第15話 黎明〈前編〉
「……話は終わったようだな」
「はい。……って、月島さん!?」
俺は外村達から、少なくとも信用を勝ち取ることができた。その直後。
背後から声が聞こえて振り返ると、そこには壁に寄り掛かった月島がいた。
何だか、声音や表情が前よりも元気になったように感じた。
「もう、報告は終わったんですか」
「ああ、だから此処にいる。お前を呼びに来たんだ」
「小野さんの所へ行くんですか?」
「そうだ。大隊本部室から来たので二度手間ではあるが、戦闘報告などお前に聞いてもらったところでどうしようもないからな。
もう一度本部室へ。一文字の母親についての話だ」
遂に来たか。萩坂村では教えてもらえなかった、一文字の母の死に関する事。
実際に俺は一文字の母の遺体を見たことがあるわけではないが、月島から聞いた時点で絶句してしまうほどには酷い惨状だったらしい。
その真実が、やっと分かる。……月島が言うにはあくまで〈目星〉だそうだが。
「……そう言えば、さっきの話聞いてましたか?」
「ん? いいや。俺が来たときには、もう話は終わっていたぞ」
何の事だとばかりに応える月島の言葉に、少しばかり安堵する。
俺は外村達4人から信用を得るために、新たな決意を立てた。それは俺の純然たる決意で、嘘偽りなんて無い。だけど、自分の決意を第三者に聞かれてしまうというのは、少し恥ずかしい気持ちになる。月島は全く関係が無いわけじゃないし、むしろ割と関連のある話だけど。それでも、あまり聞かれたくないというのが心情だ。
「そうですか。ああ、月島さんにはあまり関係無い話です。早く大隊本部室に向かった方が良いでしょうから、行きましょう」
「そうだな。……貴様ら。俺は音無と共に行くが、貴様らは自由行動だ。今日一日は羽を伸ばして、外にでも行ってこい。そして明日に備えるように。以上だ」
小隊分室を離れる前に、佐久間達への短い口述。とても簡潔ではあるが、柔らかい表情を浮かべながらの月島の言葉は、兵士達に安心感を与える。
『了解!』
息の揃った佐久間達の敬礼。彼らの顔には、月島と同様の表情が在った。そして彼らは砥石を仕舞ったり、軍刀を一通り確認した後に、小隊分室を去っていく。
……その前に。
「それではまた明日。音無君」
「じゃあな、音無」
「またな」
「今日のところは、これでさよならだ」
桐生の言葉を皮切りに、外村達が別れの挨拶をしてくれた。
その事がとても嬉しかった。信用されたんだなって、実感ができたから。
「さようなら」
俺は短いながらも、喜色の色を浮かべながらそう応えた。外村達はそれに対してもそれぞれ異なってはいるが嬉しそうな
……最後に。
「それでは失礼いたします、小隊長。そしてまた明日、共に此処で会おう。音無」
佐久間の誠実で落ち着いた言葉。俺は再びそれに応え、佐久間を見送った。
「さて、と。本部室へ行くぞ」
「了解です」
小隊分室に残された俺達二人は
同時刻 鎮台衛戍地 大隊本部室
「失礼します。第一中隊・第二小隊長の月島伍長であります」
「失礼します。えーっと……音無であります?」
重厚な木扉をノックして、俺達は本部室へと入っていった。月島は常套句のように階級を名乗り敬礼をしたが、俺はどんな感じで入ればいいのか分からない。中学の職員室に入るような感覚でいいのだろうか。
だが、此処は軍隊だから月島のようにしなくちゃとか色々な考えが入り混じって、とても中途半端なものになってしまった。何だか情けない気分。
「随分と自信の無さそうな挨拶だな。この部屋に入るからには、
中央奥の大きな木机に向かって座っていた小野は、立ち上がって小さな叱責。
「は、はい! 失礼します。
月島伍長達に世話をしてもらっている、音無雄輝であります!」
俺は大きな声で、そう名乗った。世話をしてもらっている、なんて自分で言うのは少し恥ずかしいけれど。すると、小野のみならず本部室の兵士達も笑った。
「ははは! 世話をしてもらっている、か。確かにそうだ。いいぞ。中々聞くことのない名乗りで新鮮だ」
新鮮らしい。まあ、軍人以外が此処を訪れること自体が少ないだろうから、階級無しの名乗りは無条件で珍しかろう。
「では、場所を変えよう。〈
大隊長室か。確かにこの本部室以外にも、大隊長専用の個室はあってしかるべきだ。俺と月島は小野に続いて、大隊長室へ。
専用の個室といっても本部室から離れた場所にあるわけではなく、本部室の左奥に入り口があった。むしろ本部室の内部に組み込まれているようなものだ。
そりゃそうか。離れた場所に独立した大隊長室があったら、随時随時の報告が遅れる上にどんな立場の人間でも入ること自体はできてしまう。大隊の命令系統の混乱に加え、部外者との密会や要人暗殺の舞台になることは間違いなしだ。
「……どうだ? 私の部屋は」
大隊本部室と比べて全く
窓際には、小野が座るのであろう肘掛け椅子と木机が置かれている。書類等が積まれていた本部室における小野の机とは対照的に、その机上には全くと言っていいほどに物が無かった。引き出しに入れている物もあるんだろうけど。
仕事場っぽい雰囲気は無く、本当に小野専用の個室というか……来客との対談や歓待用の部屋のようだ。
「適当な言葉かは分かりませんけど……、すごく良い雰囲気じゃないかと」
「そうか、それは良かった。……さて、早速話を始めようじゃないか。二人とも、そこに座れ」
俺の感想に満足感を示しながら、小野は自らの椅子に座る。
俺達はというと、4人ほどが座れるようになっている革張りのソファへ。
元の時代的には明治にすらなっていないというのに、何という西洋化。ただし、むやみやたらに欧州風にするのではなく、和洋折衷・和魂洋才といったバランスがうまく取れている感じがする。
「月島伍長より、大まかな戦闘報告は耳にしている。勿論のことであるが、一文字の母親のことについてもな」
小野は
さて。小野は既に月島からの報告を受けている。となれば、まずは現状確認から話を進めることとなりそうだ。
「常駐兵力として萩坂村に配属されていた、西園伍長を隊長とする第三中隊・第二小隊は半数死亡という壊滅的打撃を受け……。萩坂村の村民も13名が死亡。
襲撃の元凶となっていたのは冠三位魁魔〈
「はっ。我ら第一中隊・第二小隊が、一文字家前にて撃破。それ以降の襲撃が一切止んだことから、今回の襲撃で最も位の高い魁魔であったことも
首魁……。元々、
「今回の襲撃、中規模どころではなかったな。〈
「非常事態宣言?」
「あまりにも強力かつ大規模な魁魔による襲撃、または大災害・内乱等があった際に皇國政府より発令される宣言だ。
宣言に伴って多くの特別法が施行されるが、特に影響が大きいのは
〈
情報量が多くて少し錯乱するが、つまりは文字通り国家の非常時において最も効率的な国家運営ができるように法制度を捻じ曲げるということだ。
その中でも、魁魔による襲撃や内乱等は軍事的側面が重要視されるため、それだけ法制度改変のしわ寄せを食らうというわけか。
ってか平時は徴兵制無いのか、皇國軍って。近代軍にはあるまじきって感じだけど、それだけ月島達が精鋭であることにも納得がいく。
……にしても、大日本皇國憲法? そりゃ皇國議会だの陸軍省なんてものがあるんだから、法治国家としての憲法はあって当然か。
ふと、そこで気付く。萩坂村への行軍中に、月島から話してもらった新皇都諸大名征伐の話から、皇國の話を全くしてもらっていないということに。
思い返してみれば、今まで皇國の地理や歴史、それも軍事方面のことばかりで現在の皇國についての話をしてもらっていなかった。特に政治や国際情勢など。
次、もしくは時間があれば今の機会に話してもらうことも可能だろう。
「なるほど、分かりました。話の腰を折ってしまってすみません。
続きを宜しくお願いします」
了承と謝辞を述べつつも、小野に話を続けてもらうよう促す。
「ああ。……さて、とりあえず今回の襲撃について。幾ばくか不可解な点があるということだったな、月島伍長?」
ソファに座り礼儀正しく両手を膝に置いている月島は、その態度に違わぬ明朗さでその問いに応える。
「はっ。説明させていただきます。まず、今回の襲撃の規模についてであります。
当初、越之宮鎮台の衛戍地に通信が入ったのは
確かその通信も、魔力供給が足りないとかで途切れ途切れのものを拾い上げたものなんだっけ。しかし、途切れ途切れになるほどに激戦を強いられているにも関わらず、中規模襲撃? 疑問点がありまくりだ。
「しかし、何故か萩坂村以外の村である〈
高澤村と総善寺村。
事前の作戦説明によれば、高澤村に第一小隊の臨時編成第一班が、総善寺村に臨時編成第三班が救援に向かうという話だった。
「ええ。この点については、ほぼ要因が割れております。
西園伍長の話を聞いた限りでは、衛戍地に通信を行ったのは西園伍長隷下の第三中隊・第二副小隊長〈
当初、午後5時30分時点での萩坂への襲撃は小規模であり、一個小隊だけでも対応できたそうなのですが、段々とその数は増大。
気付く頃には村民を非難させねばならぬ程の規模まで膨れ上がり、そこでようやく高澤村と総善寺村の常駐小隊と連絡を取り、共に襲撃を受けていたことが発覚。
しかし、既に魁魔との戦闘等で魔力が減耗していた為、かなり途切れが多い形で衛戍地へ報告する形になった……という経緯だったようです」
「即ち……魁魔共が〈兵力の
兵力の逐次投入。戦術において愚策・無能の象徴とされる行為だ。
同数同士ならば純粋にぶつけ合わせると被害は大きいが、それは相手も同じ。
しかし、こちらが兵力を分割してわざわざ逐次投入すれば、相手はほぼ無傷でこちらを全滅させることができる。
だが……。魁魔の場合はけしてそうではない。
皇國軍よりも圧倒的に魁魔の数は多いのだから。数を分割したとしても、それでも皇國軍歩兵一個小隊よりは遥かに数は多い。
それに、最初から大規模襲撃をすればすぐに増援を呼ばれて殲滅されるところを、小規模で攻め込んで少しずつ数を増やしていくのだ。相手は油断し、報告すら戦闘が終わった後で良いと考えるだろう。そこが落とし穴、というわけだ。
「逐次投入……。そのようなことを魁魔共が考えられるとは到底思えません。
奴らは八百万の神々によって現世に映し出され、我ら皇國人を襲うように命令されただけの、ただの精霊です。独立した意志も思考も無く、首魁が討伐されればすぐに消えていくような
冠三位以上ならば、自らで考えて指揮する魁魔も確認されてはおりますが、今回の首魁たる八尾仙狐は冠三位魁魔の中でも下級に位置している為、指揮能力は無いと思われます。やはり今回の魁魔共の動きは不自然と言わざるを得ません。
……まるで、誰かに操られているかのような」
「ふむ……。とりあえずは了解した。月島伍長、他の不可解な点も述べてみよ」
「はっ。とは言っても、集約すれば主な疑問点は二つしかありません。
一つ目は、先程話した襲撃自体に関すること。
二つ目は……一文字綾香の母親、一文字陽子に関する件であります」
ようやくだ。本当に、遂に。
月島の口から聞くことができる。もしかしたらただの憶測や予想で、真実とは異なっているのかもしれない。だけど、俺は知りたいんだ。
俺が護れなかった、救えなかった一文字という少女の、報われない最期を迎えた母親のことを。
「大隊長もご存じの通り、一文字陽子は極めて残虐な手法で殺害され、彼女の自宅の居間にて発見されました。四肢をもがれていた……という部分には、多少の前例がある上に、私自身も何度かそのような状態の骸は見たことがあります。
しかし……〈強姦〉されていたというのは、前例も経験も一切ありません」
四肢をもがれた死体を何度も見たことがある、と顔色を一つも変えずに言った月島に驚きながらも、俺は追想する。
魁魔はあくまでただの精霊であって、この世界に生きる者ではない。強姦などするはずもない。……ならば、誰に?
人間なのは間違いない。だけどさ。
村ではあんな惨劇が起きてたっていうのに、その目を盗んで人を平気で犯し、残虐に殺す奴なんているっていうのか?
同じ人間だろうけど、そうだとは認めたくない。
認めたくないし、まず第一に許せないだろ。
俺が非力で、そいつに罰なんて下せないことは分かってるけどさ。
「魁魔……でないとすれば、人間。
信じ難いことではありますが、そう断定せざるを得ません」
「で、それを行った人物に目星は付いているのかね?」
「ええ、あくまで憶測ではありますが。―――今回の襲撃を発端とする一連の不可解な一件、〈
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