ。こいつは返品だ。

 下があまりにもスカスカで、ゆるい坂でも上り切れない」


【晴樹】

「だから勧めたマフラーにしろって言ったのにな。

 まぁ、そいつはそもそも展示用マフラーだし、ぶら下げとくのがいい。

 馬力ってのはシャシダイに乗っけてるだけだから、信用ならんのが身に沁みたろ」


【博一】

「全部がそうってわけでもないだろ?

 ウエイトローラー変えて元気過ぎたから、ちょっとトップに降りたかっただけだ。

 そしたら下があまりにもスカスカすぎた。音はいいんだけどな」


その時、どこからか現れた最新のスクーターが隣のレーンへ入ってきた。


【晴樹】

「あれは、近所に住んでるの真楠(まくす)さんだな。

 今イチオシの125に乗り換えたのか……水冷で可変バルブが付いてるマシンだ」


【博一】

「しかし、125クラスでも可変バルブとか……すごい時代になったよな……」


【晴樹】

「ま、バカにしててもやっぱり最新だから、お前のバイクに比べると速いけどな。

 可変バルブっていっても、スペックを求めたわけじゃなくて排ガス規制だ。

 嫌な時代になったもんだよ。昔はオイルぶちまけてたっていうのに……」


【博一】

「お前はそもそもその時代の生まれじゃないだろ?

 環境問題もライダーの責任だから仕方がない。

 車に比べるとよっぽど人口は少ないけどな」


もう一人の店員が駆け寄っていくと、客がヘルメットを脱いだ。赤色に染められたモヒカンが天井を突き破らん勢いで立ち上がる。


【客】

「ひゃぁっはぁ! レギュラー満タン現金払いだァ!!」


【博一】

「なんだアレ……バイクも乗り手も、なにマックスなんだ?

 ほら、この前お前の家で見せられた変な映画に、あんなのいたよな……」


【晴樹】

「一応言っておくが、マックスは主人公だからな?

 それにもう一度言う、あの人は真楠って苗字の人だ。

 ちなみに言うとマシンはM(エム)MAX(マックス)125だ」


【博一】

「ボルト類がとげとげしいのに変わってるな……まさにMADだ……

 でも、あれ乗るんだったら、150買った方がよかったんじゃないか?

 しかも、150ってこの国じゃ中途半端だから、250にしろとも思うし」


【晴樹】

「免許ないのかもしれないぞ?」


【博一】

「って事は、小型自動二輪免許は持ってる……配達員でもやってたのか?」


【晴樹】

「チチキトクスグカエレって届けてくれるんだな」


【博一】

「危篤にしたのぜってぇアイツじゃん!

 んで、水とかガソリン強奪しただろ!?」


【晴樹】

「というか、一年前に取ったんならわかるだろ?

 小型二輪AT限定は学科免除の対象なら3日くらいで取れるんだよ。

 普通自動車免許とかない人だったら学科が必要だけどな」


【博一】

「いやそれぐらいわかってるけどさ、俺からすると普通二輪取れよって思うな」


【晴樹】

「普通二輪取っておいて125乗り回してるヤツもどうかと思うけどな。

 これが大型取っておいて排気量にケチつけようもんならなおさらだ……

 ありがとうございました! またのお越しを!!」


モヒカンの客が出ていったと入れ替わりに、今度はさっきバトルしたSS125Vのライダーが給油レーンへと飛び込んできた。


【晴樹】

「いらっしゃいま――」


接客に赴いた晴樹の横を通り抜け、ヘルメットのバックルを外しながら、早足で俺めがけて歩み寄ってくる。


虹色のミラーシールドに守られたフルフェイスから現れたその顔。


一瞬、周りのすべてが減速して、時が止まったかのようだった……


パッチリと開いた瞼となめらかな肌の具合、モデルでもやってそうなファンシーな顔立ちの少女は、長い金髪を風になびかせ、無表情のまま俺の前に立ち止まった。


可愛い……SS125Vなんかのスポーティーなマシンよりも、ミュウ125とかバタフライ50とかの、オシャレスクーターが似合いそうな、女の子らしさがある。


にも関わらず、所有しているマシンが似合わないとは言えないほど、派手で今時のギャルっぽい雰囲気をしているのもまたいい。


ガソリン臭いフィールドに漂う、女の子の甘い香り。とても心地が良く、高速域で走行し続けて緊張していた神経がほどけていく。


しかし、まじまじと見つめてくるばかりで、何も言葉を発しない。


長い沈黙に息苦しさを感じて俺が先に口を開いた。


【博一】

「あぁ、さっきは――」


声をかけようとしたがスルー……バイクのエンジン回りを眺め、カスタムしている箇所を入念に観察するばかり。


リヤサスやスロットルを握ったりベタベタ触っておいて、オーナーである俺には何の断りもなし。


いや、ちょっと待て!


信頼のおけるチューナー以外、他人にバイクを触られるのはとても腹が立つ!!


が、俺も男だ。可愛い女の子が自慢の愛車と戯れている姿は、妙な気分だ。


自分の体に触れられているような気持ちよさがある。


褒められたらそれはそれで、自分自身がカッコいいと言われているのと同義だ。


自分のマシンを褒められると、無条件でなびいてしまうという不条理とも言える道理が、ファンライドを行うバイク乗りには存在する。


どうだ、俺の愛車は速かったろ? よかったら後ろに乗っけようか!?


次に出てくるであろう言葉を想定して、そんなセリフさえ脳裏に思い浮かべる。


出番を待っていましたとばかりに、格納式のタンデムステップが鈍く輝いた。


ケツには乗っけない主義なんだが特別……女の子としての魅力も抜群だから、君のために席を空けておいたんだと、ちょっとナンパな事を言ってもいいぐらいだ。


俺のマシンを観察し終えて、やわらかそうな唇が動いた。さぁ、一言どうぞ!!


【???】

「まじぃ~? こんなんに負けたの~!? ウチ、激ダサ~!!」


【博一】

「……えっ? いや、カッコいいだろ!?」


バカっぽい口調で『こんなん』とはずいぶんご挨拶だ。確かにセッティングは合っていなかったが、俺自身がどうのこうの言われるのはまだ我慢できる。しかし、マシンをけなされるのは許せない。バイクは乗り手を選べないからだ。


【博一】

「ちょっと待て! そもそも、こんなんってなんだよ!?」


【晴樹】

「いや、どう見たってこんなんだろ?」


【博一】

「はっ? ふざけんなよ! お前の店で色々やってんだぞ!?」


【晴樹】

「いやいや、SS125Vを見てみろ?」


白い車体をベースに程よくちりばめられた、カーボン柄のパーツ。


白黒のローダウンタックロールシートに、5万もする有名メーカーのカーボンエンドマフラー。


バランスよく張られたステッカーは、まるでスポンサーがついてるみたい。


イカツイ仕様にだがガキっぽさがないレーシーな車両に仕上がっている。


【???】

「で、その子と言ったら! なんでそんなんで鬼ハヤなのぉ~?

 そんなんに負けるとかマジ信じらんない~」


彼女のマシンと見比べるように自分のバイクへと目をやる。


何の変哲もない第2世代のAltaiR(アルタイル)-MX125。


光沢を失ってくすんだ白い外装に、日に焼けて灰色に染まったインナーカウル。


エンジン回りやフェンダーは泥まみれ、ホイールにはブレーキダストが焼き付いている錆びているみたいに……


【晴樹】

「ガソリン零されたとかキレられてもなぁ……」


ネットオークションで不良品を売りつけられたと言わんばかりのボロボロなマシン。


ちなみに晴樹の母親が営むショップで、ベースマシンとして拾い上げてきたのを、俺が超激安で譲ってもらったという経緯がある。


【???】

「ちょ~ありえないんだけど~! そんなんに負けたとかちょ~ウケル!!」


【博一】

「って言われてもなぁ……

 というか、そんなんばっかり言うなよ!!

 じゃあそっちのSS125Vはどこをいじってあるんだ!?」


【???】

「えっ? 見たまんまだけど!? ほら、速いでしょ!!」


俺の質問の意味がわからなかったのかアホみたいな表情を示した。


【博一】

「いや、どんな駆動系のセッティングしてるとか、

タイヤサイズとかサスとか色々あるだろ?」


【???】

「こんな夏前なのにマフラーなんて巻くの。なんで?

 あっ、でもでもクド~系なら知ってる。

 友達に探偵部ってのがいるよ~!!」


【博一】

「探偵部って……なんか胡散臭い3人が頭に……」


【晴樹】

「多分それ、全員が同じ奴の顔を想像してると思うぞ?

 胡散臭い探偵部なんて全国にそうそうあったもんじゃないし、

 あったらたまったもんじゃない……」


【博一】

「って事は君も同じ学校?

 いやそんなんはどうでもよくて……いや、どうでもよくはないんだけど、

 どこのプーリーとかあるじゃん?」


【???】

「あっ、あのネズミみたいな、草食べてる姿が鬼カワなヤツ!?

 巣穴からちょこんって出てきてるのとかい~よねぇ~!!」


【博一】

「プレーリードッグじゃない……

 どこをいじってあるとか本当に知らないのか!?」


【???】

「うん、ママに貰ったのそのまま乗ってるし~!

 でも、負けたことなかったのにぃ~なんでぇ~!!

 くぅやぁしぃいぃ~!!!!」


まさか、外装パーツが速さにつながるとは思ってたんだろうか? 


軽量化やスタビリティという点を突き詰めれば、カーボンやスポイラーに辿り着く。


しかし、速く走るためにはそれ以前に、いかにエンジンパワーを発揮し、効率よく路面へ伝達するかが前提だ。


【晴樹】

「どうだったんだ?」


【博一】

「いや、彼女の言っている通り、そのSS125Vは確かに速かった。

 勝負所は結局マシンスペックになったが……

 駆動系はドライブからドリブンまで、フルキットを組んであるはずだ……」


【晴樹】

「駆動系が色々お疲れかもな……

 125クラスなら加奈さんに相談するといい。

 今日は出勤だから」


【博一】

「とか言いつつお前はやりたくないだけだろ?

 まあ、確かに加奈さんならお前より腕も経験もあるし、すぐわかるだろうな……」


【???】

「まじ~、ちょー行くぅ~連れてって連れてって!

 んで、その後モーニング行こ、ねっねっ!!」


【博一】

「あぁもう、じゃれるなよ……モーニングはまさか俺も行くの?」


【???】

「ったりまえじゃぁ~ん! 学校の近くに喫茶店あるでしょ?

 季節限定のケーキが出たんだって!?」


【晴樹】

「といっても、ウチの店は9時からだ。先にモーニング行ってこい!

 走り回ってるとベルトぶっちぎる可能性あるから、

 バイク以外の方法で時間潰した方がいいぞ」


【博一】

「ケツに乗っけてもいいんだが……いやなんでもない……

 そういえば名前、まだ聞いてなかったな。俺は博一ひろかず、君は?」


【マトイ】

「いえっすぅ~! ウチはマトイって言うよ、今日から果てしなくよろ~!!」


誰とも約束してない、誰とも示し合わせる事のない、この国のどこにでもある公道で、偶然にも必然にもなりうる瞬間を求めて……


どちらが速いかを競って出会ったのが、俺達の始まりだった。

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