針土竜のシンロ

シンロは医療従事者だ。器用な指と甘いフェイス。つんと澄ました表情の彼は女達から黄色い声を浴びせられる側の人間だったが、彼自身は女を恐れていた。馴れ合いを嫌う様子と彼の持つ針によって、彼は針土竜と名付けられた。


シンロは治癒魔法が使えない。彼は元々、服飾系の専門学校に通う学生だった。過去形だ。布を扱う指は皮を縫い、ボタンを掴む爪は弾丸を抜く。そこに魔法は介在しない。シンロは縫う。生きた肌を。シンロは縫う。ぬめつく内臓を。糸を絡げて縫合する。ふたつに別たれたものを元のひとつに戻す。シンロは縫い続ける。


王宮に拾われ、看護団へ配属されたのは偶然だった。シンロは自殺志願者だった。芸術に行き詰まり、未来に絶望した若者のひとりだった。看護団は彼に新しい仕事と生き様を与え、彼はそれに従った。流れ着いた先の新しい環境にシンロは怯えた。魔法を使う人間は怖く、杖を持つ女達は異形の怪物のように感じられた。それは幼少期、家にいた義理の姉が純粋な魔法使いだったせいだが、大人になったシンロはもはやそのことを覚えていない。


シンロが覚えているのは自分と同時期に入団した奇妙な女の事だった。風変わりな金髪の女はシンロのことを知ると、度々やってきては繕い物を頼んだ。外されることのないホック。ほどかれることのない靴の紐。脱がれることのない服に布きれを縫い付けているとき、あの恐ろしく感じられた杖はいつだって女自身に向けられていた。シンロはこのことに酷く安堵した。なぜかはわからない。わかるはずもない。女が近くにいるとき、他人は不用意に距離を詰めてこなかった。他人を恐れ、周囲と距離をとっていた彼には知るよしもない。恋人に準ずる関係になったと噂されていたなどと。ともかく、彼女を取り巻く不可解な不可視のルールの渦がもたらした副産物はシンロに安らぎを与え、そばに留まらせた。


集団全体が安全であるとシンロが学習する頃には、女とシンロは友人と呼べる仲になっていた。見慣れた杖がいつも通りに振るわれる。シンロは魔法が恐ろしい物ではないと知った。女のおかけだった。女はドロシーと言った。シンロは己を救った彼女を尊び、親愛の証として服を贈った。


(つづく)

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