湾岸の赤い悪夢

白鳥一二五

Iidling-アイドリング-

【マトイ】

「やっほー! 飛ばせ飛ばせ飛ばせぇぃ!!」


持ち前の明るさいっぱいの快活な声で彼女が叫んだ。


【博一】

「危ねっ! ちょっ、暴れるなって!!」


ありきたりな夏休みのワンシーン。


クラスメイトのマトイに誘われて、遠くのショッピングモールまで出かける事になった俺は、125㏄スクーターの後部座席に彼女を乗せ、ほとんど暴走に近い行為を強要されていた。


灼熱の日差しを打ち消す涼しい風、セミたちの喧騒や日常のあらゆる雑音さえかき消す激しいエキゾースト。バイクにまたがる俺達二人きりの世界を構築する。


【マトイ】

「あぁ~もう、ゆっくり走ったら熱いしつまんない~もっと飛ばしてよ~!

もう、ヒロッポンがその気なら……

青春は待ってくれないぞゴーゴーゴー!!」


パッセンジャーシートからグッと前に出ると、俺の背中に彼女の豊満な胸がモッチリと張り付く。


ドキドキして青春らしさを感じて微笑んだのもつかの間、今度はスロットルを握っていた手に彼女の小さな手のひらが重なる。


振り返りざまに右を見るとフルフェイスのバイザー越しに、彼女の瞳が俺を映し、何も言葉を発せずじっと見つめているばかり。


いよいよ俺は彼女の心を察せずにはいられず、胸部に感じた息苦しさは、炎天下の熱気の所為ではないなと思った。


その瞬間、エンジン音が雄たけびを上げ、町の景色が左右へと切り裂かれて後ろへと消え去っていく。


【博一】

「ちょっ、バカッ! やめろっ!!」


ブレーキをかけようとするが彼女の手が邪魔してレバーまで指が届かない。その間にも、前方を走っている車のテールがどんどんと迫ってくる。


ウィンカーを点滅させながら3秒後、腰をよじらせてバイクをわずかにバンクさせ、追い越し車線へと飛び込み回避する。


が、さらにその先にもトラックがそびえており、それでもなお彼女は手を離そうとはしない。


【マトイ】

「あ~最ッ高ォ! 風が涼しくて、テンションぶちアゲ~気持ちいぃ~」


【博一】

「危ねっ! うぉっ、離せって!!」


【マトイ】

「だって~、ヒロッポンの運転だとトロイの木馬で、

 体は熱いのにテンション激サムなんだもん!

 鬼ハヤのバイクなんだし、走りも神ってないとね!!」


同年代の使っている言葉にしては最先端を行きすぎていて返事に困る。


【博一】

「何を言ってるのかさっぱりだぞ! あっぶねっ!!」


半ば蛇行運転のごとく車線変更を繰り返し、車列の先頭へと飛び出し赤信号が見えたところで悪ふざけは終わった。


と思いきや、信号がタイミングよくグリーンの光を放ち、クラッチが切れたところからフルスロットル。


【マトイ】

「や~い、ヒロッポン事故りかけた~! 原点!!」


車体が起き上がりそうなほどの強烈なダッシュをかまし、俺達から逃げていくかのように景色が過ぎ去っていく。


【マトイ】

「う~んイェ~イ! サイコーに気持ちいいー。

 見て見てヒロッポン、あの外車の運転手偉そうにしててチョーウケル!!」


【博一】

「あれは別に流してるだけだ。勝ったわけじゃない。

 それにあんまりくっつくなよ! 暑いしコントロールしにくいだろ!?」


スポーツバイクにでも乗っているかのような前傾姿勢で走ると、125スクーターではコントロールしにくくて仕方がない。


それに、マシンのスタイリングとライディングフォームが似合っていなさ過ぎて、周りからしたらバカっぽく見られそうだ。


【マトイ】

「とか言ってぇ~、ホントは嬉しいんでしょ~? ホレホレ~お主も悪よのぉ~!!」


背後から抱き着きながら、彼女はその豊満な二つのまんじゅうを、グイグイと押し当ててくる。


やわらかい感触が心地いいし、まんざらでもない気分だが、なにせちっこい125㏄スクーターにまたがった状態での高速度の世界。


この速度域がソロならまだましだが、タンデムとなれば話は別。しかも乗せているのが女の子ともなれば、もっと変わってくる。


安全バーがかけられていない状態でジェットコースターに乗っているようなもんだ。楽しめる余裕なんて少しもない。


コケたら一撃だし、運転者である俺は責任負わされるし……


冷や汗かいてる俺の気も知らないで……


【博一】

「やめろ! コケても責任取らねぇぞ!!」


【マトイ】

「あっ……」


急にシュンとした声を放つと俺の手を離し、元通りの体制に。戻されたスロットルに呼応して、わずかなエンジンブレーキがかかりスピードが落ちていく。


もう一度グリップを手にすると、ゆっくりと巡航速度に乗るまで回転数を上げる。


【博一】

「……ごめん」


【マトイ】

「そ~ゆ~湿っぽいのはナ~シ! ねぇねぇ、着いたらなにする?

 ウチはSNSで流行ってる鬼盛りパフェが食べたい!!

 あっ、ヒロッポンはどうする……攻撃、呪文、道具、逃げる」


【博一】

「俺は……付き添ってるだけだし、マトイが楽しけりゃなんでもいいかな?」


【マトイ】

「えぇ~せっかくボケたのにスルーする~?

 しかもそれ、つまんなくなるパティーンのヤツじゃん!

 初デートがそれじゃぁやぁ~だぁ~!!」


生まれてこれまで、女の子と一緒に出掛けた事なんてなかったから、いざデートと言われてもなにをすればいいのかまったくわからない……


【博一】

「というか、デートって……そうだな……

 あそこのモール、遊園地みたいなのが併設されてたよな?

 観覧車とかパンダの乗り物とか……」


【マトイ】

「ダジャレもスルーされたぁっ!

 って、ヒロッポンもしかしてそ~ゆ~のラヴリーな感じ!?」


男女の関係の発展はないにしろ、ちょっとロマンチックに行こうと思った。しかし、彼女の発言がバカにしているみたいで、なんだか辱めを受けている気分だ。


【博一】

「唇を噛んで言うな! やっぱナシだ!!」


【マトイ】

「えぇ~、ウチもパンダ乗~り~た~い~! パンダパンダパンダパンダぁ!!」


【博一】

「わかったから暴れるなって!」


【マトイ】

「よしっ、き~まり~、パンダに乗ってフルバンク競争いっちゃおぅ!

 ほら、早く早く~パンダが国に帰っちゃう!!」


【博一】

「そっちのパンダじゃない! はぁ……」


少しだけ後ろを振り向き、タンデムステップを確認する。痛々しい脚部がそこにあるのを目にすると、後悔ばかりが胸に込み上げる。


本当は医者からも止められているが、彼女がどうしてもと頼んでくるもんだから、仕方なしに乗せてやったし、連れ出してやった。


断るのが正解だったのかもしれない。だけど、どうしても走らせてあげたかった……


彼女が怪我をしたのは――後ろにしか乗れないのは、俺にも責任があるのだから……


【博一】

「しょうがない……付き合ってやるか! しっかり掴まってろ!!」


【マトイ】

「うん、いつでもオッケー! ゴーゴーゴー!!」


タイミングよくスロットルを開けると、彼女の声に返事をするかのごとくエンジンが激しい雄たけびを発し、メーターの数値は上昇していく。


やっぱり、俺達は悪夢のような世界にしか生きられないんだろう……


どうして、こんなことになってしまったんだろう……

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