第38話

リナは嫌々ながら電話をかけた。本当は、 もっと吉永と会っていたい。だがそれはできない。只ズルズルと会っていたら、もっと惹かれるだろう。時間が長ければ長い程だ。そしてもっと苦しくなる。それに、子供の事で催促をされるだろう。早く母親に会いたい、会わせて話をさせてくれと。       リナは渋々、ついに番号を回し終えると、出た人間に吉永に繋いでほしいと伝えた。少しの間の後、吉永が出た。         「もしもし。」              声を聞くと心が傷んだ。だが、伝えなければいけない。               「もしもし、私。」           「あぁ、はい。」             吉永は嬉しそうだ。           リナは手短に、早口で話した。      「吉永さん、私、例の事だけど。あれ、  やっぱりできないから。」         一瞬、酷く驚いている様だった。電話でもその相手の様子はなんとなく分かる。相手の息遣いだとか、口では上手く言えないしそんな事は無いと言う人もいるけど。でも自分は分かる。今、吉永が酷く驚いているのが。一体何なんだろう、といった感じだ。そしてその直ぐ後の、落胆している様子が伝わって来る。大きな落胆、半信半疑な様子といった物を電話越しに感じた。そして、何も言わない。                  「だから、もう吉永さんとは会えないから。ごめんね、そういう事だから。だから、吉永さんももうお店に来ないで。もう絶対に来ないで、会いに来ないで!?いい?!もう絶対だよ。分かった?じゃあね。じゃあ、もう切るから。」                ガチャン。家の外の、少し離れた公衆電話からかけた。家ではしなかった。家の電話は親子電話だ。万が一、祖母にでも聞かれてうるさく何の事か詮索されたくない。今の様にまだ携帯電話が当たり前に普及していない時代だったから。もし今の様なら、後から直ぐに吉永から連絡があったか、それは分からない。おそらく彼の性格からして、なかったかもしれないが…。            あ~ぁ、ついにしちゃった!これで本当に終わりだな。悲しい…。でも、やはりこれしかなかったんだよね。私に子供だなんて。しかも結婚もしないで。自分の二の舞いじゃない?やっぱりそんな事はできないよ。私だって、それで辛い思いをずっとしてきたんだよ。母は、産まれた時からずっと働いていたし。家にはあんなに口うるさい、時代遅れの厳しい婆さんしかいなくて…。おやつなんかは色々買ってあったりしても、本当に些細な事で大騒ぎして怒って、母が帰ってくればわぁわぁと騒いで言いつけて、叱ってくれる様に殆ど毎日頼んて。母もそれがうるさいから、毎日帰って来ると、理由も聞かずに怒って。それが十二歳位までずっと何年も続いて。やっとその年になって自分が泣きながら、理由も聞かずに怒ると言ってベッドの上にうつ伏せになって泣きじゃくった、自然にそうなったんだけど。それからは母も注意してそんな事をしなくなったけど…。    後は四歳位から高校を出る位まで、毎日近所のタバコ屋に、祖母にタバコを一個か二個買いに行かされていた。車が通る広い通りを渡って。 一度か二度、車が近くまで来て危ない思いをした。車の中から気をつけろ、と怒鳴られたっけ。最初の頃、あそこはまだ信号が無かったからな…。だけど、もし母が普通に家にいたら、もっと普通の親子みたいに、母が自分の面倒を家でみて、父親が仕事から帰って来て…。もっと楽しい、気楽な毎日の生活があったんじゃないかな。          だから、真実との生活だと、それができてもいつまで続くか分からないんだから。上手くいけばずっとかもしれないけど。でも違うかもしれないんだから。          又、サーカスでもどこでも行って、やっぱりアメリカ人の男を探して結婚する、その道を進むしかないかなぁ。リナはそんな事を考えて、家に着いた。            夜、母の智子が仕事がら戻り、お風呂に入ってからテレビの前に座っていた。祖母は自分の部屋にいる。時代劇でも見ている様だ。 リナは母に話しかけた。         「ママ、あのさ。吉永さんには今日電話したから。」                 智子がリナを見る。           「ちゃんと、断ったから。だからもう終わりだから。名刺も、破いて捨てたよ。」    本当だった。名刺があれば又電話してしまうだろう。吉永の性格からして、その時普通に元に戻るか分からないが、だがとにかく思い切って名刺を破り捨てた。勿論これは智子のリクエストでもあったが。        智子は頭に来ると何でも破いたり切ったり壊したりした。そうして物に当たった。見せしめと言う理由もあった。何故ならそれはいつもリナの持ち物だったから。小さな時は、机の上の物だとか、自分が家や学校で描いた絵、中にはクラスに貼り出された絵を、家で机の周りに貼ったりした物だ。とにかく、破壊屋!だから、吉永から貰った連絡先の名刺も、色々言う中で、何度も切り捨てろ、破れと言っていた。             話を聞いた智子はとても嬉しそうだ。   「そう?そんなの、当たり前だよ。何でもっと早くしなかったのよ。だけどそれで良かったんだよ。だからもうそんな男の事、未練がましく考えるんじゃないよ!いいね?!」 「そんなの、分かってるよ。」       つまらなそうに、リナは返事した。    そしてそれから少しして、ある夜、店に出ているとドアが開いた。皆で一斉に声を出す。「いらっしゃいませー!」        そして見ると、そこには又いつもの三人の メンバーだ。大沼、小杉、そして吉永だ。 な、なんで〜?そうか、吉永は大沼達と此処で飲むから、あんな事を私が言っても、駄目だったのか?普通なら、これが一人で自分だけで来てる人なら、ああした事を言えば来ないかもしれないが。でも、違かったんだー!!                 嫌だな、どうしよう。店にはまだ他にお客がいない。おそらく、全員がこの三人に付く事になるな。リナは頭の中でサッとそう考えた。                  あぁ、困ったな。嫌だ、どうしよう?

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