039-友として

「きりーつ、れいー、おはようございまーす」


 月曜の朝。

 いつも通りに幼子達が揃って教室で挨拶を交わしていた。

 教師がいつも通りに連絡事項を伝え、ふつうに一時間目の授業が始まった。

 そんな中、凄い形相で我輩に向けてバシバシとアイコンタクトを送ってくるリンナの口が、何か言いたげに動いている。

 読唇術どくしんじゅつは苦手なのだが、今回ばかりは何を言っているのかはすぐ分かった。

 リンナの口の動きから察するに……


「ちょっと、アレどうなってんのよ!!」


 そんな彼女が指差した先にはいつも通りに授業を受けている、行方不明になったはずのユキコの姿があった。



~~



『という事があった』


「それは……良かったんじゃないか???」


 行方不明から一週間が経ち、ユキコちゃんが無事に戻ってきた。

 そこだけを聞けば最悪の事態にならずに済んだ事を喜べるのだが、セラの表情は曇ったままである。


『教師もクラスメートも、誰一人としてユキコが"行方不明だった事"を覚えておらぬ』


「えっ!?」


『いや、我輩やリクが覚えておるのだから誰一人としてではないか。まだカナには確認が取れておらんが、早苗とグレイズはこの一件を全く覚えておらぬし、驚くことにアルカまで"自分がどうして第三世界サードに来たのか?"すら覚えていない様子じゃ』


「それをユキコちゃんが……?」


 俺の呟きに、セラは難しい顔のまま腕を組んで俯く。


『例え前世が魔女であろうと、人の身でそのような無茶が出来るものかはいささか疑問じゃな。最良の可能性を考えるならば、ユキコが魔力を取り戻した後に自力で問題を解決し、再び平和な日常に戻れるように対処したとも考えられるが、ユキコを誘拐した第三者によるものだとすると……』


 街中の人達の記憶を操る程のヤツが、何かを企んで身を潜めている、か。

 ……あれ?


「だとしても、リンナちゃんの記憶までそのままなのは何でだ? 仮に黒幕が魔王関係者だったとして、俺達の記憶だけを残すなら分かるけど、その理屈でいくとリンナちゃんは完全に部外者だろ?」


『うぅむ……』


 俺はセラと悩みつつチラリとキサキに目線を向けると、腕組みをしながら難しい顔をしていた。


『この回りくどいやり口、自ら直接手を下さない、姿を見せない……』


 そこまで呟いたところで何か思い当たったのか、キサキは焦りの表情で顔を上げた。


『リンナちゃんの家に行くっス!! 今回の黒幕が分かったかもしれない!!!』


『「っ!!」』


 俺達はキサキに言われるままに自宅を飛び出すと、急いで神崎珈琲店へと向かった。

 店に到着した俺達が店内へと飛び込むと、少しだるそうに神崎が出迎えてきた。


「よー、放課後に飲みに来るとか珍しいな」


『おい、リンナはどこにおる!』


「えっ! あ、アイツは学校に忘れ物があるとか行って出て行ったぞ? せっかくの放課後が店番とは、まったくトホホだよ……って、おーーい!?」


 話し終わる前に、店を飛び出したセラの様子に目を白黒させる神崎にゴメンのジェスチャーをしつつ、そのままの足で小学校へ向かう。

 時刻は既に夕方5時半を過ぎ、春が近づいてきているものの夕日はほぼ沈み、辺りは薄暗くなっていた。


『リク、頼む!』


「あいよ!」


 小学校近くの人気のない裏路地に入って俺が手をかざすと、セラは黒装束を着た死神の姿へと戻った。

 突然姿が変化したセラに、道端に居た数匹の猫さん達がビックリ仰天していて申し訳なかったが、セラはそちらには気を止める事なく真っ直ぐに小学校を目指して駆け抜ける!

 そして、表門に飛び込んだセラは両手を空に掲げながら大きな声で叫んだ。


『時の最果て!!!』


 セラの声が響くと同時に世界から色が失われ、視界に映る色彩は自分たちの姿と、グラウンドに立った二つの人影だけとなった。


「お、おい、あれ……!」


『間に合った……か?』


 こちらに気づいたグラウンドの二人は、驚愕の顔で俺達……いや、セラの姿を呆然と見つめている。


「え、セラ……のお姉さん???」


『……』


 リンナちゃんはそう呟きながらも、俺とキサキの姿に困惑している。

 その一方で、俺達もユキコちゃんの姿に内心驚きを隠せずにいた。

 背丈こそ小学生のそれで、見慣れたトレードマークの黒縁のメガネ&黒髪の三つ編みもいつも通りだが、右手には幼子に不釣り合いな仰々しい杖が握られ、その服装はまさに『魔女』だ。

 そしてユキコちゃんは表情ひとつ変えぬまま、俺達に目を向けて口を開いた。


「ようこそ、勇者とその仲間達」


 俺を「勇者」と言い放つユキコちゃんの姿に一同は仰天する。

 そして、この言葉によって黒幕の正体が魔王であり、ユキコちゃんが何らかの理由で俺達と敵対する状況になってしまった事が確定した。

 当然ながらそんな事を知る由も無いリンナちゃんは、目を白黒させているわけだが。


「ちょ、ちょっとユキコ、アンタ何言ってんの?」


「……はぁ」


 ユキコちゃんは呆れ顔で溜め息を吐くと、右手を挙げ……



『アイシクル・デコイ!!!』



 二人の会話に割り込むようにキサキの声が周囲に響いた。

 そしてリンナちゃんの目の前に巨大な氷柱が現れると同時に、それが黒い槍に串刺しにされて地面に転がる。


「ひ、ひぃっ!!」


 明らかに殺意を込めた一撃を目の当たりにしたリンナちゃんは、顔を青くしながらその場にへたり込んだ。


『はは、マジっスか』


「キサキ、今のそれは……?」


『文字通り身代デコイっスよ。ほんの少しでも詠唱が遅れてたら、そこに転がってたのは……』


 最後まで言い切らなかったが、皆がその意味を理解するよりも早くセラがその場に駆け寄り、リンナちゃんの手を取ってこちら側へ帰ってきた。

 何故かそれを黙って見届けていたユキコちゃんはフッと鼻で笑ってから、くるりとこちらへ振り向いた。


「せっかく本気で怒ったセラちゃんと戦えると思ったのに、全くキサキおねーさんは邪魔ですね」


『心配せずとも良い』


 セラは今まで見せた事が無い程の冷たい瞳をユキコちゃんへ向けると、空中から巨大な大鎌デスサイズを出現させてそれを両手で握り締めた。


『友として、再び過ちを繰り返してしまったお主を正しい道へと戻してやろうぞ』

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