我が一族の力を見よ④
伯爵の叫び声と同時に、伯爵の妻とその娘の身体が木っ端微塵に四散した。
末期の声すら残せず、七つの命が跡形もなく消滅したのだ。
そこに残るのはうごうごと蠢く、身の丈なんて僕よりも小さい紫色の小鬼達。
一つの小さな暗い光の塊から、まるで膨張するかのように次々と現れる。
姿形は様々だ。
犬のように四つ足で這うモノ。
一つの様に二足で立つモノ。
翼を広げ、飛び立つモノ。
手足の無い、肉の塊のようなモノ。
共通しているのは紫色の体色と、額から突き出る捻れた一本角だ。
ぐにゃりと醜く曲がる、禍々しい角だ。そんな角を持つ邪鬼の眷属を、総じて
「一番槍はもちろん俺でさぁ!!」す
ウスケさんの威勢の良い声が耳に入る。
その声に振り返ると、両腰に挿した愛刀を構えてうずうずと待ち遠しそうに身を屈めていた。
直刀二対のその愛刀は、ウスケさんが『音超えウスケ』と呼ばれる所以。
一刀あれば音を捕まえ、二刀揃えば音より早い。
その名も『
僕らが使っている刀や脇差の中間ぐらいのその長さの刀は
、
中でも音破丸は、ウスケさんが得意とする風の鬼気を纏った特別な刀。
丈夫さを求めたその刀身こそ切れ味という点では心許ないが、鬼気を込めて生じる
さらには身体の反応速度を鋭敏化させる法術も込まれており、まさにウスケさんのためにあるような刀だ。
「……若様。行きますよ」
「はい!」
先に動いたのは、ウスケさんでは無くリリュウさんだった。
長刀の鞘を地面に投げ捨て肩に担ぐように構えると、身を低くして駆けていく。
遅れてなるものかと僕も後を追う。
後から後から次々と、刀衆の人達が続く。
みなそれぞれの愛刀を思い思い構えながら、悠長に腕組みして立ったままの
「––––––っおっ先ぃ!」
置いていったはずのウスケさんが、いつのまにか僕らの前にいた。
十何名かの刀衆や僕らを飛び越え地面に片足で着地すると、その姿をフッと搔き消し、今度は遥かに遠くの上空を舞っている。
さ、さすがは乱破衆筆頭。
動きの始まりも、そして後も––––––僕には全然見えなかった。
速さだけならムラクモで一番早い。
父様ですら、単純なかけっこならウスケさんに惨敗するらしい。
「……す、すごい」
思わず口に出た僕の言葉に、前を行くリリュウさんが振り向いた。
「……ウスケのアレは大した事じゃありません。直線の動きだけ速く、また予測しやすい。俺や『番付き』の何名かならたやすく止められます。あの程度で凄いなどと申されるな」
「え。で、でも」
「サルスケめが調子に乗りますので」
「聞こえてるぞリュウ! 誰がサルスケだ!」
うわ地獄耳。
こんなか細いリリュウさんの声を、あんな遠くから良く聞き分けれるな。
『ブシャァッ!』
「はっ! 遅え遅え! ムラクモ刀衆【
突然飛び上がって来た餓鬼を、ウスケさんの音破丸の交差の剣撃が引き裂いた。
そのまま餓鬼の群れに飛び込んで、縦横無尽に暴れまわる。
飛び散る肉片と断続的な断末魔。
切って捨てては跳び上がり、またあらぬ方向で斬りまくる。
音を飛び超え、音を置き去りにして、ウスケさんはその呼び名の如く餓鬼を葬っていく。
『ブリャアアアッ!!』
そんな光景を呆気に取られて見ていた僕にも、餓鬼の群れが襲いかかって来た。
「くっ!」
どこから現れたのか分からなかった!
クソっ! 油断した!
リリュウさんに注意されたばかりなのに!
「……若様に近づくな。小汚い餓鬼共め」
ボソリ、と。
リリュウさんが何かを呟いた。
「……ふん」
呟いたと思ったら、終わっていた。
終わっていたのは、十は居たであろう餓鬼共の命だ。
一振り。
それだけは見えた。
僕の目には、リリュウさんが優しく刀を撫でるように下ろした、その姿だけ。
その一振りで、僕らの目の前に居た餓鬼達が––––––粉末かと思うほど細かい粒に変わり果てたのだ。
「––––––あ、あの」
走りながら声をかけると、リリュウさんは振り向きもせず、刀の血を払って一度頷いた。
「––––––……あ、若様は自由に動いて結構です。露払いは俺の仕事ですから」
いや、そうじゃなくて。
今貴方は、一体何回刀を振ったのでしょうか。
リリュウさんの持つ長刀は、リリュウさんが自分で打ったものだ。
特に銘をつけているわけじゃないらしく、しかも何本も同じような刀を持っている。
その理由は、あまりにも切れ味に特化したせいでひたすら脆いから。
薄くて軽くて長い。
それがリリュウさんが最も好む刀の形。
通称『人斬り龍』––––––
この人を無敵足らしめるのは、剣閃の圧倒的な速さ。
リリュウさんの長刀の届く範囲は、剣の結界だ。
その結界の中に足を踏み入れた者は、死んだことすら自覚せず細切れになるしかない。
僕の『千早の舞』も、元々はリリュウさんの技である。
『ブギイイイイッ!』
そうこうしてる間にも、餓鬼の群れが血煙をあげて切り刻まれていく。
僕の出番なんて全然ない。
そりゃそうだ。
ウスケさんもリリュウさんも、ムラクモ刀衆最強の『番付き』に名を連ねている。
一から七までいる『番付き』の人は、誰もが皆桁外れに強い。
戦鬼である僕らですら鬼のような強さと形容せざるを得ないほどだ。
はぁ、この人達と一緒に居ると……自身無くすんだよなぁ。
気落ちしながら後ろを振り返る。
そんな余裕のある自分が恨めしい。
父様が壮絶な笑みを浮かべて、腕組みしたまま立っている。
アメノハバキリを片手に、自分の出番はまだかとうずうずしながら笑っている。
そうだ。
この餓鬼共はたんなる雑魚でしかない。
伯爵の中に住まう、邪鬼の生み出したただの雑兵だ。
アレを清め断ち切れるのは、亜王院一座の中でも父様一人。
前を向き直して、伯爵の姿を見る。
その胎動は、すでに終わりかけていた。
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