6.エルシャット村

 ライトとソフィネの故郷、エルシャット村は山間にある小さな集落だった。

 典型的な農村といえばいいのだろうか、村の周囲には畑が広がり、麦や果物を育てているらしい。村には建物が30件ほど。全て木造建築だ。


「いい村じゃないか、ライト、ソフィネ」


 俺は言った。

 典型的な田舎村ではあるが、自然の香りがする気持ちのいい環境だ。

 東京で生まれ育った俺は、こういう村での暮らしに憧れがないといえば嘘になる。


「つまんねー村だよ。なんもねーもん」


 ライトはブサッとしながら言う。


「っていうか、本当に村によるのか?」


 ライトはどうにも村に帰りたくないらしい。まあ、家出同然に冒険者になったらしいから気まずいのは分かるけどな。

 だが、今後長い旅に出るにあたって、俺としてはライトやソフィネのご両親に挨拶をしておきたかった。

 別に2人の保護者を気取るつもりはないが、仲間としてさ。


 それに、徒歩10日で行けるエンパレの町にいるならともかく、今後はいつ戻ってこれるか分からないんだから、ライトもご両親にあらためてケジメをつけるべきだと思う。


 ソフィネが言う。


「いいじゃない。ライトのお父さんももう引きとめはしないわよ」

「まあ、そうかもしれないけどさぁ」


 などと村の入り口付近で言い合っていると。


「ライト! ソフィネも! 帰ってきたのか!? っていうか、アレルやショート達もいっしょじゃん」


 農作業の手を止め、駆け寄ってきたのは俺も見覚えのある少年――バーツだった。


「よ、よう」


 気まずげに片手を上げるライト。

 そんな彼の様子にかまうこともなく、バーツは大声で叫ぶ。


「おーい、みんなぁー、ライトとソフィネが帰ってきたぞー」


 狭い村に響き渡るバーツの声。

 あっという間に、俺達は村人に囲まれたのだった。


 ---------------


「おんや、まあ、ライトも立派になって」「ライトが冒険者ねぇ……ちょっと前までオネショして泣いていたのに」「バーツ達より根性があるとは思わなかったよ」「ソフィネも頑張っているのかい?」「ところで、そっちの兄ちゃんと小さい子達は?」


 ……などなど、集まった村人達が口々に言ってくる。

 ライトは大慌て。


「ちょ、ちょっと待てよ、順番に説明するから。っていうか、もうオネショネタはいいかげんにしろっ!」


 そんなライトの後ろに、髭の生えた男が立つ。

 そして。


 ゴッチン。


 頭に思いっきり拳骨を落としたのだった。

 ライトは頭を抑えて振り返る。


「痛ってぇぇぇぇ! なにすんだよ、オヤジ!」

「何をするんだじゃないっ! 勝手に家を飛び出して1年近く連絡もよこさずに」

「……それは……」

「母さんが、どんなに心配していたと思っているんだ?」

「……あ」


 ライトはそこで口ごもり。

 男――ライトの父親の後ろに立つふくよかな女性に気づく。


「お袋……その、心配かけたのは、ゴメン、悪かったよ」


 女性――ライトの母親は一滴ひとしずくの涙を落とし、そして言った。


「まったく、帰ってくるなら帰ってくるって連絡してからにしてよ。歓迎の準備、何にもできていないじゃないか」

「……ごめん」


 ライトもまた、少しだけ涙ぐんでいた。


 アレルがライトに尋ねる。


「ライトのお父さんとお母さん?」

「ああ」

「そっかぁ……」


 アレルはなんとも言えない顔で、ライトの両親を見る。

 アレルもフロルも両親の顔を知らない。自分の両親が極悪人だということだけ知っている。親というものを、双子はどうかんがえているか俺にも分からない。それとも、乳母のマーリャのことを思い出したのだろうか。


 一方、ソフィネ。


「あの、私のお父さんはどこに?」


 あ、そういえばソフィネのご両親はどうしたんだろう。

 たしか、お父さんはレルス=フライマントと冒険したレンジャーだったって話だけど。


「……ああ」


 村人達は顔を見合わせる。


「ロルネックなら、レルス殿と一緒に旅立たれた。ソフィネには手紙を残して」

「は?」


 ソフィネの目が点になった。


 ---------------


 もともと、ソフィネの母親は彼女が4歳の時になくなっていたらしい。

 父親――ロルネックはかつてのレンジャーとしての技能を活かして、この地で鍵師を営んでいた。こんな田舎に鍵の需要があるのかと思うが、色々な町を回っては仕事を請負い、ここでは鍵作りの作業を行なうみたいな生活だったそうだ。


 そのロルネックが残した手紙の内容は。


「『ギルド総本山で待つ』だそうよ」


 ……ああ。

 どうやら、ソフィネが総本山にたどり着いたら、彼女をもう一度レンジャーとして鍛えようということらしい。


 ---------------


 その日、村人やライトの両親はささやかながら俺達の歓迎会を開いてくれた。

 もちろん、裕福ではない農村である。大した食事があるわけではない。

 むしろ並べられたのは、俺が無限収納に入れておいた肉やパンや野菜が主だ。

 それでも、村の人達は皆俺達のことを歓迎してくれた。


 様々に盛り上がる俺達。


「へえ、アレルくんはその歳で戦士なのかい、すごいねぇ」「ウチのカイとは根性が違うよ」「ライトも戦士になった? 信じられんね。試験でインチキしたんじゃないのか?」「してねーよっ!!」「ショートくん、ライトが邪魔になったらいつでも捨ててっていいからな」「オヤジひでー」


 いつの間にかビールまで飲み始める大人たち。というか、ライトとソフィネ少し飲んでいる。この世界では彼らの年齢になればアルコールを禁ずる理由はない。

 俺も久々にアルコールを口にした。東京で飲んだビールより味は悪いが、ずっと楽しい時間だった。


 特にライトは大人たちに揉まれ、からかわれ、苦笑い。

 アレルとフロルは『かわいいかわいい』と大好評。もちろん、双子にはアルコールは飲ませなかったよ。


 バーツ、カイ、マルロの3人は、俺達にあらためて挨拶にきた。

 現在3人とも毎日畑仕事でこき使われているらしい。それはつまり、この平和な農村の一員として立派にやっているということだ。


 エルシャット村での1日はそんなかんじでふけていき――


 そして、翌朝、俺達は旅立つ。

 元々、村に長く滞在する予定はなかったしな。


「ライト、しっかり頑張るんだよ」


 ライトの母親がそう言ってライトの手を握る。

 そして、サンドイッチをライトに渡す。


「これ、お弁当。あんたが好きなもの挟んでおいたから」

「うん、サンキュ」


 ライトの父親が俺に言う。


「ショートさん、不詳の息子ですが、よろしくお願いします」

「ええ、ライトにはいつも助けられていますから。もちろん、ソフィネにも」


 バーツ達も、ライトやアレルの手を握って挨拶。


「ライト、アレル。がんばれよ」

「俺達もがんばるからさ」

「やっぱ、お前ら2人はすごかったな」


 言う3人に、アレルはニコッと笑う。


「うん、バーツ、カイ、マルロ、また会おうね!」


 そして、ライトも。


「3人とも、村のことたのむわ」

『おう、まかせとけ』


 こうして、俺達は村の皆に見送られながら一路王都に、そしてその先にあるギルド総本山に向け旅立ったのだった。

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