4.世界を旅して考えよう

 何はともあれ、勇者と魔王の――そして、人と魔族の戦乱を避ける道を探そう。

 そういう話にまとまりつつあった。


 だが。


「あの、ちょっと待ってくれないかしら?」


 ソフィネが片手を上げて言った。


「さっきの話、どうしても納得できないことがあるのよ」


 納得できないこと?

 何のことだ?


「魔王が復活すると魔族の力が上がるから、魔族は魔王の復活を歓迎する。

 それ以外の人達は、魔王が復活すると魔物が強くなるから魔王の復活を歓迎しない。

 そういうことよね?」

「ふむ、その通りじゃな」

「でもさ、魔物が強くなることは魔族にとっても困るんじゃないの?」


 ――あ。


 冷静に考えてみればそうだ。

 魔族だって、セルアレニみたいなのがそこら辺にどんどん現れたら困るだろう。

 ソフィネの疑問はもっともだった。


 ダルネスは「ふむ」と頷き、説明する。


「それこそが、魔族と人とが根本的に相容れない理由なのじゃ。魔物は魔族を襲わない。いや、魔族が魔物を操ることができる種族だと言った方が正確か」


 つまり、魔族というのは地球のゲームでいうところのモンスターマスターとかモンスターテイマーという存在に近いらしい。

 簡単に言えば、魔族にとって魔物は使役する動物であり、共に暮らす仲間であり、時には家族や友達のようなものだという。

 あのセルアレニと友達というのはゾッとしないが、それも俺達の感覚であって魔族の感覚とは違うのだろう。

 まして、もしもツノウサギを操れる――懐かせることができるというならば、俺だって殺すのは躊躇するかもしれない。


 魔族にとって、魔王とは自分たちの力をアップさせるのみならず、自分たちにとって家族同然の魔物の力をアップさせることができるありがたい存在と、こういうことらしい。


 俺達はシーンっと静まりかえる。

 魔物に対する価値観が根本的に違う。

 人にとって、魔物は危険な存在である。ゆえに人は魔物を退治する。

 一方、魔族にとって魔物は大切な存在である。魔物を退治する人と仲良くなど難しいだろう。


 アレルもフロルも皆考え込んでしまう。

 俺は思いつきで言ってみる。


「うーん、じゃあ、魔族の人にお願いして、魔物が人に襲いかからないように護ってもらうとか……」

「それは魔族にとってほとんど利点のない取引になってしまう。交渉にならんじゃろうな」


 確かに。

 フロルが反論する。


「でも、ほら、魔物を人が殺さなくなるのは魔族にとっても利点なんじゃ……」

「もしも、人が魔物を殺すことを一切やめるとなれば、魔石を手に入れることができなくなる。冒険者という職業の者は失業するし、町のともしもきえるじゃろう」


 その通りだ。

 こと、ここにきてこの問題がものすごく大きな話だと分かった。


 たとえばだ。

 地球において、原始的な生活をしている人々が、アメリカや日本の人達に……


『俺達は電気なんか使わない。発電は大気を汚し、放射能を生み出し、河川の流れを変える有害なものだから即刻やめろ』


 ……と言ったらどうなるか。

 まず間違いなく、誰もそんな言葉には従わない。


 この世界の魔石についても同じだ。

 魔族達が……


『魔物は魔族にとって友にも等しい。ゆえに魔物を殺して作られる魔石を使った文明は捨てろ。冒険者は即刻廃業し、魔法使いは二度と魔法を使うな』


 ……と言ったとして、他の人や亜人種が『はい分かりました』とはならないだろう。

 この程度のこと、ダルネスやレルスは気づいていただろう。気づいた上で、アレルの言葉に理想を見いだし、甘い考えと知った上で先ほどは否定しなかったのだ。


 フロルが困った顔で言う。


「……じゃあ、どうしたらいいのかしら……やっぱり、戦うしかないの?」


 その言葉に、その場にいた全員が『う~ん』と唸ってしまうのだった。


「でも、アレルは魔王さんとたたかうのやだよぉ?」


 アレルのその言葉に、誰も何も言えなかった。

 議論を打ち切ったのは、ダルネスだった。


「いずれにしても、ここでいくら議論を重ねても結論は出まい。我らは考える時間が必要じゃ。そして、アレル、フロルお前達には考えるための知識や経験も必要じゃと、ワシは思う」


 それはその通りだ。

 今の俺達――特にアレルとフロルには知らないことが多すぎる。

 いくら考えたって、理想論から先には進めない。


「そこでじゃ。ショート、おまえに頼みがある」

「なんでしょうか?」

「双子に世界を見せてやってくれないか?」

「はい?」


 俺はその言葉に首をかしげるのだった。


 ---------------


 ダルネスの言葉の意図はこうだ。

 この世界には『冒険者ギルド総本山』と呼ばれる、ギルドの中心地がある。

 そこに行けば、アレルやライトはさらに剣術を学べるだろうし、フロルや俺は覚えられる限りの魔法を覚えられる。ソフィネもレンジャーとして修行を積むことができる。


 ダルネスの飛行魔法を使えば、10日もあればたどり着ける。だが、俺達はあえて徒歩なり馬車なりで1年以上ゆっくりと世界を見聞して総本山まで旅をしてほしい。


 確かに双子に世界を見せることは大切かもしれない。だが疑問というか懸念もある。


「すでに、魔王は復活しているんですよね。そんな時間はあるんですか?」

「魔王もまた、まだ幼児だと思われる。戦うにしろ、話し合うにしろ、双方がもう少し大人になってからじゃろう。その為にも、アレルとフロルに世界について教えてやってほしいのじゃ。もちろん、ライトルールとソフィネも共にな。

 世界各地の町を巡り、魔法を覚え、ダンジョンを攻略し、1年後、君達の成長した姿を総本山にやってきて見せてほしい。勇者の試練に挑むのは、それからでも遅くはあるまい」


 1年。

 その間、俺はまだ双子やライト達と共に旅ができる。

 そのことが嬉しくて。

 俺は頷いていた。


「わかりました。俺はもとより2人を育てることを神から頼まれていますし」


 一方の双子。


「アレルもがんばる。たくさんたくさん色々なことを知って、魔王さんと仲良くなる方法を探す」

「私も、世界のことをもっと知りたいです」


 うん、頑張ろうな。

 ライトとソフィネも。


「ま、俺も付き合うさ。俺の力でどこまでやれるか分からねーけど、アレルを支えてやりたいからな」

「私も、総本山で修行させてもらえるっていうならありがたいわ。それに、さすがにここでサヨウナラってのは勘弁よ。」


 そうだな。

 5人で世界を見て回ろう。

 その間にゆっくり考えよう。


 人と魔族の和解のことも。

 俺と双子の別れのことも。

 色々なことを、ゆっくりと。


 ---------------


 こうして、俺達は一年近く拠点にしていたエンパレの町から旅立つことになった。

 その先に待つ様々なことに思い寄をせながら、1年かけて、世界を巡る旅に。

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