4-11


「馬鹿な」

 霧島は一蹴するが、修は続ける。

「黒江、機人に乗っている君にもわかるだろう。機人と搭乗者は、たとえ離れていてもつながっている。僕も、シーシュポスがどこにいるのかわかるんだ。そしてイクシオンは、本来の主を探している。そう考えればつじつまが合う。イクシオンの執拗さもそうだし、彼女が消えたこととも符合する」

「……なるほど。旧世界末期の技術なら、搭乗者を守るためにそれくらいの機能は仕組まれていても不思議ではない。搭乗者が離れていてもそこに駆けつけられるために、遺伝情報をもとに見つけられるようにされているわけね」

 確かに、機神のように残忍なことをするのがほたるのはずはない。だが、戦いを拒むであろう彼女のことだ、第二位格のときのように自律操縦にされているかもしれない。それか洗脳されているのか。あるいは、残虐さを増幅させられるような外科手術が行われたのか。だとすれば、彼女の優しさを取り戻すことはできるのか。不安は尽きない。

どこまでタカマガハラ族は卑劣なのか。友人と殺し合いをさせるとは。だが、そんなことで修の戦意は失われない。

「できるだけ痛みのない方法で倒し、彼女を助け出す」

「無茶を言わないで。修はただ戦うだけで精いっぱい」

「だめだ、僕はこれ以上誰も失いたくない」

「まずは自分を守ることを考えて」

「それは、僕を守るためだ」

 修は、自分と彼女に伝えるために叫ぶ。

「……これ以上犠牲は出させない。僕は僕の心を守るためにも、彼女を助けないといけない」

 本能を抑制する機構が壊れてしまったように機神に襲い掛かっていたイクシオンは力を失いかけていた。傷つくのに構わず特攻を繰り返していては当然の結末であったが、ひどく悲しみを誘う。

 だが、機神はそれを容易に翼で吹き飛ばした。もはや誰も乗っていない機人はただの機械のように、ぎこちなく倒れた。それは内部のエネルギーが枯渇しているというよりも、むしろ守るべき対象から攻撃を受けた衝撃で傷ついているからだ。だが、機神は容赦なく機人を襲い、かぎづめとくちばしで穴だらけにした。紫の美しかった躯体は血に汚れ、あらゆる種類の体液を亡失していた。

機人は腕を天に伸ばす。救いを求めているようであり、さらにはなぜそのようなことをするのか説明を求めているようでもあった。ただ、自分の本来の主を探していただけなのに。なぜだ。

 問いに答えは与えられず、機神は無慈悲にイクシオンをずたずたに引き裂く。それは、食べるためでもなく、子供に食わせてやるためでもないのに、生命をもてあそんでいるようだった。搭乗者がいないので誰も傷つく人はいないのに、その機人の痙攣する四肢を見ると、本当に原始的な神経塊しか持たないのか疑わしくなる。あるいは、どれほど単純な生命であっても、弄んではならないという諫めを思わされる。

 しかし、機神はあざ笑うように、それを相模湾に投げ込んだ。波は海岸を洗い、赤く染めた。だが、そこに呼び寄せられる魚は皆無だった。それは血液のように見えて、実のところ人の手で作られたまったく別のものだった。

 その信じがたい行為を目の当たりにして、本当に彼女が中にいるのか、修は己の予測を疑った。ただの制御の失敗という可能性だってある。機人の原始的な神経に潜んでいた悪鬼のような攻撃衝動。

 とはいえ、機神の損傷もまた激しい。その翼も血に汚れ、神々しさはどこにもない。そこには悲哀さえ漂っている。己の力に困惑する生まれたばかりの神のようだ。飛翔しないのは、反重力装置が壊れたからか。

 機神はイクシオンの遺骸を横に、雨の中に立っていた。その中の彼女を救う手段がどうしてもわからない。すでに正気を失っていたら。その凶暴さが脳手術によるものだったら。

だが、修の耳元にか細い声がする。

「助けて」

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