第五話

家から歩いて10分でオフィスに着く。


「おはようございます、武田社長」


北原が先に来ていて珍しくトイレの掃除をしている。


「副社長、どうした?みずからすすんで掃除なんて……。お前まで頭が変になっちゃったのか?」


「いや、社長に印象よくして、出世でもしようかと、って嘘です。詰まらせてしまったついでに掃除しています。普段掃除しない僕でも一旦掃除のスイッチが入ると頑張っちゃうんすよ。あ、使います?トイレ」


「北原の脳のプログラミングっていつも変に出来ているからね。思う存分トイレ掃除してな」


武田は例の古い方のコンピュータを起動させ、インターネットに接続させた。ダイアルアップ接続のプッシュ音が耳障りに感じるようになってきた例のプッシュ音を思い出させる。


ふと「もしかしたら北原の脳にもプッシュ音が流れていて、その音律にしたがってトイレ掃除をしていると考えたらどうだろう」と思い浮かんだ。


武田は今朝、電話機を使ってプッシュ音を調べたメモを上着のポケットから取り出した。


プッシュ音を『5、8、2、0』と番号に変えたものだが、これは何かのプログラムなのかもしれない。武田はコンピュータの中に自分の電子音に関するフォルダを作成した。


「よしとりあえず『ピッ、ポッ、パッ、ポッ』から分析してみるか」


独り言をいう武田は少し楽しそうであった。


自分がどこで何をしているという日常生活を1時間おきに細かくメモし、意識を例のプッシュ回線だけに絞り込む。


コンピュータに作った表の縦軸に時間を横軸に自分の状況、体調、感情などを書き連ねていく。プッシュ音の速さ、強弱をその表に重ねていく。


「あれ、これは違うプッシュ音だろう?こんなに低い音で遅く鳴っている周波もあったのか」


ただでさえ、根気がいる作業なのに他の音調が同時に鳴っているときが多いので聞き分けにくい。その日から規則性を見つけるため昼食、夕食、就寝、起床などの時間をなるべく一定にする生活が始まった。


1時間おきの周期表ができると、おのずと1日の周期表というのが出来てくる。日曜日は会社を休んで、水曜日はお客さんと会って、その4日間はずっと晴れの日が続いて5日目の木曜日は雨が降った、などおおまかな1週間の流れがあらたな周期表を作っていく。自分の手書きのメモをもとに膨大な量の情報をコンピュータに入力し、4週目に入ったところであの『ピッ、ポッ、パッ、ポッ』という音調が出てくるときの条件、共通点を搾りだすプログラミング作業に移っていた。


「あ、共通点がある」


武田は手元にあるコーヒーを口に含んだ。データはプリントアウトされている。データを読むと、例の音調の電子音は朝起きた時にはたいてい流れていて、トイレに言った後にパッタリと聞こえなくなる。


「なるほど、『便意』か」


「小便と大便の音調の違いはあるのかな?」


排便に対する違いは見つけられなかった。よくデータを調べていくとトイレに行きたいのを我慢していると電子音の回数と音量が上がっていくようだった。つまり、回数と音量があがっていく音調を調べていけば、何の欲が満たされないのかがわかっていくという推論ができあがる。


推論は次のさらなる推論を生んでいくのであった。


つづく

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