第48話 決着
有坂さんの魔法に顔をやられるから、トロールは腕を下ろせなくなった。
さっきまではヒリヒリするような緊張感があって、せっかく頭の中がクリアになっていく心地よさを味わっていたのに、これでは期待外れである。
そんなことを考えていたら、トロールの蹴りが飛んできた。
剣で受けるが、地面の上を滑って靴が破け、衝撃で左腕から骨が付き出た。
何度か剣を振るって、ひたすら集まってくるオークを倒し、体力を回復させる。
もう一度距離を詰めて、脛を狙った。
脛の部分は装甲が厚くなっているが、ここを砕けば足を叩き切ることも難しくない。
魔剣で殴るたびに、大気を震わせる振動が辺りに響き渡る。
10回も魔剣を叩きつけたら、やっとひびが入ってきた。
ひび割れの隙間から紫色の血が流れ出し、多少はダメージも入っている。
何度も蹴りを食らって吹き飛ばされ、大木の幹を折るほど吹き飛ばされたりもしたが、その度にオークを斬って回復した。
防御してもそんな有様だから、間違っても俺と相原以外が攻撃を受けたら命に関わる。
このまま押し切ろうと考えたら、ひびから紫色の血液が勢いよく噴き出した。
これは右足に体重を乗せて、左足で蹴ってくる合図である。
俺は攻撃を中断して、何度目かになる蹴りを受けた。
攻撃を受け止める前に失敗に気付く。
掬い上げるような攻撃に体が浮いてしまって、俺の体が宙を舞った。
今の攻撃は避けるべきだった。
気づいた時には、オークの腕が目の前に迫っている。
その時、急に加速感が訪れた。
剣を繊細に振って指の間を斬りつけ、俺は指先の間を抜けてトロールの手の上に出た。
すぐさま炎に巻かれ、俺は火の玉になってトロールの腕を走る。
トロールが吐いたアイスランスを蹴り砕き、剣を振りかぶって顔を目指して飛ぶ。
眉間に剣を叩きつけると、思った以上に深く刺さった。
トロールの口から、体が引き裂かれるかと思うほどの咆哮が発せられた。
装甲のない部分に深く突き刺さりすぎて剣が抜けない。
加速感が無くなったと思ったら、相原がトロールに蹴られて桜と共に吹き飛ばされて転がっていた。
俺は必死になってトロールの鼻先を蹴飛ばし、剣を抜いて地面に着地する。
オークの群れを薙ぎ払いながら相原の所まで近づくと、盾の下で二人が動いているのが見えて安堵する。
イエロークリスタルを砕いて、二人を立ち上がらせた。
振り返ると、蘭華が必死になってトロールの膝を斬りつけている。
暴れるトロールの足に蹴られたように見えたが、それは分身で、いつの間にか俺の横に移動していた。
分身を残して移動するというのが癖になっているのか、感心するような動きだった。
「危ないわ。走って!」
トロールが有坂さんを狙って山を殴ったから、石が上から転がってきた。
俺は桜の手を取り、相原とともに蘭華が斬り開いてくれたオークの隙間を走る。
オークの突進によりどんどん森が開けて、辺りはもう更地のようになっていた。
有坂さんが山の斜面を利用し敵を引き回しているところに追いつくと、俺は腹に力を込めて思いきり脛を斬り上げる。
すると、トロールは地面の上に倒れ込んだ。
上の方から歓声が聞こえる。
追い詰めているように見えるらしいが、装甲を砕かなきゃ何も始まらない。
「私はマナ切れだよ!」
遠くの方で有坂さんが叫んでいる。
連続魔法を得てから、有坂さんはすぐにマナ切れするようになった。
地響きと共にごろごろ転がったが、トロールはすぐに立ち上がった。
しかし、有坂さんが顔にしっかりとダメージを与えているから、流れ出した血液によってトロールの体は紫に染まっている。
トロールが立ち上がったところで、もう一度脛を狙うと、バギンと装甲が弾け飛び、膝の真ん中から折れ曲がった。
もう走ることもできないし、飛び上がることもできない。
両腕を地面に着いてしまったトロールは、もはや炎で対抗する事しか出なかった。
凄まじい熱気を放ち始めて、森が燃え始めるが、俺はトロールの背中に飛び上がった。
オーラなど5秒ともたないが十分である。
俺はトロールを斬りつけては地面に降りてオークを狩り上に戻るを繰り返す。
その首を何度も斬りつけて両断した。
トロールの頭が地面に転がると、ドロップを残して、その巨体が消えた。
空を揺るがすような歓声が沸き起こる。
上にいた連中もどうやら無事らしい。
途中からは魔法も飛んでこなくなって、オークにやられたのかと心配だった。
トロールが消えると、オークたちは一斉に引き上げていき、遠くの方で砦の残骸が空を舞っている。
ダンジョンの中に消えていったのだろう。
やはりオークを操ることができるボスという扱いだったようだが、それが弱点になっていた。
ドロップは宝箱が一つと、金のスキルスクロールだった。
スキルの方は魔法消費軽減である。
覚えさせるなら桜か有坂さんだが、とりあえず桜でいいだろうか。
こんなスキルでもないと加速魔法は使い物にならない。
「おい、蘭華。ちょっとこれ開けてみろよ」
「なによ。まさか、こんなもの開けるのにビビってるの。情けないわね」
「いいから、さっさと開けろ」
蘭華が無造作に箱を開けると、出てきたのは木の苗だった。
すぐに頭の中で検索すると、金の成る木と出てくる。
残念なことに、樹齢二千年まで育ち、樹齢五百年頃から本格的に実がなり始めるとあった。
最低でも8年は育てないと実が成らないし、最初は三年に一度くらいしか実を付けない。
蘭華に空けさせたのは間違いだったようだ。
「やっぱり金目当てかよ。意地汚い女だな」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ」
腰に手を当ててふんぞり返り、俺を見下ろすその姿は様になっている。
鎧と服の隙間からへそが見えて、俺は視線をそらした。
「なんだろうね、これは」
「金の成る木ですよ。まともに収穫できるのは五百年後ですね」
「どうしてそんなことまでわかるの。ちゃんと納得のいく説明を聞かせなさいよ」
「宝物庫を起動させてから、何故かわかるんだよ」
俺はそれっぽい理由を言ってごまかした。
「またハズレですか」
「そうだな」
俺と相原は、もはやハズレの宝箱にも慣れてしまっている。
その後は英雄のように祭り上げられて、ベースキャンプで緊急の祝賀会が開かれた。
オークがいなくなったことで自衛隊の一個大隊がやってきて、周囲の被害状況の調査を始めた。
ヘリも飛び、酒と食べ物が届けられた。
そのお祝いに浮かれていたら、山本が俺に絡んでくる。
「私に売ってくれへんか。なんか木ぃみたいなもん出してたやろ」
胸元をこれでもかと盛大に開けて、黒い下着を見せつけてくる。
「売れないな。値段なんて付けられないもんだ」
「この体、自由にしてもええねんで」
「いらねえよ」
またそれかと呆れる。
いくらなんでもワンパターンが過ぎるというものだ。
耳元に酒臭い息を吹きかけられたが、不快なだけだった。
「だったら、この七瀬の体を自由にしてええわ」
「うちは嫌や。こないな男のおもちゃにされたないわ」
「悪くない話やろ。ええ体しとるで」
本人が嫌だと言ってるのに、無茶な話である。
この酔っぱらいは手ごわいなと思っていたら、いつの間にか隣にいた蘭華に腕を取られた。
柔らかい感触に腕を包まれたような気がした。
「聞き捨てならないわね。剣治は私と付き合ってるのよ」
それは厳格な意味で、別れ話をしていない以上は付き合っているという話かと思ったが、俺に向けられたのは、話を合わせておきなさいよという威圧感のこもった眼だった。
思い切り腕に抱きつかれて、ハリネズミに懐かれたような気分になる。
「そんなはずないやろ。伊藤は誰とも付き合っへんいう話の裏はとってあんねん。私の情報に間違いなんかあるわけないやろ」
「付き合ってるよ」
俺が蘭華に合わせると、周りの奴から歓声が上がる。
さすがとか言う声まで聞こえてきた。
「アホみたいに照れとるやないか。絶ッ対、嘘やわ」
「照れてないわよねえ?」
照れるわと思いながら体の位置をずらす。
蘭華は思い切り俺の腕に抱きついているのだ。
ぶ厚い皮の服のお陰で、何の感触もないが、息のかかる距離である。
よく見たら、蘭華の顔も真っ赤になっていた。
鼻の先まで赤くなっていて、これでは嘘だとバレないほうがおかしい。
「んなら、キスでもしてみいや。それで信じたるわ」
山本は鼻をほじりながら、馬鹿らしいものを見るような目つきで見てくる。
「人前でそんなことしないわよ。はしたない」
「出来ひんのやないかい。ほんなら、そないな話は信じられへんわ」
「いや、伊藤さんが心に決めたのは、佐伯さんただ一人だけですよ。間違いありません。ねえ、有坂さん」
急に真面目な顔をした相原が言った。
こいつはきっと本気でそう信じているだろう。
「うん。相原君の言う通りだよ。相思相愛といってもいいくらいだね」
そして有坂さんもそれに同意する。
そしたら蘭華の方がうろたえだした。
「構ってられないわ。ねえ、行きましょうよ」
「行くってどこへや。森しかないで」
「森の中に行くのよ。二人きりになるためにね」
周りがヒューヒュー言って囃し立てる。
引っ込みがつかなくなったのか、蘭華は俺の手を引いて森の中にどんどん入って行った。
道が作られていない森の中はひどい藪で、歩けたものではない。
なんとか皆の声が聞こえなくなるところまで歩いたら、天幕を出して中に入った。
虫の声も聞こえない静かな夜だった。
「ふん、簡単に騙せたわね」
天幕の中、体育座りした蘭華が、どこか遠くを見るような目でそんなことを言う。
俺としては、もう少し女優としての才能もあるかと思ったが、そんなことはなかった。
「山本なんか、つっぱねとけばいいだけだろ。こんなことまでする必要があったか」
「なによ。あの銀髪の娘には興味が有りそうだったじゃない。私がいなかったら、コロっと騙されてたかもしれないわよ」
「んなわけないだろ。はあ、せっかく俺がパーティーの主役だったのにな。大体、いつまでここにいればいいんだ」
「そうね、一回終わるくらいでいいんじゃないのかしら」
そう言った蘭華はまた鼻の先まで赤くなった。
その横顔がなんだかゾクリとするほど綺麗に見えた。
しかし、俺はそんなことになったら有坂さんたちに、言いたい放題言われるなと、そんなことばかり気になっていた。
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