第24話 蘭華





 休憩を終えて、六時間ほどやったら三人とも魔光受量値が限界になった。

 人数が多いから、必要な数の敵を探すだけでもかなり時間がかかる。


「まさに悪鬼のような戦いぶりでしたね。剣の一撃が、まるで大砲みたいでしたよ」


 と、帰り道で相原が敬意のこもった眼を俺に向けながら言った。

 あんまり褒められている感じはしないが、悪意はないのだろう。

 最後の方では、こいつも周りを見るくらいは余裕があったらしい。


 相原に憧れを含んだ視線を向けられると、悪寒が走るのはなんでだろうか。

 きっと狂気の高で言ったら、こいつも俺と変わらないだろう。


「私も長いことやってるけど、一度でこんなに霊力が上がったのは初めだよ。これなら伊藤君の強さにも納得だね」


 二人は凄く喜んでいるが、このやり方にも問題はある。

 短時間でやりすぎると、どうしてもスキルの成長がついてこないのだ。

 大図書館で調べても、スキルの成長を助けるような加護はなかった。


 二人はまだいいが、特に蘭華はスキルレベルが足りていない。

 なるべく早く必要なスキルを揃えてやって、長くダンジョン内にいるようにしなければならない。


 ダンジョンから出たところで解散となったのだが、相原にご飯おごりますよと言われて飯屋に連れていかれた。

 どう考えても俺たちには不釣り合いだと思われる高そうな店に案内される。

 探索で稼いでいる相原にとっては大した額でもないのだろう。


 しかし、慣れてないというか、馴染んでいないのは丸わかりだ。

 当たり前のように酒を頼んでいるが、こいつはちゃんと成人しているのだろうか。


「今日は稼がせてもらいました。ぜひもう少しお願いしますよ」

「なんかその言い方だと、悪代官になった気分になるな」

「越後屋かなんかに見えますか。僕は伊藤さんに知り合えて幸運でした」

「チームの方は放っておいていいのか」

「いいといいますか、なんといいますか。最近、煮詰まってましてね」


 相原は、なんだか自分のチームに不満があるような口ぶりだった。

 しかし、リーダーというのが気を使う立ち位置なのは俺にも理解できる。


「それよりも、伊藤さんは佐伯さんと付き合っているわけではないんですか」

「あんな奴と付き合えるわけないだろ」

「それは高嶺の花という意味じゃないですよね。それにしては、お二人の距離が近いように見えますが」


 やけに突っ込んだ質問をしてくる。

 実は、一度だけそんなような話になったこともある。

 しかし、どうにもうまくいかなくて有耶無耶のうちになかったことになっているのだ。


 蘭華に付き合ってみようと言われて、なんとなく了承したものの上手く行かずに、自然消滅のような形になっている。

 そんな昔話を、相原を相手にとうとうと語ってみた。


「それって、まだ付き合っていると、言えなくもないですよね」


「むしろ付き合ったことはないと言った方が正確だろ。だいたい、あいつの尻に敷かれてたんじゃ、俺の人生が滅茶苦茶にされちまうんだよ。親分気取りであれしろこれしろとうるさいからな。昔からそうなんだ」


「そんなのただのツンデレじゃないっすか!」

「どうしてそうなるんだよ。まだ酔っぱらうほど飲んでないだろ。だいたい、そんな類型に当てはまるわけがないんだよ」

「伊藤さん、さすがにそれははっきりさせておかないとまずいですよ」

「なに言ってんだ。はっきりって、今から蘭華のところに行って正式に別れようって言うのか。殺されるよ、そんなことしたら」


「佐伯さんの何がそんなに気に入らないというのですかッ。もったいないッッッ!」

「こんな店の中で、いきなり慟哭するなよ。びっくりするだろうが。いいか、それまでずっと友達みたいなもんでやって来て、いきなり付き合うって方がおかしいんだ。気恥ずかしいから言いたいことも言えないし、お互い遠慮がなさ過ぎてすぐ言い合いになるんだよ。しかも付き合うって話になってから疎遠になるまで、一瞬だったんだぞ」


「アンタ、クズや! ホンマもんのクズや!」

「おい……、いいかげんにしろよ。お前に何がわかるんだよ」

「そんなの目を見ればわかるんすよ!」


 なぜか相原は泣き出してしまった。

 俺としては途方に暮れるしかない。

 分不相応な店で、猪八戒みたいな男と恋愛について話しているという状況が、俺には受け付けない。


 居心地の悪さを感じる。

 相原のおごりだから、こうなったら目一杯食えるだけ食ってやろうと山ほど注文した。

 そしたら、有坂さんがやってきた。


「ちょっと相談したいことがあって来たんだけど、いいかな」

「有坂さん! こいつ、クズなんですよ!!!」


 この野郎と思うが、周りの迷惑になるので仕方なく二人で相原をなだめにかかった。

 しかし、相原は俺に罵詈雑言をまくしたてるだけでどうにもならない。


「かわいい幼馴染と付き合うなんて、男の夢じゃないですかあぁぁぁ!」

「そんな良いもんじゃないって話したばっかだろうが」

「さっきまで憧れてたのに! 心底、見損ないましたよ伊藤さん」

「俺だって、お前に好かれたかないよ」

「まあまあ、二人とも落ち着いて」


 その後は相原と競争するように飯を食べて二人と別れた。

 過去のことに関しては俺にも非があるのはわかっているが、ああまでクズ扱いされるのは納得できない。

 だいたいあの頃の俺は若かったのだ。


 青春の過ちなんてものは誰にでもある。

 つまらないことを話したものだと考えながらホテルに戻った。

 ホテルの廊下で会いたくない顔を見つけた。


「自分だけ贅沢してきたのね」

「鏡を見てみろよ。頭の先からつま先までブランド品だぞ」

「お褒めにあずかり、ありがとう。そうよ、私自身もブランドなの」

「疲れてんだ」

「なにか食べ物でも買ってきてあげましょうか」

「いらない」


 変に意識してしまい、うまく言葉が出てこない。

 俺は自分の部屋に戻って数時間寝てから、ゴーレム狩りに向かった。

 それで十分なだけゴーレムを狩って来て、ホテルの部屋で丸一日寝込んだ。

 さすがにレベルが上がってきたおかげで、魔力酔いもほとんどない。




 今度は四人でゴーレムを目指すことにした。

 ハイゴブリンを四人でやっていると、どうしても経験値が足りないからだ。

 俺が暗躍のマントを使って偵察すれば、カラスは相原の魔弾と有坂さんの魔法でなんとでもなった。


 そしてゴーレム地帯までやってくる。

 四人で攻撃を加えれば、ゴーレムは簡単に崩れ去った。

 敵の動きも遅いし、とにかく四人で倒すのにこれほどいい相手はいない。


 魔法生命体だからなのか、魔法関係の武器ドロップも多い。

 100体も倒したら斬撃を飛ばせる剣と大きな槍がでたので、それぞれ蘭華と相原に持たせた。

 普通の武器を使っては壊れてしまうからもったいない。


 しかし楽な相手だと、自然と無駄口も多くなる。


「僕はちゃんとけじめをつけた方がいいと思いますけどね。今なら前よりもうまくやれるんじゃないですか。そんな中途半端なことをしたら可哀そうですよ」


 そんなことを相原がことあるごとに言ってくる。

 おかげで変に蘭華を意識してしまって気まずい。

 やっと忘れかけていた話を蒸し返されて、非常に困ったことになった。


 蘭華は慣れない二刀流で剣を振りまわしている。

 確かに昔よりも距離が空いた今なら上手く行くのかもしれない。

 しかし、蘭華にその気はないだろう。


「なに? なにか私に不満でもあるのかしら」

「いや、悪くないんじゃないか。その飛び道具を俺にあてるんじゃないぞ」

「誰に言ってるのよ」


 あんまり関わると、考えていることを見透かされてしまいそうで怖い。

 それなのに、昼休みになると有坂さんまで話に入ってくる。


「彼女が自分からダンジョンに来るようには、私の目には映らないよ。きっと伊藤君に歩み寄りたかったんだと思うよ」

「その目は当てにならない奴じゃないですか。いや、金に汚いやつですよ。ダンジョンは儲かりますから」

「彼女の目的がお金ではなかったら?」

「だったら何が目当てなんですか」

「彼女なら夜の仕事でもした方が儲かりそうじゃないか。何が目的かなんて、私にはわかるはずもないけど伊藤君ならわかるんじゃないかな。再開した頃のこと、よく思い出してごらんよ」


 夜の仕事など蘭華のプライドが許さないだろう。

 何が言いたいのか聞いても有坂さんは答えてくれなかった。

 俺と仲直りしたかったと言っているが、俺たちは喧嘩して疎遠になっていたわけではない。


 そもそも言い合いにはなるが、喧嘩別れになったことは一度もない。

 線香をあげに来た蘭華が、ボロボロの格好をした俺を見つけたのが再会だ。

 有坂さんは、それで蘭華が俺を心配したと言いたいのだろうか。


 次に会った時は、ダンジョンに行きたいとか言い出したが、俺はずっと連れていかなかった。

 でもパーティーメンバーが必要になって、一緒にやることになったのだ。


 金で釣れば動くだろうと思っていたし、実際それで蘭華はついてきたが、もし目的が違うなら、俺を心配してついてきたという事になる。

 有坂さんはそう言いたいのだろうか。


 蘭華はやたらとナイフを売らせたがっていた。

 俺が大金を得たらダンジョンには関わらなくなると思ったのだろうか。

 いや、まさかな。


 有坂さんが言いたいのは、そういう事なのだろうか。

 しかし、それは蘭華を好意的にとらえようとし過ぎてる感じがする。

 蘭華の方を見ると、ひとりで食べ残しのパスタをつついていた。


 俺の他に話せる人もいないから、俺が相手してやらないと一人りきりだ。

 パスタは蘭華が全員分作ったものだが、かなりおいしくできていた。

 料理が得意なんて聞いたことがないが、いつの間に上手くなったのだろう。


 どっかでバイトでもして覚えたのだろうか。

 幼馴染とは言え、だいぶ知らないことも多くなってしまった。


「恐竜の肉食べるか。焼いただけだけど、うまいぞ」

「持ってくるなら、箸を付ける前に持ってきなさいよ。馬鹿ね」


 やはり俺を心配しているような印象は受けない。


「いつからそんなこと気にするようになったんだよ。本当、お前ってサボテンみたいな性格してるよな」

「はあ?」


 こんなことで青筋が浮かぶほど怒るのだから困る。

 まあ、嫌われる理由がありすぎる身では言えた義理ではない。

 親分風を吹かせたがると解釈していた蘭華の言動は、有坂説と妙に一致するような気がした。


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