僕の願いは、夢の中から

ケンジロウ3代目

短編小説 僕の願いは、夢の中から


僕が見る夢は、いかなる時も色がなく

僕が見る世界は、いかなる時も光がなく

色を求めて 光を求めて

僕は今日も生きていく




僕の名は前田公人きみと

今日もただ一日、僕はこの椅子に座っていて

特別そこで何をすることもなく

ただ、座っているだけ


「はい、ご飯出来たよ。」


奥からそんな声が聞こえた

あぁ、この声は


「公人くん、今日はあなたの好きな生姜焼きだよ。」


僕の妻、美羽みわの声だ


「はい、ちょっと待っててね。」


そういうと美羽は、僕の右手に箸を持たせて、そのまま動かない僕の手に自分の手を添えて

生姜焼きがあるであろう皿へと、二つの手を伸ばしていく


「あッ」


僕は思わず箸を落としてしまった

せっかく手を添えてくれていたのに

手で手を支えてくれたのに


それでも美羽は、もう一度僕の手に


「はい、これ箸ね。もうちょっと頑張って。」


再び箸を僕の手に添えさせて


「あ・・ありがとう、美羽。」


「いいって・・・えへへ///」


物をつまみ、それを僕の口へと運んでいく


「どう?今日は隠し味を入れてみたの。」


口の中に広がる、お肉の味 生姜の香り

そして


「・・・砂糖、か?」


「当たり!どうかな?」


「あぁ・・・うまい。」


「ありがと!良かった!」







僕は、二十五を過ぎた頃から盲目になった

原因不明の盲目は、病名などもちろんなくて

名もないそいつは、たちまち僕の色を奪って

僕を暗闇に突き落とした


そんな僕に寄り添ってくれたのは

今となりにいる美羽だった

暗闇で彷徨さまよい、沈んでいく僕に

光を見せてくれた、そんな気がしたのだ

今は自分も働きながら、僕の事も面倒見てくれている






そんな美羽に、僕は何か返したい

美羽に手伝ってもらうごとに、そんな願望が湧き上がるのだ

美羽に頼ってばかりだから


しかし



『盲目の僕がいったい何をできるのだろうか』



その思いは、いつもここでついえてしまうのだ







その夜、僕はとある夢を見る



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


目を開いた先は、いつもの黒ではなく

白と黒の、色を失ったモノクロの世界

光はあっても色がない

そんな世界



僕は夢でも、色を奪われてしまったのだ




夢の中の僕は、ただあぜ道を進んでいく

モノクロの世界で、横には色を失ったいちょうの並木


美羽はいちょうの木が好きだった

その黄色は、自分を温かくしてくれるって

僕がまだ色を持っていた時、そう言っていたっけ


僕はふと立ち止まり、いちょうの木の前に足を運んで

その大きな木の下で、僕はこう願うのだ





美羽の好きな色を、もう一度だけ見せてほしい ―――――





夢は、そこで途切れた




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



僕はゆっくりと目を開ける


しかし、目を開けても世界は黒のまま

やはり色なんて見せてくれない


非現実的で届きもしない思いを、今日もなぜか願ってしまった

ハハッ、なんてバカなんだろう

そう言って自分を笑うのにも、最近慣れた




「おはよう美羽、昨日は仕事お疲れ様。」


「おはよう公人くん、もうご飯出来てるよ。」


「あ、あぁ、今そっち行くよ。」


「無理しないでいいよ。私が手伝うから。」


「・・・毎度すまないな。」




そして今日も、美羽は僕のために









それから結構に月日が経ち

モノクロの夢も、最近は毎日見るようになった

僕は夢の中でも、ただ願うばかり




そして今日も、願いを ―――





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


目を開けると、今度は白と黒のモノクロ世界


「あぁ、ここは夢か・・・」


僕は落胆を交えてそうつぶやいた




僕は夢の中で、再びいちょうの木の前に立つ

そこで目が覚めるまで、僕は願い続ける



―― 色をみせてくれ ――



誰もいない空間で、僕はただ両手を合わせて

無情ないちょうの木に、そう伝えるのだ





――― きみとくん・・・ ―――



ふと不思議な声が、僕の脳裏に響いた


「・・・えッ!?」


僕は驚き、慌てて周囲を確認する

しかし360度見渡しても、声の主は見つからない



――― こっちだよ ―――



再び不思議な声が聞こえた、僕は声の方向を再確認する

どうやらこっちから・・・



・・・えッ・・・?


うそでしょ・・・まさか・・・・




「この木・・・なのか・・・!?」






――― そう、呼んだのはわたしだよ ――――




驚いた

いくら夢とは言っても、まさか木に話しかけられるとは

夢はホントにすごいな

そう思っていると



――― あぁッ、ちがうよッ!?わたしは妖精さんだよ!? ―――



そういうと、いちょうの木の後ろから手のひらほどの小さな妖精が姿を現した


「ようせい・・・!?」



――― わたしは妖精さんだよ、きみとくん ―――



話しかけられたのが妖精でも、やはり夢ってすごいなぁ

たしか僕の名前を呼んでいたよね・・・?


「・・・夢だもんな、いいか。」



――― きみとくん・・・君はいつも私の前で祈っているけど・・・ ―――



その妖精は僕にゆっくりと近づくと、そう僕に尋ねてきた


「あぁ・・・・・僕はとある病気で目が見えなくなって・・・」


「でもせめて、美羽の好きな色だけはもう一度・・・と思って・・・」



――― ・・・・・ ―――



「夢の中で願うしか、今の僕には方法が思いつかなくてさ・・・」



――― ・・・・・ ―――



妖精は、ただ黙って僕の話を聞いている


「ハハッ、笑い話だよね。夢の中で願っても、何も変わらないのにね・・・」


そう言って笑う僕の右頬に、流れ落ちる雫の感触が

そんな僕に、妖精は口を開いた



――― 君の願いは、とても光っているよ ―――



「・・・えッ?」




少し予想外の返答だった

そんなことないよとか、大丈夫だよきっと叶うよとか

そんな感じかなと思っていたけど


妖精は、話を続ける



――― きみとくんの願いは、光があって、色があって、綺麗なものさ ―――



「・・・」



――― それはもう、いちょうの色に負けないくらい ―――



「・・・きれい、か・・・」



――― だからきみとくん ―――






――― きみの色を、大事にしてほしいな ―――







妖精はそういうと、いちょうの木の奥へ消えて行った







♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ 



今日の夢は、少し長かったのだろうか


「公人くん、もう朝だよ。」


近くで美羽の声が聞こえた


「美羽・・・すまないな。少し寝坊しちゃってな・・・」


「もうご飯出来てるよ!今日は気合入れて作ったんだから!おいしいよ!」


「あぁ、今行くよ。楽しみだなぁ。」









『 きみの色を、大事にしてほしいな 』


夢での妖精の言葉が、何度も頭を駆け巡る

色を奪われた僕の願いは、負けないくらい輝いていて

僕の願いは、美羽の好きな色ほど綺麗で、あざやかで

それは思ってもいなかったことだから



「僕の願いって・・・



――― 本当は何なのだろう








この日は、美羽と出かける日になった

美羽はこの頃仕事続きみたいだったから大丈夫?と聞いたけど


「いいの!公人くんに見せたいものがあるの!」


といって、今は出かける準備をしているみたい

でも盲目の僕に何を見せるんだろう

それが不思議で、そしてなぜか楽しみでもある



「さぁ、行くよ!」








家を出て30分程が経った

美羽に連れられて、ふと美羽の動きが止まった


「ついたよ。ここが今日の目的地。」



ついた先は、静かなとある公園のようだ

涼しい秋風が、僕の肌を優しくなでて

その風は少なからず、木の葉の香りを運んでくる


「見せたいものはこっちだよ。」


美羽はさらに奥へ進んでいく

僕は美羽に連れられて、ただ草原の上を歩いていく




あれ、どうして


ここが草原って分かったんだ?




「これが見せたかったものだよ。」


美羽はそう言って、僕を前に連れ出した



「・・・何も見えないよ?」



僕の視界は黒のまま

美羽は何が見せたかったのか

僕には分からない



その時



――― 大丈夫、きみとくんなら見えるよ ―――



頭の中で、あの妖精の声が脳裏に響く



――― きみとくん、君の見たい色は ―――



あれ?この声って・・・



――― もうそこさ ―――








その瞬間、一気に無数の光が降り注ぐ

僕は眩しくて、思わず目を閉じた


そして、目を開けると




「ッ!こ、これは・・・!」






それは、僕が見たかった色


僕が見たかったもの




美羽の好きな、いちょうの木







「美羽!見えたよ!ほら、綺麗だね!」



僕は嬉しくて

見えたことが嬉しくて

美羽がいる隣を向いた

美羽も喜んでいるだろう

美羽の笑顔が見たいから



しかし



「・・・えッ」




美羽は、なんだか少し寂しげだった

さらに美羽の身体は、今にも消えてしまいそうなくらいに薄く見えたのだ



「美羽・・・何で薄いんだ・・・?何で宙に浮いてんだ・・・?」







その時、僕は思い出した



美羽が以前、交通事故で亡くなってしまったことを



思い出した



美羽の死に嘆き悲しんだ、あの辛い過去の夜を



そして、思い出した






悲しみで、この世界が見えなくなったことを







「ごめんね、公人くん・・・突然いなくなったりして・・・」


「・・・」


「でも、公人くんは公人くんの色を大切にしてほしいんだ。」



「私のせいで見えなくなった、あなたの色を。」





「この世界と・・・私のいない世界と、向き合って欲しいの。」






美羽の身体は、さらに薄くなっていく

身体にぼんやりと光が溜まって見えて、今にも消えてしまいそうだ

しかし、美羽はその限られた時間で


僕に、メッセージを告げようとしているのだ




僕の時間は、あの日から止まっていたのかもしれない

あの時から、僕は深い暗い夢の中で

美羽が亡くなり、一人という暗い世界で

暗い暗い、闇の下で



でも美羽は、そんな僕を

光あふれる地上へ、戻してくれた

例え姿を幽霊に変えようと

僕のために、美羽は尽くしてくれた


僕が一度失った色を

一度僕が失った、この世界を


美羽は、また見せてくれた





「・・・ありがとう、ごめんな美羽・・・」




僕のせいで迷惑かけて、ごめんね


亡くなった後も僕を見てくれて、ありがとう



今までおつかれさまでした




ゆっくり眠ってね






「・・・さよなら、美羽。」




頬に、きらりと光る数滴の雫


美羽は、僕に笑顔でこう言った





――― 私を愛してくれて、ありがとう ―――






そして美羽は、身体を小さくして姿を妖精に変えると


いちょうの木の奥の方へ消えて行った




まるであの時の夢のように










~~~~~~~


いちょうの木は今日も黄色に色付き



僕に不思議な光をくれる



美羽の方も眩しいね



でも僕の方も負けないよ



僕もいっぱい輝くよ、君に負けないくらい輝くよ



だから、僕のことを見守っていてね







あの木の後ろのお墓にそう告げると、公人はその場を後にした








おわり





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