8.これからのことを話そう
宿の部屋は粗末であった。
ベッドが2つと小さな机があるが、お世辞にも掃除が行きとどいているようにはみえない。
それでも、これまで檻の中で暮らしてきた双子にとっては天国のような環境らしい。
「わーい、ベッドだベッドだぁー」
喜び駆け出し、ベッドの上でポンポン飛び跳ねるアレル。
一方、フロルはそんなアレルを咎める。
「アレル、だめよ」
「ぶー」
フロルに言われ、ほっぺたを膨らませて不機嫌な顔を浮かべるアレル。
そんな顔もとってもかわいい。
確かにあんまり暴れられても困るかなぁ。
でも、喜んでいるアレルを見ると、そのままちょっと遊ばせておきたい気もする。
いやいや、今やるべきことはそれじゃない。
俺は2人の正面に座って話し始めた。
「2人に大切な話があるんだ」
俺の真剣な顔に、双子も子どもなりにちゃんと聞こうとしてくれる。
これからのことをちゃんと話そうと俺は決めていた。
フロルが妙な誤解をしたのも、俺がちゃんと彼らに説明していなかったからだ。
説明しようにも、シルシルの意図が掴みきれず説明できなかったというのもあるのだが。
というか、今でもこの2人が将来の勇者様なんていう実感は俺にはない。
自分に勇者を育成できるとも思えない。
なにより、シルシルの説明だけでは『勇者』と『魔王』がこの世界においてどういう位置づけなのかもよくわからん。
そこら辺は追々、シルシルに尋ねるだけでなくこの世界の伝説などを調べる必要があるだろう。
双子にはもっと直近のことを伝えておくべきだ。
「俺はお前達と冒険者になろうと思っているんだ」
「ぼーけんしゃ?」
アレルがオウム返しに俺に尋ねる。
うん、よく分かっていないみたいだね。
一方のフロル。
「ですが、ご主人様。私たちに冒険者が務まるのでしょうか? もちろんご命令なら頑張りますけど」
彼女の方は現実的な思考をしている。
冒険者がどういうものかも朧気ながらに理解しているらしい。
正直に言えば、俺も彼女と同じ懸念をものすごくいだいているのだが、それをここで顔に出すべきではないだろう。
「大丈夫さ。俺だってまだまだだけど、最初は簡単なお仕事からこなしていこう」
俺が言うと、アレルが「はーい」と元気よく返事。
「アレルがんばるっ! お仕事がんばるよぉー」
うーん、いい子だね。アレル。
だが、フロルは納得できないらしい。
「……ご主人様のお考えは分かりました。でも、なんで私たちだったんですか?」
「どういう意味だい?」
「前のご主人様のところには、私たちよりもずっと冒険者として優れた奴隷がいたはずです。私たちみたいな子ども……それも咎人を購入された理由が分かりません」
確かにね。
俺だって、どこぞの幼女神様に言われていなければ、このちびっ子達と冒険者になろうなんて考えなかっただろう。
さて、どう説明したものか。
神様からのお告げだ……というのは、ちょっと無理があるだろうな。
うーん。
「フロル、君は今自分を咎人と言ったけど、なんでそう思うんだい?」
「だって、私達の両親は盗賊だったと聞いています」
「でも、フロルが盗賊だったわけじゃないだろう?」
「そうですけど、でも、盗賊の子どもは咎人です」
それがこの世界の常識、なのだろうか。
仮にそうだとしても、俺は納得なんてしない。
「フロル。よく聞きなさい。君のご両親がどんな人間だったとしても君が罪を感じる必要はないんだ」
「でも……」
「それに……実は俺の父親も強盗殺人犯だった」
その言葉に、フロルは目を見開く。
「だけど、俺はこの年齢になるまで、泥棒なんてしたことがない。もちろん殺人も。だから自分が咎人だなんて思っていない。
フロルもアレルも咎人なんかじゃない。立場は俺の奴隷ってことになっているけど、もっと自由になっていいんだよ」
その言葉に、フロルはしばし考え――
――やがて両目から一筋の雫を流した。
「本当?」
初めて、フロルが『ですます調』ではない言葉で俺に話しかける。
「本当に、私たちは咎人じゃないの?」
ああ、そうか。
俺はようやく理解する。
彼女は年の割にしっかりしているよう見えたけど、それでもやっぱり幼子なのだ。
「もちろんだよ。フロルもアレルも俺も、咎人なんかじゃない」
そうだ。
そうであってたまるか。
「俺はフロルやアレルの出自を知っていた。だけど、だからといって君達があんな牢屋に閉じ込められているのは我慢ならなかったんだ。
だから、一緒に冒険者として頑張ろうと思って、2人を連れ出した。そういうことだよ。
もちろん、冒険者だって楽な仕事じゃないし、危険もあると思う。それでも、俺は2人と一緒に頑張りたいと思っている。
アレルもフロルも、俺と一緒にがんばってくれないか?」
俺の問いに、フロルは深々と頷き、アレルはぴょんぴょん跳ねて「がんばるー」と宣言してくれたのだった。
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