従者のリマ

彼女は慣習的にジェスと呼ばれた。リマ・コーク。両性の身体的特徴をもつ女王付きの宮廷道化師。魔法使いの血を引く女。リマが女王に傅くのは忠誠のためではない。


彼女は元々魔術塔に捕らえられた魔法使いの一人だった。混沌と秩序の過渡期、法の網目が敷かれ、電波塔接続圏内が人間の国になったとき、物理法則を凌駕し無法を成す魔法使い達は異物と成り果てた。ひとりひとりに矯正の手が入り、あるものは故郷を捨て、あるものは魔法を捨てた。彼女は国を出ることも魔法を捨てることもせず、ただ異物であり続けた。その結果が身柄の拘束だ。


仕方の無いことだ、とリマは考える。普及した協会式の魔法は血族のものとは随分違う。しかし、魔法は魔法、その二つは端から見ればよく似ている。広く知れ渡ったものに、万人の納得する決まり事が必要なのも道理。昔とは違う。もはや魔法はある種の特権ではない。出生の際に古い血の魔法を使えなくさせられるのは、魔法使いに居場所のないこの国の実情を鑑みれば温情といって差し支えないものだった。


女王付きの道化師は杖を揺らす。外へ出ることは叶わない。死ぬことは許されない。変わること許されぬ円環の暮らし。女王について回り、女王を看取り、次なる女王が来ればまた何もなかったかのごとく頭を垂れる。それが『ジェス』に与えられた役割だ。人の生は儚く、女王のそれはとみに短かった。何人見送っただろう。しかしリマは追いかけることができない。それが彼女の役割で、おそらくそれこそが、魔法の力を宿し続ける道を選んだ彼女への罰だった。


もたれかかる女王のぐにゃぐにゃした体を抱きとめながら、リマは白い肌に散る赤い髪を眺めていた。もう子供という歳でもないだろうに幼さを感じ取ってしまうのはきっと体の軽さのせいだ。腕に回される手は自分のものより二回りも小さく、肩の細さは骨が透けて見えるような気配さえある。壊れ物のような体。リマが顔を上げるとぱちりと開いた女王の目がそこにある。戦場に立つ覇王の目。真贋を見極める獣の瞳に見つめられ、リマはどきりとする。体は変わらず子猫のようなのに、冷え切った視線が体を射貫く。その感触の落差がリマの背を粟立たせる。


目を細めた女王は一言、できる限りのことはする、と言った。だから怖がるな、と。それきり女王は口を閉ざす。小さな手が不器用に首へ回され、甘い色をしたリマの巻髪を撫でた。リマは俯く。リマが女王に傅くのは忠誠のためではない。役割への使命感もすでに無く、惰性で日々を送り、易きに流れ続けた末の円環の暮らしだ。暗闇に呆然とするリマはしかし、腕の中で微睡む赤い髪の女を抱え、この人がずっとこのまま自分の女王であればいいと、そう、思った。


(続く)


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