第58話 一つの結果
「これなんかどうかな」
「あ、いいね。矢内さんへのお礼はこれにしよっか」
旅行三日目。私と祈凜さんは二人でお土産さんをまわっていた。
この場には、沙夜はいない。何故いないのか、そんな事考えたくなかった。
昨日の夜、私が部屋に戻ると、もはや沙夜の姿はなかった。いたのは泣いている祈凜さんだけ。私は何も聞くことはなかった。聞くのが怖かった。
祈凜さんの周りにはビリビリに破かれた手紙があって、それは沙夜からのものだというのは一目でわかったし、私への手紙はもう部屋にはなかった。
何かがあった。その事実だけで私には十分で、祈凜さんも私も沙夜のことについて口には出さなかった。
そして、今。何事もなかったかのように、こうしてお土産を選んでいる。いや、何事もなかったかのようというのは違うか。
私達は互いに、あまり言葉を交わすことはしていない。それに、笑顔など一度も見せてはいない。二人ともが、自然にを求めてぎこちない姿を見せている。
私は心の中で後悔していた。
なんであの時、沙夜の手紙を受け取らなかったのか。覚悟していたことだったのに。私が受け取ったらもう三人ではいられなくなるからか。そういう未練があったのだ。
私はそんな自分を変えたくて、自分の気持ちを綴ったのに、これじゃあ全くなにも変わっていない。
何も変わらないままこれから先も大切なものだけ失っていくのだろうか。
嫌な未来を見てしまったような感覚。このままなら私の先はずっとこんな人生なのだろう。
それが分かってても、私は何も出来ないのだ。
そして、旅行も終わりを迎える。
◇
「本当にありがとうございました。これ、良かったらどうぞ」
「あら? いいのに。こちらこそ、ありがとう」
時は夕方、場所は矢内さんの経営する喫茶店の前。
私達二人は、旅行という旅愁にとらわれることなく、この地に帰ってきた。あのまま何も起きることなく、本当に呆気ない終わり。
私達が送って貰うとき、矢内さんに沙夜のことは何も聞かれなかった。それどころか、旅館のチェックアウトも沙夜はどうやらしっかりと済ませていたようで、払ったのは二人分の料金だ。
一体どこに行ったのか、誰も知っていることではない。ただ、私達の前から居なくなった。その事実だけが、残っていた。
矢内さんに別れを告げ、私と祈凜さんは二人して歩き出す。二人とも相も変わらず話すことはない。と、私は思っていた。
そして、すぐに祈凜さんの家に着く。
近いのだから当然だが、せめて最後に何か言葉を交わすことくらいはすべきだ。そう思って、声をかける。
「…じゃあね」
返事はこない。祈凜さんは私に背を向けているだけ。ただ、返事がなくとも私は帰ろうとする足を動かした。
その時だ。
「待って!」
祈凜さんの声が聞こえた。私はその声で一瞬立ち止まる。でも、すぐに足をまた動かし始めた。
それはまるで逃げているかのように。
「麻百合さん! ねぇ!」
私に駆け寄ってくる音と祈凜さんの声。
そして。
「もう、逃げないで!」
この言葉が私の足を完全に止めた。
「…いい加減教えてよ麻百合さんの、ううん、麻百合の気持ち」
「……」
今は私が伝えようと思っていたような場所でも雰囲気でもない。でも、祈凜さんは我慢ならなかったのだろう。
私だって悪いと思ってる。
自分がこんなにも待たせているから、沙夜にも祈凜さんにも、我慢の限界が訪れる。
本当ならば、今はもう私が伝え終わった後で、それでも三人でいられたのかもしれない。私が身勝手なばかりに、こう結論を先延ばしにしてるんだ。
「…そう…だよね。いい加減はっきりしないと」
背中を向けている祈凜さんに向き直る。
「…もう少しだけ旅行しない?」
私から、祈凜さんへの提案。祈凜さんはそれに大人しく頷いたのだった。
◇
「結局、ここなんだね」
完全に日も落ち、休日ということもあり、閑散とした学校。もうすぐ夏だというのに、ちょっとだけ空気が冷たい。
「うん、私達の旅行はここで終わり、それに…」
校門付近に、一つ見覚えのあるリボンが落ちていた。私はそれをゆっくりと拾い上げる。
それを見た祈凜さんは、少し目を逸らした。
「…いこう」
私がそう言って校内に入る。だが、祈凜さんは動かなかった。
「祈凜さん?」
「…私はこれ以上はいけないよ」
「……どうして?」
まただ。わかりきったことを聞いてしまった。
「……私は麻百合が好きだから、だから、ここで最後にしたいの」
「…分かったよ」
祈凜さんの、私の目を見ていった意思。もう、本当にここで終わりだ。
「…私はね、祈凜さん。私は三人の関係がずっと、ずっと続いて欲しかった。恋愛感情とかはどうでも良くて、あのベンチは、二人が待ってるベンチは私にとっての居場所だった」
「それは、私もだよ麻百合」
少し、目頭が暑くなっているのがわかった。こういう時、ちゃんと話さないとと、心では言うのだが、もうこうなってしまったら、ちゃんとは無理だ。でも出来る限り、私の思いを言葉という筆で、綴る。
「祈凜、元は私が悪いの。私が貴方を好きだったから、少しずつ修復不可能になっていって、私がそれをそのままにしてたから」
少し暖かくなったような気がする。体温が上がったからだろうか。
「観覧車に乗った時、私は祈凜に好きだと言ったよね。あれに嘘はなかった。でも、私は私の地位のために、祈凜の悪口も陰では言ってた」
本当に胸が痛かった。好きだったから。本当に。
「私は、紛れもなく、祈凜が好きだった。好きだったんだよ…」
そう、だった。それは、私の今の気持ちが変わっているということだ。これ以上は言わなくてもわかるだろう。
「……麻百合はなんで気持ちが変わったの?」
「それは……私が好きだったのは、祈凜でもあり、椎名咲桜でもあったから…」
祈凜さんは少し悲しそうな顔だ。
「どういうこと?」
私は流れてる涙を袖で拭う。
「私は祈凜が好きだった。何者でもない祈凜が好きだった。最初のきっかけは椎名咲桜だったからかもしれないけど、変わった。祈凜本人が好きになったの。でも、もちろん椎名咲桜が嫌いになったわけもなくて。だけど、ライブでは私の知ってる椎名咲桜はいなかった。いたのは、祈凜……私は祈凜が椎名咲桜と重なるのが嫌だったの」
「……私が…悪いんだね。公私混同ってやつだ。つい、あのとき麻百合が来てるから嬉しくて、私を出しちゃったのかもしれない。私が………っ!」
それまで、祈凜さんは耐えていたのだろう。頑なに泣かないように。耐えてきたのだ。でも、溢れだした。
目の前の女の子は、もう最初に伝わってきた地味なイメージなんかではなく、もう十分過ぎるほど、綺麗だ。
私はそんな祈凜に一歩、二歩と近づく。手の届くギリギリの距離まで。そうして、手を伸ばしてそっと祈凜の涙に触れた。
「……私は……麻百合に選ばれたいって思ってた。沙夜さんには負けないって……でも、やっぱり駄目だったよ……」
「…祈凜…」
「何も言わないで………今は何も…。私はきっと、麻百合さんに憧れてたの……自分のしっかりとした考えを持っていることに……」
そんな物持ってない……。私だって色々考えるけど、そんな尊敬を受けるような物じゃないのだ。でも、祈凜さんは確かに私に惚れてくれて、現にこうして私を想って泣いてくれている。
「…麻百合、私はこの先きっともう誰も好きにはならないよ。私はずっとこの気持ちを秘めてる」
「……祈凜……ごめん」
一歩、もう少し手が楽に届く位置に。
「だから……っ! 最後に……ね」
祈凜も一歩、私に近づいて、そして、腕を私の背中に回した。
「今まで、ありがとう麻百合」
「…祈凜、ありがとう」
そうして、ゆっくりと抱きしめ合った。二人ともがぐしゃぐしゃに顔を歪ませてるのに、何故か、二人ともが互いを綺麗だと誉めあったのだった。
「じゃあ……ね」
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