第6話 妹に勉強を教えるだけのはずだった

 完全にが沈みきった夜、俺は約束通り萌絵に勉強を教えることにした。

 萌絵は勉強道具を一式集めて俺の部屋に入り、周りを見渡して言う。


「お兄ちゃんの部屋ホントに物少なくて綺麗だね。こういうの見ると逆に汚したくなる」


 やめろ。迷惑極まりない。

 萌絵は俺の椅子にチョコンと座り、勉強道具を机に置いた。背の低さと顔つきが相まってか、どうしても小学生に見えてしまう。


「まずはどの教科を教えてほしいんだ? できれば保健以外で頼む」

「そうだな~。お兄ちゃんが教えられそうな教科でいいよ」


 上から目線なのが癪だが、まあいい。俺が教えられそうな教科か……となると。


「じゃあ、数学でいいか」

「すごく嫌いだけどそれでいい」


 やたら『すごく』を強調してるが決まりだ。変更はしない。


「少しノートを見せてくれ。まだ一学期だからそんなに進んでないだろ」


 萌絵は机に置いているノートを俺に渡す。……うん、読めない。もはや暗号だ。


「字が汚いな」

「みんなからよく言われる」


 だったら直す努力をしてほしい。こんなノート見せられたら教師も困惑するだろう。

 さて、どうやって教えようか。あまり用語を出し過ぎるとこんがらがるだろうから、なるべく分かりやすい言葉で表現しないといけない……やれるだけやってみるか。

 俺は萌絵から教科書を借りて適当にページをめくり、説明が分かりにくいところを教えていく。

  

「……これは足して7、掛けて10になる組み合わせを見つけるんだ」

「どうやって?」

「こんなもん自力で見つけられる。式作って求めてもいいけど」

「式作るの苦手、ほかにないの?」


 うーん、これは案外難しいな。ぶっちゃけ言うと、こういうのって結局のところ慣れなんだよな。けど、萌絵のように数学アレルギーを持っている人には難易度がちと高いか……。

 勉強を始めてから一時間ほど経ち、一旦休憩を取ることにした。


「そういえば、お兄ちゃんはみゆみゆと何してたの?」

「放課後に言っただろ。一緒に喫茶店行ってたんだよ」

「いいな~、私も行ってみたい! ランチ食べたい!」


 好奇心旺盛な奴め。別にいいが場所どこだったかな。初めてだったからあまりよく覚えていない……あとで美優にメールで訊くか。

 

「ねぇ、少し訊きたいんだけどいい?」

「勉強に関することなら」


 萌絵は黙り込んだ。勉強ではないのか。


「まあ、勉強じゃなくてもいいけど手短にしてくれ」

「お兄ちゃんって、みゆみゆのこと好きだったりする?」

「……なんでそんなこと訊くんだ」

「いや……なんとなく」

 

 俺と萌絵は無言になった。気まずい空気が流れる。


「もうこの話はやめよう。今は勉強だ」


 それから勉強を再開して、結構な時間が経った。机に置いてあるデジタル時計を見ると八時を回ったところだった。


「萌絵、風呂に入ってこい。もう八時過ぎてる」

「あ、うん」


 萌絵が部屋を出て俺はベッドに寝転がり、寝落ちしないように目をカッと見開く。

 およそ三十分ほどで萌絵が戻ってきて、俺は風呂場に向かった。

 俺が部屋に戻る頃には九時を過ぎていた。もうそろそろ勉強も終わりにしようかと俺が言うと、萌絵が意外な返事をしてきた。


「まだ……お兄ちゃんと一緒にいたい」


 今日の萌絵は何かおかしい。普段そんなことは言わないのにどういうことだ。

 俺は返す言葉が見つからず頭を掻いた。まったく、今日は朝からいろんな事が起きすぎなんだよ。


「あのな萌絵、ずっと部屋にいられても正直困るというか……」

「私、朝聞いちゃったの。お姉ちゃんがお兄ちゃんのこと好きだって」


 聞こえてたのかよ……。まあ結構デカい声出てたしな。

 萌絵は頬を赤らめて俺を見る。そして何か恥ずかしそうに口を開いた。


「じ、実はね……私もお兄ちゃんのことが好きなの」

「そ、そうなんだ」

「『異性』として」


 俺は頭を抱えた。どうか嘘だと言ってくれ。

 

「おいおい萌絵、冗談はよそうぜ」

「冗談じゃない! 本気なの!」


 一体どうなってんだこれは? 集中力が切れて思考がおぼつかなくなってるのか?


「血が繋がってるからその……結婚はできないけど、ずっと一緒にいれたらいいなっていつも思ってる」


 俺は言葉を失った。なんだこの展開、朝は姉貴に告白されて今度は妹かよ。しかも異性としてかよ。俺は別にモテるほどの魅力はないし、むしろ地味なタイプの人間だと思っている。コミュニケーション能力も低いしスクールカーストなら最下層に入るはずなのだ。

 なのになんで一日に二回も告白されるんだ。しかも血の繋がっている実の姉と妹に……。

 俺は自分の頬を思いきりつまんで横に引っ張った。どうか夢であってくれ。


「お兄ちゃん、何してるの? マッサージ?」


 これがマッサージに見えるか? 何ならお前にやってもいいぞ。

 手を離すと頬がジリジリと痛む。どうやら現実のようだ。

 ラノベでブラコンの妹はよく見るが、俺の場合は姉と妹だからな。しかも二人とも恋愛感情まで抱いている。心境はマジで複雑だ。

 俺は思わずため息が出た。これから俺はどうやって萌絵と姉貴に接していけばいいんだ……。

 


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