第45話

「そうか。お前は、お前の馬鹿な母親の言う事を聞いて、私の申し出を断ったのか。そんな馬鹿な母親の言う事を聞いて!良いか、 教えてやろう。お前のその器量なら、アメリカにさえ行っていればもうとっくに結婚して、家庭を持っていただろう。とっくに幸せになっていた筈だ。こんな所で働かなくてもすんだ筈だ。こんな夜の世界でだ!もしお前の母親がお前を、子供のうちに連れて行っていたらだ。だが、お前の母親はそれをしなかった。何故だ?自分の事を考えたからだ。自分が行きたくなかったからだ。お前の幸せよりも、自分の方を選んだ。」       「違うよ!そんなの、簡単にできなかったからっ!」                「何故できない?毎日、米軍に働きに行っている。なら、誰か他の男が見つけられた筈だ。だが、しなかった。普通ならする。お前の様な子供がいれば、そんな顔をしていれば、必ずその子供の将来を考えてした筈だ。私ならした。自分の子供の事を第一に考える。なんとかしてやろうと思う。そんな事は親なら当たり前の筈だ。だがお前の母親は しなかった。お前よりも、自分が日本にいたい、自分の親兄妹の近くにいたい、そして何よりも、その米軍の仕事から離れたくなかった!そんな下らない、只の事務員の仕事の為にだ!自分の子供よりも、そんな物を取った!!」                「違うよ!何にも知らないクセに。何で人んちの事を、勝手な事言うんだよ!」    「いいや、そうだ。もっと言ってやろう。 お前の父親の事だ。お前の父親は最低な男だ。自分の子供ができたのに、それを捨てた。良いか、お前は母親にも父親にも、どちらにも相手にされず、見捨てられた。お前は、どちらの親からも見捨てられた、哀れで惨めな人間だ。どうだ、分かったか?!」 「だから!それは色々と事情があったから。」                「どんな事情があっても、そんな事は普通はしない!自分の大切な子供だ。だから、お前の親はどっちも最低な、自分勝手な親だ。 そして今お前は、又そんな馬鹿でどうしょうもない親の為に、せっかくの話をふいにした。そんな下らない馬鹿な母親の為にだ!」                 こんな事を今まで他人に、ここまで言われた事は無い。ましてや廻りには何人もいる。 だが吉永はまだ続けた。         「私はお前を救ってやろうとした。お前を 普通の世界に引き上げてやろうとした。お前が哀れだったからだ。そして、お前を気に入ったからだ。お前に最初に会った時、私は お前に興味を持った。お前を気に入った。 そして一緒に帰ろうと言った。あの時、お前はどうして、と聞いた。そしてとても驚いた。普通はあんなに驚かない。だがお前は そうした。それは、誰もお前など相手にしないからだ。誰もお前などを本気で相手にしない。表を一緒に歩いた時、お前は私の横に 並ばず、少し後ろを下がって歩いた。何故 そんな事をする?最初はそう思った。だが直ぐに分かった。お前と歩くと皆、人が見るからだ。まず最初はお前を見る、そして次には私を見る。皆、お前を見てから、次にはどんな人間が一緒にいるのだろう、と思ってその相手を見る。それをお前は知っている、いつもやられているからだ。だからああして離れて歩く。相手に悪いからだ。相手が不愉快になる、又は怒る。お前はそれが恐いし、嫌だ。だが私は平気だ。そんな事はその一瞬だ。だからお前が下がる度に私は又お前の横に並んで歩いた。そして、お前は諦めた。私と並んで歩く様になった。」       「…。」                 リナは黙って下を向いていた。      「だが、お前とあのディスコへ行った時だ。あの時は違った。いつものオドオドした態度ではない。お前はとても堂々としていた。 ピンと背筋を真っ直ぐに伸ばし、胸を張り、堂々と歩く。丸で別人だ。そして、皆がお前に声をかける。寄って来て挨拶をする、すれ違いざまに声をかける、名を呼んで手を降る。そしてお前もそれを返す。丸でアイドルさながらた。お前はあそこでは、丸で華やかな蝶の様だった、そしてとても生き生きとしていた。とても楽しそうだった。だが、だから最初、お前はあそこへ入るのをとても嫌がった。前を通ると、よく来た事があると言うから、じゃあ入ろうと言うと、お前はとても嫌がった。あの姿を見られたく無かったからだ!私もまさかあれ程だとは思わなかった。色々な人間が、他にも何人も近づいてこようとした。だが私が一緒だと分かると、その連中は慌てて来るのを止めて離れて行った。私がいたからだ。だから本当はもっと沢山寄って来ただろう。だから私は思った。こんな所でしか自分を出せないし、相手にされない。可愛そうだなと思った。」        「何が可哀想なの?!自分こそ浮いちゃって、似合わなくて、馬鹿みたいだったけど?」                 「似合わなくて結構だ。あんな所、似合ったら困る。あんな汚い、暗くてジメジメした汗臭い穴蔵など、似合ったら迷惑だ。」   「一緒に踊ったりして喜んでたクセに?!」                「合わせてやっただけだ。そして、良いか?お前を誘って断られた黒人は、直ぐに又仲間を連れて戻って来た。私がいなければお前はあの男達に連れて行かれてただろう。良いか、あんな所なら、お前などに執着する人間もいる、と言う事だ!」         皆が又驚いている。黒人?!誰か女の子が言った。                 「あれは、あんたを変だと思ったから!  あんたが私にしつこくして離さないと思ったから、だから心配して又見に来たって言ったじゃん!」               「ふん、そうやって何でも直ぐに信用する!流石、アメリカ兵に騙された女の子供だけある。」                  吉永が馬鹿にした顔をして続ける。    「そして一人のアメリカ兵など、お前の気を引きたくて近くへ来てはわざと俯き、下を見て声をかけてもらおうとしていた。流石に類は友を呼ぶ、だな。」          「アッ、あれやっぱりそうだったの?!だったら、あんなカッコいい子…。あんたなんかいなかったらあっちへ行ってたよ。あんたがいたから我慢してやったのに!」     「お前の下らない好みなど聞いていない!」吉永が真っ赤な顔で怒鳴る。       「良いか、お前に優しくして媚びてくる、声をかけてくる連中、あいつらが外でもお前にそんな事をすると思うか?絶対にしない。あそこだけだ。あんな所に来る連中は普段は パッとしない連中だ。地味で目立たない。だから、あんな所へ来る時だけは奇抜な格好をしたり、目立ちたいから来る。だからお前に声をかける。お前は目立つ。あんな中でも目立つ。だから、皆お前と話したりお前を知っていると、自分も目立つと思う、又そう思いたい。そして優越感を覚える。お前のその目立つ外見は、あそこでは武器だからだ。だが外では違う、普通の社会では。お前があの連中ともし外で会えば、皆嫌がる。声をかければ避ける。知らないふりをするだろう。又は話しかけるな、と怒る者もいるだろう。誰もお前の様な、その日本人に見えない顔や、違う瞳の色など嫌だからな。人間は、訳の分からない物や自分と違う物を嫌う傾向がある。だからあんな所でなら良くても、普通の社会ではお前などといるのを嫌がる。」    「そんなの知ってるよ!だけと、中には外で会う子だっているよ。普通に友達の子だって。」                 「そんな連中はやはりクズだ。どうせろくな仕事もしていないだろう。」        大沼や小杉は今は怒り顔で聞いている。だからか分からないが、吉永が続けた。    「あの黒人達が来た時に、お前は奥にいた数名のヤクザを呼んで来る、助けを求めようと言った。私が止めなければお前は本当に行っていた。私はあの時、凄く驚いた。普通の人間はヤクザなど恐がる。口など絶対に聞きたくないし避ける。だがお前は平気で呼びに行こうとした。何故そんな事ができるのか。お前がヤクザと親交があるからだ。お前はヤクザと何度も口を聞いている筈だ。」    「それは…前に知っていた子が、前にいた店の子が、ヤクザの親戚がいたんでよく何人か店に呼んでて、私もそこに呼ばれたりしてたから。」                「いずれにしてもお前はヤクザを嫌いではない。どちらかと言えば好きだろう。そして、ヤクザの方でもおそらくお前の事を嫌がらない。それは同じだからだ。どちらも社会から相手にされない者同士だからだ。だがあんな奴等は社会のダニだ、ゴミだ。最低な奴等だ。そして、お前の友達だと言うあの女も 最低な女だ。あれもお前の本当の友達ではない。友達のふりをして、お前を利用しているだけだ。」               「富貴恵ちゃん?!」          「私はお前を食事に誘った。あの女はお前に頼んで付いて来た。そして山の様に食べて、嫌がるお前に無理に勧めてもっと食べさせた。そのおかげでお前は気分が悪くなった。あの時お前は本当に具合が悪そうだった。 だがあの女はその帰りにクレープ屋がいると、それを食べようとしつこく言った!自分の友達が具合が悪いのにだ!しかも自分の せいでそうなった。私が、余りうるさいから一つ買ってやると、直ぐに食べ終えてもう一つ買ってくれと又しつこかった。私は叱って返した。そしてお前を送って帰った。良いか、あんな事を本当の友達はしない!   あんな女を誰も男は食事へなど誘わない。絶対に誘わない。あんな女と同じ席になど着きたくない。あんな女と一緒なら食事が不味くなる。だがお前は違う。お前なら誘う男はいる。だからああしてそれに付いて来て、遠慮無く食べまくる。あれは丸で豚だ。いや、豚より酷い。あんなのは丸で馬や牛だ!あんなのが夜の世界で働いてるなど信じられん! あれはおそらくゲテモノ好きな男の為の女だ。又は、他の女が来るまでの繋ぎだ。だから、その為に置いておくんだろう!あんなに太ってみっともなく、あんな古くて薄汚い紺のスーツなど着て。だからよくこんなのが友達だと最初見た時は驚いた。だがあんな女でもお前には大切な友達だ、お前なんかと一緒に歩き、食事をしても平気なのだから。  だから、悪く言えば物凄くかばう!相手は お前など何とも思っていないのに。それも分からない。」               又リナをジッと見た。          「お前があの女と、もう一人の友達と言うのと飲みに行った時に、お前はホストがいる所ヘ連れて行かれ、一人五千円取られたと言っていた。そしてとても怒っていた。だから私はお前に一万円を与えて忘れる様に言った。お前は物凄く喜んで、その紙幣に何度も口づけをした。こんな事でこんなに喜ぶ女がいるのか?最初は嘘かと思ったが、お前は本当に喜んでいた。私はお前のそうした所に、そうした純粋な面に惹かれた。だが、お前は私を裏切った。そしてそんな下らない馬鹿な母親の言う事を聞いた。さあ、行くぞ。お前など警察でたっぷりと絞られれば良い。言っておくが警察はお前が考えている様な甘い所じゃないぞ。お前などアッと言う間に音を上げる。」                 「嫌だ!何もして無いのに連れてなんか行けない!そんなの呼んだって、直ぐに、説明したら平気だから!!」          「ならそう思えば良い。」        「嫌だ、絶対に行かないから!」     「そうか、なら土下座しろ。」       「エッ?!」              「土下座しろ。そうしたら許してやろう。そして私は帰る。」

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