phase3.2

 未來の撮った写真について、撮ったときのことなどを聞いたり、その他に未來は、ファンだという写真家の写真集などを美月に見せたりした。この人の写真のここが好きなのだと言う姿は、演説しているように熱をひしひしと感じた。そうして過ごすうち、未來はふいに口を開いた。


「ああ、幸せだなあ! 好きなお菓子を、好きな友達と一緒におうちで食べながら、好きな写真について語り合う。こんなに楽しいことなんだね! 私、こんな体験初めてだよ!」


 未來は笑顔で、よもぎ大福を頬張った。美月は、一緒になって、笑えなかった。

さらりと言った、初めてという言葉。


 甘すぎるものを食べると、その甘みがなかなか喉から離れていかないことがある。

今まさに、そういう状態だった。


「うん、美味しい! 美月も気に入ってくれて凄く嬉しいよ!小さな店だけど、私ここのお菓子大好きなんだ! ずっとおすすめしてるんだけど、学校で、この店が好きって言ってくれる人、全然いなくて」


美月は黙って、緑茶をすすった。少し苦くて、あとから甘みが生まれてきて、爽やかな風が吹いてくるような後味。この良さを伝えるのは、なかなか至難の業かもしれない。特に、未來のようなな子が、伝えようとしても。不思議とはイコール、普通ではないということ。


なんとなくいたたまれなくなった空気から逃れるように、美月は視線を、漫画などが置かれている本棚にやった。一昔前のものや、新しいもの、美月は聞いたことがない題名のものや、最近の流行りなどが並んでいる。


 上から順番に見ていくと、一番下の段が、他と比べてやや異質なことに気づいた。


 宇宙や星に関する本が、並んでいるのだ。難しそうな専門書から、易しく解説された児童向けのものまで。美月が持っている本もあった。


「未來、本当に星が好きなのね!」


 好きだという写真家の写真集も、持っている漫画のテーマも、大体に、星が絡んでいた。


 何気なく言った言葉だった。しかし未來は、「……ああ」と、少し声のトーンが下がった。


「そういえば、写真も……」

「うん。人間も動物も植物も建物も、なんでも撮るけど、でも、一番撮るのは、空や……星空の写真が、多いかな」


 見せてもらった、未來が今まで撮った写真は、確かに星空の写真が多かった。様々な種類の写真を撮ってるようだが、その割合を円形グラフにしたら、空の写真が半分以上を占めるかもしれない。


「どうして?」


 これまた、何気ない質問だった。どうしてそこまで、星が好きなのか。好きという域を、超えている気がした。


「どうしてかな……。気がついたら、手を伸ばしてるんだよね。星に関係するものに」


 ふっと、未來は顔を下げた。


「この星の中に、私の生まれた星があるかもしれない。そう思うと、なんだか、手を伸ばしちゃうんだ。物心つく前から地球にいて、地球で育った。私は地球人だって、思ってる。でも、時々、考えちゃうんだよね。私が産まれた星は、どこだろうって」


顔を上げた未來は、真顔だった。


「なんでかなあ」


美月ではない、とても遠くを眺めているような目をしている。どこを見ているかも、よくわかっていないような。


「でも多分、本当に気になってるわけじゃないって思ってるよ」


真顔が、笑顔に変化した。目も、もとに戻った。美月のことを、見ているとわかる目。


「あの石、覚えてる? 私が宇宙人だって言ったときに持ってきた石」


美月は頷いた。赤い、何かが密かに内側で脈打っているかのような、勾玉のような首飾り。


「あれ、普段は引き出しのずっと奥に入れてるの。何重にも箱に入れて、一番奥に。なんか、見たくないし、触りたくもないんだ。自分の出自に関わる大切なものなのに。もし故郷はどこだろうって本気で思ってるんだったら、あの石も肌身離さず身につけてるはず。そうしないのは多分、そこまで本気じゃないんだと思う」


ちら、と未來は勉強机の一番下の引き出しに目を向け、すぐに気味の悪いものを見たように、目を逸らした。首飾りは普段、そこにしまわれているのだろう。


「ちょっと興味がわいたとか、そういう小さな好奇心程度だって思ってるよ。あんまり気にしないようにしてるし、気にしてない。新商品のお菓子の味が気になるとか、そういう感じ!」


美月は、また頷いた。というより、首を縦に上下させただけといったほうが正しい。


 自分だったら、新商品のお菓子の味は、のたうちまわるほど気になってしまう。

未來は、どうなのだろうか。




 その後は、なんてことない雑談を交わして過ごした。相談事もなければ、星に関する話も出なかった。そもそもそんな話など最初から無かったかのように、山もなく谷もない、平坦で穏やかな空気が流れていた。


 それは美月が帰る時間まで続き、玄関で美月は未來から、「またいつでも遊びに来てね!」と笑顔で手を振られていた。

美月は頷きながら、「未來も、いつでも遊びに来てね」と返した。


 未來の隣で美月を見送る涼子は、穏やかな笑みのなか、感慨深げな目をしていた。未來の姿に、安堵や感動を覚えているようだった。そんな涼子に、美月はぺこりと頭を下げた。


「昨日はシロを、今日はココロを急に預けてしまって、本当にごめんなさい」

「いいえ、気にしなくていいのよ。赤ちゃんと触れあうのも久々だったから、新鮮でとてもわくわくしたし!」


 涼子に 抱っこされているココロは、とても上機嫌そうだった。

よろしくお願いします、と再度頭を下げ、また明日ね、と美月はココロに笑いかける。


 と、未來が、一枚のメモを差し出してきた。今日出された和菓子の店の名前、住所、電話番号が書かれていた。


「良ければ行ってみてね! お父さんとお母さんも大好きなんだ、この店の和菓子! 毎週のように行っちゃうの!」


 ね、と未來が母親に向かって聞く。どうして言うのよ、と涼子は苦笑しながらも、頷いている。


 お父さんとお母さんも好き。その言葉に、目の前の光景に、美月はなぜか、言いようもない安堵を覚えた。


手を振る美月に、未來と涼子はずっと手を振ってくれていた。その振り方も、とてもよく似ていた。


 美月はシロを抱きしめたまま、家路についた。ふわふわとした毛並みに、心全体までをも、包み込んでくれているように感じた。




 家に連れ帰ったシロを、自分や物の影を使って尻尾や羽根を隠しながら、なんとか両親と祖父に改めて事情を話し、いそいそと自分の部屋へ連れて行った。


 夕食後、部屋にいるシロにもごはんを食べさせた。シロの場合、なんでも食べてくれるので、考える手間も調理する手間もない。それに彼の場合、石が大好物だ。


 拾って洗った石をあげてみると、案の定飛びついた。がりんごりんといういい音が部屋中に響く。


 硬い石を、柔らかいものを食べるようにして容易くむしゃむしゃと頬張る姿を見ながら、今頃ココロはどうしているだろうかと思いを馳せた。


 ちゃんと食べているだろうか。離乳食を嫌がって、拒んでいるだろうか。食べることは大事なことだから、気になってしまう。


 そうこうしている間に、シロは用意した石を全て平らげた。

少なくともシロは、心配なさそうだ。美月は、少し苦笑を浮かべた。


 その後、穹と二人で、嫌がるシロをなんとかお風呂に入れさせた。水が嫌いなのか、シャワーの音でパニックになるシロを宥めるのは、生半可なことではなかった。


 今にもあのスターバーストを放ちそうになるシロを、好物の石で気を引きながら、どうにかこうにか塗らしたタオルで体を拭くことに成功した。


 強引にシャンプーをしたら本気でこの辺り一帯が消されるかもしれなかった。そう考えると、さすがの美月も体温が急低下した。


 その後、美月も風呂に入り、上がった後、部屋でシロと遊んだ。遊ぶといっても、シロが勝手に遊んでおり、美月はただそれを眺めているだけだ。未來の部屋で見たように、飽きずにクッションと戯れている。かと思えば辺りを嗅いだり、と思えばぴょん、ぴょんと不自然な動きでジャンプを繰り返したりしている。


 見ているときにわかったが、そのジャンプ時、わずかに翼が動いている気がする。


飛ぶ練習をしているのだろうか。ジャンプしてぺたりと地に着いた時の顔が、どことなく悔しそうに見える。


「シロ、おいで!」


 声をかけてみた。だがシロは無反応だ。ジャンプへのチャレンジをやめる気配がない。

一体、未來はどうやって、シロと仲良くなったのだろうか。

考えながら美月は、ボールを手に取った。


「こっちにボールあるよ!」


 急にシロが振り向いてきた。ボールを視野に入れるやいなや、ダッシュで駆け寄ってくる。


 ボール、ボールと言いたげに緑の目を宝石みたいにきらきらと輝かせて、じいっとこっちを見上げている。尻尾が、その興奮度を物語っている。


 それっと美月はボールを投げた。一気に追いかけ、まだ弾んでいる状態のボールを加え、ててててと美月のもとに戻ってきた。まだ目の輝きと尻尾の振りが全然収まっていないので、もう一度投げると、また物凄いスピードで追いかけ、戻ってきた。


 ちょっとでも投げるのが遅れると、急かすみたいにして「ピュウ!」と鳴く。少々腕が疲れて投げないでいると、延々と鳴き続ける。


 美月は腕を何度も交代させながら、ボールを投げ続けた。


 何十回目のボールを投げ終わったとき、やっとシロは飽きたのか疲れたのか、転がっていったボールを追いかけずに、その場でぐでっと伏せてしまった。


 ようやく満足してくれた。そう思った瞬間、これでは自分がシロに遊ばれていたのではと、やっと気づいた。


 美月は片手で腕を揉みながら、シロの真っ白な体毛を撫でた。ふわふわでもふもふとした手触りが伝わってくる。頭から背中にかけて撫でても、シロは嫌がらずに、撫でさせ続けてくれている。


 美月の願望も混じっているかもしれないが、その顔は気持ちよさそうだ。

 ふと、窓の向こうを見た。月が夜空に浮かんでいる。わずかながら、星も見える。


 焦らなくていいのかもしれない。今楽しいと思うことに、全力を注いで楽しむこと。

そうしていけば、いずれ、問題が解決されるかもしれない。解決とまではいかなくとも、手がかりくらいは。

色々起こったし、起こることだろう。でも、きっと、なんとかなる。


 美月の奥深くにある、この持論。沸き水のように出現し、静かに満たしていった。

確かにそれは、美月の心を、軽くしていった。


 月は昨日と同じように、柔らかく輝きを放っていた。明日も、同じように、輝いていることだろう。

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