advent.06

 深い森に差し掛かる手前で、カズト一行は遅めの昼食をとっていた。

 この日はいつもより食べ物に恵まれていて、野菜が多めのトマトスープとパンがメインのようだ。

 しかしミナはどうにも不服そうだ。

「……なんで今日はトマトなの?」

「この間いた街でドライトマトが安かったんだよ。保存もきくし便利なんだよ」

「むー……」

 ミナはトマトスープを見ようとはせず、子どものように頬を膨らませている。

「なんだ、トマト嫌いか?」

「はあ? レンカちゃんがせっかく作ってくれたんだぞ!? 食べないなんて失礼すぎる!」

「うっさいわよクズリオ。ミナがトマト嫌いで何が悪いの? あっ、でもカズトが口移ししてくれるならがんばって食べてもいいよー!」

 リオとミナが言い争う中、意味ありげな目線を送るも当の本人であるカズトはこれを完全に無視した。ましてや一言も発さずに黙々と目の前のスープを飲んでいる。

「道中で野菜が食えることがどんだけ貴重かわかってんのか? てかそもそも冒険に出るやつが好き嫌いすんじゃねぇよ!」

「でもイヤなものはイヤなの!」

 べーっと舌を出すミナ。続けてリオが反論する前に、様子を見ていたレンカが口を挟む。

「もう、いいよ。食いたくないなら食わなくていい」

 いつも優しいレンカの声音が少しばかり低い。

「…………ふんっ」

 レンカの一言にさすがのミナも居心地が悪くなったのだろう。席を立ち、森の中へ駆けていった。


「あ、おい! ……ったく、クソガキが」

「放っておけ、どうせすぐ戻ってくるよ」

「そうだろうけど……、レンカちゃんもなかなかキツいこと言うんだね。驚いたよ」

 これでちょっとは反省してくれればいいけど、と話す二人。

「……今日のは少し火の通りが甘かったな。火をケチったか? オレはもう少し火が通ってる方が好きだ」

 今の一連の流れを全て無視するようなカズトの言動にレンカは勢いよくテーブルを叩く。

「あ? テメェの好みなんざ聞いてねーよ! 文句垂れるならまずテメェが作ってみろよ……!」

「レンカちゃんおさえて!」

 今にもカズトに掴みかからん勢いのレンカをリオがとっさに押さえる。ゴッ、と鈍い音と共に鉄拳が叩き込まれたのは悲しくもリオの方だった。

「いたい……。なんで、ボク……」

「うるせぇ」

「理不尽だ……」

 かわいそうにリオはうつむいて顔を押さえている。

「ここら辺のモンスターは気性が荒く、何十匹と群れをなしておそってくるらしいな」

「はあ? それがどうしたんだ?」

「モンスターを従えてる輩がいる。厄介だ」

「…………」

 余裕だろとあきれるレンカの横で、リオはうつむきながら指の隙間から目を開いて地面を見つめていた。




 鬱蒼と茂る森の中。ミナは1人でぶつぶつと文句を言いながら歩いていた。

「もー、イライラする!」

 勢いとは言え移動手段であるホウキを置いてきてしまったのは少なからず後悔していた。

 そんなミナの背後の茂みからガサ、と物音がした。

「カズトがミナを心配して追ってきてくれたとか? ふふ、そんなわけないよね〜」

 もちろんそんなことはなく、茂みから大量のモンスターがあらわれる。ミナは振り返ることなく静かにハットを押さえる。

 すると辺りに風の刃が吹き荒れ、ミナをおそうはずだったモンスターたちはミナの足元に転がった。

「この程度でミナを襲うなんて、身の程知らずもいいところだわ」

 いつのまにか足を止めたミナを狙ってモンスターの群れが取りかこんでいた。

 くす、とミナは口元に笑みを浮かべる。手を上げると彼女の周りに52枚のカードが円を描いて現れる。

「ふうん。このミナと遊んでくれるの?  なら楽しませてよね」

 手を下ろして命令を下すと、カードは周りのモンスターへと狙いをすませて乱れ飛びまわる。カードに刻まれてモンスターは次々とたおれては消えていく。

「ふう」

 音もなく敵を倒した52枚は静かにミナの元へと還りキラキラと周りに浮かんでいる。


 やがて全てのモンスターをたおしてミナは一息をつく。つかの間、先ほどよりも多くのモンスターがあらわれ、ふたたびミナを取りかこんだ。

「……しつこいなぁ。やっぱりミナってモテモテね」

 そして再び52枚の円環に攻撃の命令を下し、モンスターたちをたおしていく。しかし、たおしてもたおしても次々に現れるモンスターに対してたおせる数も限られてくる。

「……さすがに数が多い。森で火は使いたくないしなぁ」

 と、すぐさま詠唱。飛び交うカードに加えて、木々の間を強い風が通り抜けモンスターを吹き飛ばしていく。

「キリがない! ……ッ?」

 文句を言いながらも台風のように風を吹き荒らしていると、ふいにチクリと肩に痛みを感じて集中が途切れてしまう。魔力の途切れたカードは地面に落ち、森は凪いだ。

「これは矢? ……しくじったわ」

 すぐさま肩に手を回し、刺さっていた小さな矢を抜きその場に捨てる。

 ミナの視界には見えないが、弓矢を使うゴブリン種の『ベビーアーチャー』からの攻撃であろうことは簡単にわかった。

「まずいなぁ」

 防護結界を張ろうと魔力を込めようとしたその時、ミナの全身を強いしびれがかけめぐった。

「あっ……。(しびれ毒……? ……さっきの矢!)」

 さきほど受けた矢には毒が塗られていたことを、今になって気づいたところでおそかった。ミナはその場で膝を折り、無防備にもかがみこんだ。




 その場から動けないミナに向かい、取り囲むモンスターたちがいっせいに襲いかかってくる。

「(あー、まにあわない……)」

 状態異常回復の魔法を頭の中で構築し始めたその直後。

 目もくらむほどの閃光、破裂音に続いて、やや重みを帯びた発砲音が連続して辺りに響き渡る。

「なっ……」

「よう。どうやらまだくたばってなかったみたいだな」

 顔を庇った腕の隙間から視線を向けると、両手に銃を二挺構えたリオが目の前に立っていた。

 その場のモンスターを一掃した彼は有無を言わさず回復アイテムを押しつける。どんな状態異常でも治す『サネカファリア』の薬草だ。

 ミナは鋭くリオをにらむも無言でそれを受け取り、飲み下す。

「今、ミナがたおすつもりだったのに何してくれんのよクズリオのくせに」

「はんっ。助けてやったのに相変わらず可愛くないクソガキだな!」

「助けてほしいなんて、誰がいつキミに頼んだのかしら。ヒーロー気取りのつもり?」

「はいはい、いつも通りの減らない口で安心しましたー! ……今は目の前に集中しろよ」

「ミナに命令しないでくれる?」

 四の五の言っている間に、2人はモンスターの群れに取り囲まれていた。


「ここ、やたらエンカウント多くない?」

「よかったな。お前の運が悪いんだよ」

「万年不幸男のクズリオがふざけないでくれる?」

「うれしくないアダ名だな! 悪いけど運はいいぜ?」

「ウソね。こないだカジノで所持金スってレンカに怒られてたでしょ、ダッサーい」

 悪態ばかりの会話を交わしながら、とびかかってくるモンスターをよけてはたおしていく。

 互いの背中を守るように立ち、モンスターをにらみつける。

「……少し変だと思ってたけど、司令塔ブレインがいるわね?」

「そうだな」

「その言い方ムカつく」

「ボクの予想だと……」

「『ショルダーヘッド』でしょ?」

「ボクの言葉を遮らないでくれるかい?」

 ミナの言う『ショルダーヘッド』とはその名の通りモンスターの肩に乗って周りのモンスターを意のままに操る小人のようなモンスターだ。

「正体が分かれば簡単なことね……」

 ミナはため息をひとつつくと足元に魔法陣を出す。それを察知したリオは目元に遮光用のゴーグルをかけた。

「いつでもどうぞ」

「ヘマしたらキミごと燃やすわ」

 そしてミナが合図とともに魔法を発動させると、辺りにまばゆい光が拡散する。ゴーグル越しに目を凝らして、リオは手元の銃をにぎりなおした。

「(……みつけた)」

 そのまぶしさにモンスターたちが取り乱す中、ひと際長く大きく伸びる影の主へニつの銃口を向けて撃ち抜いた。




 ニ発の銃声が響いて静まり返る。

 地面に落ちたショルダーヘッドと周りにいた全てのモンスターが倒れ伏したのを確認して2人は息を吐いた。

「なんとか、たおしたみたいだな」

「……お礼なんか言わないからね?」

「お前から感謝の言葉が出たら、明日は天地がひっくり返ってるかもな!」

「めんどくさいモンスターも倒したことだし、今度はこのクソみたいなキザヤローを倒すっていうのもありかしら?」

 ミナは怒りを隠すことなくリオへと鋭利なカードを向けた。彼もミナをにらみ返す。

 にらみ合いの沈黙が流れて、ミナがわざとらしくため息をついた。向けていた武器をおろす。

「カズトじゃないけど、おなかがすいたわ」

「それならまずはレンカちゃんにあやまるこったな」

「言われなくても!」

 ミナは心底嫌そうにベーッと舌を出した。


 To the next adventure…

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