4.双子とご主人様

 地下から子ども達を連れて地上に戻り。

 ゴボダラは俺に言う。


「さて、そんじゃあ料金をもらおうか」


 料金。

 2人の子ども達を買うお金だ。

 人を売り買いするなんてあまりいい気分ではないが、それ以上にこの子達をあの地下の環境から救ってやりたいという気持ちの方が強い。

 あんな場所、子ども達を置いておくところじゃない。


「えっと、おいくらなんでしょうか?」


 尋ねる俺に、ゴボダラは目を細める。


「2人あわせて、大判金貨15枚だな。本当は16枚だがセット割引にしてやる」


 確か、無限収納の中にはあと19枚大判金貨があったはずだ。

 俺は『わかりました』と頷き、大判金貨を15枚取り出した。


「ふん、ありがとうよ。おい、お前達。これからはこの兄ちゃんがご主人様だ、わかったか?」


 双子は『はい』と声を出して頷いた。


「じゃあ、おいで。アレルくん、フロルちゃん」


 俺が右手で『おいでおいで』とすると、2人ともちょこまかとやってきた。

 体も服も汚れ放題だけど、こうしてみるととってもかわいい。

 くすんだ色の髪の毛も、洗えばきっと綺麗なブロンドだろう。


「これからよろしくね」


 そう言うと、2人は頷いて言う。


「よろちくおねがいします。ごしゅじんちゃま」

「よろしくお願いします。ご主人様」


 ちなみに前者がアレルの、後者がフロルの言葉。

 どうやらアレルの方はまだまだ舌足らずらしい。

 双子でも男女だと成長速度に差が出るものなのかな?


 それにしてもご主人様か。

 うーん、小さな子に『ご主人様』なんて呼ばせるのはこそばゆいというか、なんというか。


「えっと、俺の名前はショート。ショート・アカドリっていうんだ」

「はい、ご主人様のお名前はショート様ですね」


 いや、まあ、そうなんだけど。

 できれば名前で呼んでほしいなぁと思いつつ、それは追々でもいいかと思い直す。


「このまま2人とも連れて行ってもいいんですか?」


 俺がゴボダラに尋ねると、彼は『いや、ちょっと待て』とタンスから何やら紙を取り出した。

 紙の上の方には小さな石が縫い付けられている。


「なんです、これ?」

「お前さん、本当に何も知らないんだな。コイツは奴隷との契約書だ。ほれ、ここにこの2人の手形が押されているだろ」


 確かに、言われてみれば紙の上には幼子の手形が押されている。


「で、こっちに兄ちゃんの手形を押せば奴隷契約成立だ」


 なるほど。

 契約書ってことか。

 でも、契約書ならば2人の手形よりも、ゴボダラのサインとかが必要なんじゃ?


「その顔はよく分かっていないな。いいだろう、説明してやる。

 奴隷っていうのは基本的に主人の命令には逆らえない。それはこの契約書があるからだ。ほれ、ここに魔石があるだろ。この魔石が奴隷の意思に制限を与えるんだ。

 もっとも、この契約書の魔石はそこまで強くないから、さすがに自殺や犯罪行為までは強要できないがな」


 つまり、魔法で奴隷の行動を縛るようなものか。

 正直、あまりいい気分はしない。

 そんなものいらないと言いたくもなる。


 が。


「念のため言っておくが、コイツはお前さんとその子ども達の立場を証明するものでもある。この契約をしないと、最悪お前さんは誘拐犯扱いになりかねんからな」


 うーん、誘拐犯になるのはイヤだな。

 まあ、命令なんてしなければそれでいいことだよな。


「わかりました。じゃあ、手形を押させていただきます」


 俺は手のひらに墨ををつけて、紙に押しつけたのだった。


「よし、これで、この2人はお前さんのもんだ。契約成立だな。

 もし、他にも奴隷が必要になったらいつでも来てくれよっ!」


 ゴボダラは俺にそう言った後、双子に向けて声をかける。


「じゃあな、ガキども。せいぜい新しいご主人様によくしてもらいな。かなり世間知らずっぽいが悪い兄ちゃんじゃなさそうだ、よかったな」


 彼の言葉には、どこか切なそうな優しさが見え隠れする。

 そんなゴボダラに、フロルは頭を下げる。


「これまでお世話になりました」


 アレルもちょっと悲しそうな顔をする。


「さようなら、ありがとう」


 3人のやりとりを見て、俺は少し見誤っていたかも知れないと感じる。

 てっきり、ゴボダラは幼子を搾取する悪人だと思い込んでいたが、どんな形であれ、これまで2人を世話してきたのも事実なのだろう。

 だが、それでも、やっぱり子ども達を牢屋に閉じ込めておく彼にいい感情は持てない。


 俺は契約書を無限収納に格納し、双子を連れて外に出たのだった。


 ---------------


 そろそろ夕方なのか、空があかく染まっていた。太陽が2つある世界でも、夕方はあるらしい。

 店の外ではミリスが待っていた。


「その子達か」

「はい。無事購入できました」

「そうか。ゴボダラの奴め、こんな幼子まで商品にするとはとんでもない男だな」


 俺もちょっと前まではそう思っていたのだが、双子とゴボダラの最後の別れの様子を見た後だと、素直に頷きがたい。

 ミリスの言葉はあえて受け流しておく。


「あの、ご主人様」


 フロルがおずおずといった様子で俺に言う。


「なんだい?」

「えっと、それで私たちは何をしたらいいのでしょうか?」

「何をって……」


 ミリスも同じように思ったのか、俺に尋ねる。


「そうだ。確かにこれからどうするつもりなんだ? お前にこの子達を救うよう依頼した者の所に行くのか?」


 俺にこの子達を連れ出すように依頼したのは幼女神様シルシルだが、そういうわけにもいかない。

 はて、これから俺はこの幼児2人と、一体どうしたらいいのだろう?


 間抜けな話だが、ここから先の方針はまるで考えていなかった。


 いや、ちょっと待てよ。

 確か、シルシルが何か言っていたような……

 俺は彼女の言葉を思い出す。


『ワシと会話したいときは教会でお祈りをするのじゃぞ』


 そうだ。

 そうだった。


「ミリスさん、この町に教会はありますか?」

「教会? ひょっとして、子ども達を救うように依頼したのは教会の者だったのか?」

「えっと、微妙に違うんですけど、まあ、似たようなものです」


 煮え切らない言い方をする俺を訝しがりながらも、ミリスは教会までの案内を請負ってくれたのだった。

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