第一話 (2) 二度目の旅立ち

 勘助は初陣を生き残った。

勘助の満足感というのは、結果とは比例せずに高かった。

結果で言えば、今回の戦は今川方に領地を奪われる結果となり、負け戦であったし、部隊単位であっても、勘助の所属する朝比奈隊は一番槍であったものの、それこそがそもそも罠であり、朝比奈隊は壊滅した。

では個人の成果はどうか。

これもお世辞にも大したものとは、言えない。

敵の足軽は何人か倒したが名のあるような将はたおせていないし、勘助自身も傷だらけになった。

が、足軽ながら最後まで逃げずに戦いきったことは賞賛に値するであろう。


 勘助は、自分が夢に向かって踏み出し始めたことを実感し、高揚した。


 勘助にとって幸運だったことは、その賞賛されるべき行動をしっかり見ていた者がいたことであろう。

小林勘左衛門である。

彼は勘助を自宅に招いた。


「おお、よく来たな、勘助」


「小林様、それがしにどのようなご用向きが?」


「はっはっは、気が早いのぉ。どうじゃ、茶でも」


「はっ。ありがとうございます。」


勘助は照れたように茶を飲んだ。

いまや勘助はこの勘左衛門が自分の何かを気に入っていることを理解している。

そのため勘助は期待で頭がいっぱいで、初めて飲んだお茶の味は分からなかった。

勘助のようなただの庶民は、基本的に白湯さゆしか飲まない。白湯とはようするにただのお湯である。


「そなた、戦は何度目じゃ?」


「初陣でございまする」


「なんと・・・・・・。初陣で朝比奈の隊か、そなたも運がないのう。いや、生き残ったんじゃ、運が良いのか?」


「無礼を承知でお尋ね致しますが、朝比奈様はそんなに?」


「おう。あやつの戦下手は度を越しておる。あやつが、よーっしといって良かったことはほとんどないわ。

・・・・・・やはり、そなたは運が良いのかもしれぬ。あやつの下で戦ったのではどんな活躍をしてもたいした評価はもらえなかったじゃろう」


「そんなに・・・・・・」


勘助が呑み込んだ続く言葉は、「そんなに酷い将だったのか。」であったであろう。


「なににおいても不真面目なのじゃ・・・・・・。戦も、部下への評価も、全て。

あやつに300人もの兵を率いらせるとは、池田様も・・・・・・いや、やめよう。勘助、忘れてくれるな」


「はっ。それがしは何も聞いておりませぬ」


「物分かりが良くて助かるぞ。・・・・・・あんなやつでも一軍を率いる将。よく助けてくれた。」


「いえ、そんな」


「それで、どうじゃった?初めての戦は」


 勘左衛門は勘助が初めて人を殺しただとか、怖かっただとか、そういった感想を漏らすだろうと考えていた。

だから勘左衛門はそれに対して、自分はこうだったとか、武士になる心構えだとか、そういったことを話そうと思っていた。


しかし勘助の感想は違っていた。


「はっ。それがしは、敵ながらあっぱれと感じ申した」


「なに?」


「あの鮮やかな撤退。見事な伏兵。それに、それがしはあの戦で基本的には一対一、もしくはお味方と二人で敵一人を相手にするといった感じでございました。奇襲され混乱しておりましたが、恐らく、敵の数はお味方より大分少なかったのでしょう。

少人数で数の多い敵を破り、勝つ!

まことに、素晴らしき軍略だと感じ申した」


「・・・・・・」


勘左衛門はしばらく呆気にとられた。

勘助の頭は常人とは違うようで、勘左衛門が思い浮かべたような、いうなれば個人レベルの低い次元の感想ではなく、もっと高い次元で戦というものを見ているらしかった。


「・・・・・・たしかに、此度の戦は味方の方が数が多かった」


「やはり!」


「今川にはな、太原雪原という軍師がついておる。あやつは実に厄介じゃ。

対して羽柴様は白田官兵衛しろだ かんべえ様という軍師がついておられるが、東科野を治めたあたりからかのう。羽柴様は白田様を警戒なさり、近くに置かぬようになった。

東科野は実質、軍師不在じゃ。

羽柴様は新たな軍師を見つけるまで他国に出兵なさるつもりはないようじゃ。じゃから今は、自国の防備を固めておるのじゃろう」


「なるほど・・・・・・」


「まあ、そういった大きい話は、わしやそなたのような人間には一生縁のない話じゃ。本題に入ろう」


勘助は勘左衛門の物言いに内心腹を立てた。が、それをそのまま口に出してしまえば勘左衛門も腹を立て、勘助は追い返されてしまうだろう。


(人の限界を勝手に決めつけるな)


勘左衛門は続ける。


「実はな、わしには子がおらぬ。もうそろ60になるというのにな。どうやってもできんのじゃ・・・・・・」


「はあ。左様で」


「しかしわしは、小林家の血筋を絶やしたくない!そこでじゃ、勘助。そなた、わしの養子にならぬか?」


 勘助は内心複雑であったであろう。

願ってもないチャンスであった。武士になれるのだ。

しかし通常こういった場合、養子というのは家臣団や配下の次男や次女、もしくは三男や三女であったりするものである。

それを断られて勘左衛門は余程困っていたのであろう。

だから困り果てた勘左衛門はあの合戦で足軽らしくない動きをした勘助に白羽の矢を立てたのであろう。

先ほどの会話の内容で勘助は、勘左衛門が自分に何一つ期待などしていないことに気付いた。

ただ小林家を継がせるにあたり、人格的に最低限のラインがクリアできているかどうか、それを試すために勘助に話しかけたのだろう。そしてどうやら勘助はクリアできたらしい。

勘助はそれが不満だった。

しかし勘助は、


(感情に任せて機会を逃すなど、馬鹿のすることではないか・・・・・・)


そう自分に言い聞かせ、決心する。


「それがしで、よろしいのですか?」


「おお、当たり前じゃ!誰でもいいわけじゃないぞ?そなただからよいのじゃ!」


そう言って勘左衛門はその泣き顔で笑って見せた。

しかし勘助には余計に泣きそうな顔になったようにしか見えなかった。


「それでは、これより小林様のことを親父殿と呼ばせていただきとうございます」


「おお、そうか!これよりそなたは、山森勘助 改め、小林勘助じゃ!」


「はっ。よろしくお願い致します。親父殿」


「いや~めでたいっ!おっ、そうじゃ、そなたの母を紹介せねばならないなっ!お~い」


そういって勘左衛門は勘助の義母となった者を呼ぶ。


「・・・・・・はい」


そういって現れた女性は、えらく不機嫌そうな顔をしており、年齢は40代くらいだろうか。


「御母上、今日より小林家の一員となり申した、小林勘助でございます」


勘助がそう言って頭を下げても勘助の義母は何も言わない。


「・・・・・・まぁ、これから仲良くなればいいのじゃ。なあ、勘助」


「・・・・・・はっ」


 こうして勘助は勘左衛門の養子となった。勘助は武士となったのだ。


 勘助はそれから二年ほど小林勘左衛門の下で世話になる。

勘左衛門に乗馬の訓練もさせてもらい、馬の扱いも人並みには出来るようになった。

食事といえば毎日、今までとは比べ物にならないような豪華なものであった。もっとも、峡間の農民の食事は、他国の農民と比べてもとりわけ貧相であったというのもある。

義母とは口をきいていない。

やはり勘助の容姿が嫌なのだろう。勘助を見ると露骨に顔をしかめ、無口になる。

しかし勘助は悲しいことに、こういった事に慣れてしまっている。だから自分から話しかけることもなく、結果としてお互いを見てみぬふりを続けている。


 勘助の現在の立場はどうか。

勘助は勘左衛門の家臣ということになり、東科野の国主・羽柴元吉から見れば、家臣の家臣の家臣になり、陪々臣ということになる。

勘助が目指すのは、家臣であり、それは一般的には直臣のことを指す。

勘助の夢への道のりはまだまだ遠かった。


 勘助は勘左衛門の下で何回か戦に参加した。が、結果は振るわず一番のお屋形様にあたる羽柴元吉どころか、勘左衛門の直属の上司にあたる池田三郎からも感状はもらえなかったし、戦に出るたびに傷を負った。

勘助の顔は切り傷がつき、より一層恐ろしい顔になっていた。


 勘左衛門は勘助の夢に理解を示すことはなかった。

自分に限界が来たら勘助に自分の座を与えようと考えているらしい。

勘左衛門は、出世欲だとか夢だとか、そういった上昇志向の考えを一切持ち合わせていなかったし、それを理解することもしなかった。

口癖のように「わしにはそれで充分」だとか、「小林家だけは守らねば」と言い、小林家を永らえさせるということに囚われ、自分の限界を定め、なにか機会があっても挑まない。そういった男だった。


勘助にはそれが憐れとしか思わなかった。


 もっとも、勘左衛門を擁護するなら、こういった思考の人間は大勢いたし、こういった考えのなにが悪いのかと言われれば、何も悪くない。

自分を犠牲にしてでも大切なものを守ろうとするのは、勘助のように夢をひたすらに追い続ける事と同等の価値があるように思う。


 勘助は一つの決断を下す。


「親父殿、相談したき儀がございます」


「どうした?勘助」


勘助は勘左衛門の屋敷の一室にて勘左衛門と向かい合っている。


「それがし、何回か戦に出て、感じたことがございまする」


「それは?」


「はっ。それがしの体は見ての通り傷だらけで、どうもそれがしの武勇には限界があるようでございます」


「・・・・・・そうか。勘助、おぬしは賢い。

いつまでも夢がどうとかいっておらんでやっと現実を見る気になったか」


「いえ、それがし、この名を天下にとどろかせるという夢は捨てておりませぬ」


「おぬし、今武勇には限界があると・・・・・・」


「はい。武勇には限界を感じ申した。が、親父殿。

親父殿が申されたように、この勘助には頭があります」


「あたま?軍師にでもなると申すか⁉」


「御意。天下に名を轟かせる方法は、なにも武勇だけにあらず。この頭脳を以て、名を轟かせとうございます。」


「馬鹿な・・・・・・それこそ夢物語じゃ」


「いえ、たった一人の武勇などたかが知れておりまする。それに比べ軍師なれば、味方を操り、より多くの敵を打ち破ることも、城を落とすことも築くことも、また、戦わずして勝つことも出来まする」


「そういうことをいっておるんじゃない!」


「親父殿・・・・・・今のそれがしではこう語ったところで何ら説得力を持ちませぬ。

ですからそれがし、これより放浪の旅に出て、各地を見分し、陣取り・城取り・兵法の極意を学びとうございまする」


「・・・・・・おぬしが何を言っておるのかわしには理解できんが、おぬしがどうしたいのかは、分かった」


「では」


「勘助。せっかく武士になれたと申すに、また浪人に戻るというのか?」


「御意」


「・・・・・・」


もはや勘左衛門には勘助が何を考えているのかわからなかった。が、その本気は伝わったらしかった。


「わかった。勘助。好きにいたせ。やるからにはしっかり学んで来い」


「はっ。ありがとうございまする。

この勘助、親父殿に受けた恩を忘れずに、必ずやまたここに戻って来まする」


「いつ出るのじゃ。用意させよう」


「明日には出発しようと思いまする」


「・・・・・・おぬしの行動力にはあきれるわ。

わかった。明日までに必要な物は揃えておこう」


「ありがとうございまする」


 こうして勘助は、再び浪人となり旅立つこととなった。

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