本編

舞い降りる“聖剣”

 アルマ帝国が領土の一つ、サナート。

 極北にある凍土に、一台の車両が向かっていた。


「間もなくサナートに到着いたします。ブランシュ殿下」

「ありがとうございます」


 うやうやしく伝える運転手と、銀髪の――ブランシュと呼ばれた――美少女、それに兵士数名が乗っていた。


「初の公務ですが、お心を落ち着けて下さいませ。

 サナートにいらっしゃる教皇様への、親善訪問でございます」

「ええ、叔母様に……」


 心なしか、肩を震わせるブランシュ。

 顔はほんのりと赤く染まっており、緊張する様子が見て取れる。


 ……と、一発の砲弾が、車両の前に着弾した。


「!?」

「何事だ!?」


 咄嗟にハンドルを切り、車を止める運転手。


「……ッ」


 と、運転手は息を呑んだ。


「エ……エリダーナ!?」


 視線の先には、エリダーナと呼称される全高10mの人型兵器が立っていた。

 76.2mmライフルの砲口を、車両へと向けながら。


「ッ、我々では歯が立たない! 逃げるぞ!」

「殿下、無礼をお許しください!」


 素早く車を始動させ、一刻も早くサナートへ向かおうとする一行。

 しかし、エリダーナは何故か追跡してこない。


 代わりに、機関砲弾の雨を降らせてきた。


「ッ!」


 強化された車体は20mm砲弾すらも防ぐが、何十発も受けて耐えられるものではない。

 、走行どころではなかった。


「ぐっ……!」


 専用車はなすすべなく、大地にわだちを刻みながら停車した。


「姫様をお守りしろ!」

「姫様、お車の中にお留まり下さい!」


 運転手と兵士数名が、銃を抱えて車外へ出る。


「駄目っ……!」


 と、ブランシュが何かを感じ、運転手達を止める。

 しかし、遅かった。


 運転手達は機関砲弾の雨により、たちまちの内に血の霧と化したのであった。


「ッ……!」


 凄惨な光景に、目を背けるブランシュ。

 と、金属の悲鳴が上がった。


「!?」


 恐る恐る見ると、いつの間にか到達していた別のエリダーナが、車体を引き裂こうとしていた。


「ひっ……!? い、嫌……!」


 必死に叫ぶが、エリダーナの動きは止まらない。

 やがて屋根を外され、腕がブランシュに伸び始めた。


『これで、後はこいつを連れて行くだけだ』


 不気味な声が、エリダーナから響いた。


「この霊力はアルゴル(環形動物群型生物)の……! いや、助けて……! お母さま……!」


 ブランシュは祈るが、エリダーナは無情にもその細い体を掴もうとし――


「嫌ッ……! ……………………え?」


 何故か。

 エリダーナが、斜めに一閃されていた。


 遅れて、ズシィンという音が響く。


「あれは……ッ! リナ、リア……?」


 その後ろには、エリダーナを易々と切断した張本人……改め、漆黒のリナリアが立っていた。


「……」


 リナリア――正確には、リナリアを駆る搭乗者ドールマスターだが――は、一言も発さない。


「……!」


 代わりに、すぐ近くのエリダーナも、大剣の一振りで屠り去った。


     ***


『な、何だ、あれは……!』

『聞いていないぞ! おい、どうなっている!』

『話は後だ、早くその黒いヤツを……』


 エリダーナ、そして駆け付けたエリダーナ・セイバーの搭乗者であるサル助、トカゲ大夫、アルゴルの三種族が、動揺を明らかにする。

 その間にも、漆黒のリナリアは3機目のエリダーナを撃破していた。


『撃て、撃て!』

『どうせ殺すんだ、車両ごとまとめて潰せ!』


 泡を食ったように、47mmサブマシンガンを連射するエリダーナとエリダーナ・セイバーの一群。

 しかし漆黒のリナリアは、手にする巨大な盾をかざすと、砲弾のことごとくを弾いた。


 砲撃が中断されたのを見て取った漆黒のリナリアは、スッと大剣の切っ先を向ける。




 次の瞬間、極大の光条レーザーが放たれた。

 それはエリダーナはもとより、エリダーナ・セイバーの甲冑型ビームシールド付き装甲をも苦も無く貫通する。




 たった一撃で、エリダーナ5機、エリダーナ・セイバー3機を屠り去っていた。


『な、何だあの攻撃は……!?』

『怯むな、近づきさえすれば……!』


 残ったエリダーナとエリダーナ・セイバーが火砲を投棄し、実体剣を構えて迫る。


「……」


 が、漆黒のリナリアは、ただ棒立ちになっていた。


『もらった……!』


 1機のエリダーナ・セイバーが突出する。




 次の瞬間、漆黒のリナリアは

 そして、




『がァッ……!?』


 たったそれだけで、エリダーナ・セイバーの胴体が両断される。

 霊力を纏わせていた影響もあり、切り口はかなり滑らかであった。


 エリダーナ・セイバーを両断した漆黒のリナリアは、素早く盾をかざし直す。


『何だあれは、本当に盾か!?』

『信じられん切れ味だ……!』

『だったら、同時に仕掛けるぞ! 武器二つに対しこちらは4機だ!』

『おお!』


 2機のエリダーナ、そして2機のエリダーナ・セイバーが仕切り直し、正面から同時に仕掛ける。


「……」


 と、ガキンという音が響いた。

 漆黒のリナリアが手にする大盾が、急速に


 ……次の瞬間、


 そして、両腕を胸元で交差させる。


 既にエリダーナとエリダーナ・セイバーは、漆黒のリナリアの間近に迫っていた。


『もらった!』


 4機が同時に、実体剣を振り下ろす――


「………………」


 次の瞬間、金属の澄んだ悲鳴が響いた。

 その直後、4本の剣の破片が飛び、地面に突き刺さる。

 漆黒のリナリアが、大盾を構えた左腕を振り抜いていた。


「……!」


 すぐさま右腕を振り抜き、4機分まとめて右腕を叩き切る。

 バランスを崩した隙を突き、それぞれので胸部を一閃した。


『何なんだよ、こいつは……!』

『に、逃げるぞ……! 殺される……!』


 残存したエリダーナ・セイバー2機が、背中を向けて情けなく逃げる。


「……」


 だが、漆黒のリナリアは容赦せず、エリダーナ・セイバー達を追跡した。

 背中のブースターから、銀色の光が噴射される。


『ひ、ひぃっ……!』


 エリダーナ・セイバーが走る速度を上げるも、時すでに遅し。

 いや、そもそもその程度で逃げ切れるものではない。

 速度の差は、歴然であった。


「…………!」


 次の瞬間、漆黒のリナリアは通り抜けざま、2機のエリダーナ・セイバーを屠っていた。


     ***


 車両の残骸の前に立った漆黒のリナリアは、右膝を地面につけて静止した。

 と、胸部が展開し、中から一人の人間が降りてくる。


 彼は、人間の顔と姿に狐耳と狐の尻尾を生やした、獣人の青年であった。


 一度の跳躍で着地すると、車両の残骸まで駆け寄る。


「その紋章、皇族の専用車とお見受けしました!

 どなたか生存者はいらっしゃいませんか!?」


 青年が呼びかける声を聞いたブランシュは、全力でそれに答える。


「はい、わたくしは無事です!」


 ゆっくりと立ち上がり、自らの存在を示すブランシュ。


「ッ! 良かった……今そこからお出しします!

 失礼!」


 青年はドアを引くが、開かない。

 やむを得ず車の中へ跳躍して入ると、ブランシュを抱きかかえる。


「ご無礼をお許し下さい、姫殿下」

「……ッ!」


 そして、車から跳躍して脱出した。


     *


 漆黒のリナリアまで来た青年は、ブランシュをそっと降ろす。


「いかな罰も、覚悟しております。

 申し遅れました。


 わたくしの名は、“ブレイバ・クロイツ”にございます。

 そしてこちらは、我が愛機、“リナリア・シュヴァルツリッター”にございます。


 どうかお見知り置きを。

 ブランシュ姫殿下」


 ブレイバと名乗る青年は、深々と頭を下げる。

 と、ブランシュが口を開いた。


「頭を上げて下さい、ブレイバ様。

 わたくしは貴方の働きに、感謝しているのです」


 そっとブレイバを抱きしめ、柔らかな声をかける。

 ブレイバがゆっくりと顔を上げるのを見たブランシュは、車両の残骸を見て、静かに手を組んだ。


「運転手や兵士の皆様には、申し訳ございません……」


 しばしの間、亡くなった者達を弔う。

 やがて、別れを済ませたブランシュは、ブレイバに向き直った。


「ところで、ブレイバ様」

「はっ!」

「サナートまでの案内を、お願いできますか?」

「喜んで」

「後、その……。

 もう一度わたくしを、先ほどのように……」


 顔を真っ赤にさせ、呟くブランシュ。

 それを聞き届けたブレイバは、一瞬思考した末……決断を、下した。


「失礼いたします」

「お願いいたします」


 ブレイバはブランシュを抱きかかえ、一気に漆黒のリナリアの胸部まで跳躍する。


「狭いところで申し訳ございませんが、後ろの座席にお願いいたします

(ドクター……。まさか、こうなる事を予見して?)」

「はい、喜んで

(ブレイバ様の……あぁっ、お名前をお呼びするなんて! 騎士様の……その、たくましいお体と、何より凛々しいお顔! わたくし、一目で……あぁっ❤)」


 目にハートマークを浮かべるブランシュ。




 こうして、ブレイバとブランシュはリナリア・シュヴァルツリッターに乗りながら、サナートへ向かい始めたのであった。

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