第28話 二足のわらじ

「少しお話があります」 


 ある日の放課後。俺は風紀委員の森さんに呼び出された。場所は屋上。ほかに場所はなかったのだろうか。

 

「俺は何か風紀を乱すようなことしたか?」

「いえ、お話というのは竹内さんについてです。あなたへの過剰なスキンシップが生徒会でも問題になっておりまして……」

「ああなるほど」


 ならば生徒会室に呼ぶべきでは? 男女が二人きりで屋上って……。


「一つ訊きたいのですが、竹内さんはいつから、その……だ、抱き着いてくるようになったのですか」 


 もう十年以上の付き合いだしなぁ。そんなのいちいち覚えていない。

 ただ、森さんの言う通りスキンシップは過剰すぎる。不純異性交遊だっけ? には余裕で引っかかってるな。


「関君も嫌でしょう? これ以上男子に目を付けられるのは」


 確かに嫌だな。高校に入学してからもう二年経つが、男子とまともに話したことは一度もない。だいたいの生徒は俺を軽蔑の目で見てくる。

 

「でも、美優にかなう奴は多分いないと思うんだよな。教師も怯ませるくらいだし」

「せめて弱みでも握れれば……」

「ん? 何か言った?」

「いえいえ! 何でもありません!」


 はっきりと聞き取れなかったが、森さん、よろしくないことを考えているのではなかろうか。美優に振り回されてストレスが溜まるのは分かるが。

 なんにしても、今の状況を変えなければ、生徒会にまで余計な負担をかけてしまう。これは早急に手を打つ必要があるな。

 

 翌日の朝。俺はいつもより三十分も早く登校した。鞄をフックに書けると、すぐさま図書室に向かった。美優に見つかる前に避難してホームルームまで待機する。美優は本を読まないから、図書室に来ることはないだろう。隠れ場所としては最適だ。

 

「関君、今日はやけに早いんですね」


 奇遇にも、図書室には森さんがいた。俺は来た目的を大ざっぱに説明する。


「なるほど。朝早くから図書室に来る生徒はほとんどいませんからね。いい作戦だと思います」

「それはそうと、森さんは風紀委員の仕事は良いのか?」

「私、図書委員でもあるんです」 


 ……掛け持ちしてんのかよ。てか、そんなこと出来るんだな。


「周りからは『無茶だからめとけ』って言われましたけど、高校生活は三年しかありませんからね。いろんなことを体験しておきたいんです」


 俺は素直に感心した。美優が森さんみたいな生徒だったらどれだけ良かったか。


「良い心掛けだけど、頑張りすぎないように気を付けた方がいいぞ。倒れたら元も子もないんだから」

「分かってますよ」


 森さんはそう言って胸を張った。俺はそっと視線を逸らす。先に断っておくと、やましいことは考えていない。

 ふとカウンターの方を見ると、本が二十冊ほど山積みされている。それに気づいた彼女が俺に提案してきた。


「そうだ関君、もし暇なら、返却本の片づけをお願いできますか」


 断る理由もないので二つ返事で引き受けた。体力はあり余っている。

 俺は適当に本を数冊取り、番号を確認しながら本棚に戻していく。一人でやるには重労働だな。

 

「これ、いつも森さんがやってるのか?」

「ええ。本は好きなので別に苦ではありません」


 森さんは言って、軽快な動きで本棚に返却本を戻していた。場所は完全に把握しているようだ。

 作業を一通り終えて、そろそろ教室に向かおうかと思っていたとき、カウンターの椅子に一冊だけ本が置かれていた。本を取ろうと手を伸ばすと、森さんと手が触れる。そこでタイミング悪く図書室のドアが開いた。視線の先にいたのは、来るはずのない生徒。

 

「美優……お前、なんでここに」

「雄輝の匂いがしたからすぐ分かったわ」


 俺、匂うか? 森さんに訊いてみると、彼女は困惑した顔でかぶりを振った。美優の奴どんな嗅覚してんだ。

 

「風紀委員ともあろう方が男子と二人きり……どういうことか説明がほしいなぁ」


 美優は低い声で言って、ゆっくりと歩を進めていく。確かに状況だけ見ると疑われれても仕方がない。


「美優、俺たちは片づけをしてただけだ。変なことは一切してない」

「へぇ、でもなんで朝早くから図書室にいるの? いつも教室にいるじゃない」


 それを言われると反論できない。焦りだけがつのる。


「はっきり言いましょう。彼はあなたの行動に辟易へきえきしているのです。だからここに逃げてきた。ですよね?」


 いきなり話を振るな。その通りだけどよ。


「雄輝、そうなの?」

「あ、いや。お前のスキンシップが過剰っていうか……。もう少し抑えてくれると俺としては助かるんだよ」

「……確かにイチャイチャしすぎと思ったことあるけど」


 自覚あんのかよ。


「でもさ! 図書室で異性と二人きり! しかも手が触れあってるなんて! 何かあると思うじゃん!」

「手が触れるなんて、あなたのやっていることと比べたら幾分マシです」


 正論すぎて、さすがの美優も黙り込んでしまった。追い打ちをかけるように森さんは続ける。


「あと、図書館では静かにしてください。人が少ないからまだいいですが、ほかの生徒に迷惑がかかります」

「……はい」


 美優はそれだけ言ってきびすを返した。その後ろ姿を見る森さんの表情は、どこか満足げだった。


 

 

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