十年先の庭で待ってる

平野真咲

僕と彼女の秘密の庭

秘密の庭

 僕は秘密の庭に行くことが好きだった。

 室内遊びでは飽き足らず、かといって一緒に走り回るような友達もなく、ただただだだっ広いだけの家の芝生の庭で遊ぶことも、一人きりでは持て余していた。マキだったと思う、当時の僕にとっては背の高い生垣が芝生の庭の周囲をぐるりと囲んでいたのだけれど、とある小さな隙間をかき分けてずんずん行くと、秘密の庭はあった。

 しっとりと濡れた草の間に誰かが整備したような土の道が伸びていた。周りには大きな木が所狭しと生えており、近所では見かけない、もっと寒かったり暑かったりするような所で生えていそうな木がジャングルのように伸びており、いくつかはアーチのように僕の通り道の上を覆っていた。

 道をどんどん歩けばいつも雲の間から柔らかな日差しが降り注いでいる噴水のある広場までたどり着く。とにかく大きい噴水で、表面には蔦やら苔やらが表面を覆いつくしている。水こそ噴き出ているがあまりのしょぼさゆえに2回目以降は目もくれなかった。

 噴水の周りには数えきれないほどの花が咲き誇る花園があった。花壇のように4つのブロックに分けられ、その間に通ってきたような道がどの方向からも伸びている。花壇には色も品種もごちゃ混ぜになって花が植えられこちらも伸び放題だった。けれど、当時の僕はこの花壇近くに群がるたくさんの虫たちを追いかけるのに夢中になっていた。僕の記憶の中で確かなのはこの花壇で花が萎れたり枯れたりしているのを見たことがない、ということくらいだ。僕はこの庭でたっぷりと遊んだ後、帰りは長い道のりだったので毎回まっすぐ家の庭に帰っていくのだが、この庭で明るいうちに戻ったとしてもたいてい夜になっていた。多分遊んだ時の疲れがどっと押し寄せて道中で座り込んだりしていたからだろう。よく母親が心配して探し回っていたという話を耳にタコができるほど聞かされた。

 何でこんな話をしているのかというと、秘密の庭には何か特別な力があるんじゃないか、そんなことを考えるようになったからだ。僕が最後に秘密の庭に行った時の話になる。いつものように庭で遊んでいた僕は、その日誰かが噴水のある庭にいることに気付いた。まったく見たこともないお姉さんだった。ここで人の姿を見たことがなかった僕は、思わず立ちすくんでしまった。

「タカユキ君」

 お姉さんは僕の名前を呼んだ。髪の毛を揺らして歩いてくるそのお姉さんは、柔らかそうなセーターを着ている。ほんのりと頬が色づいていて、柔らかい感じの人だった。

「タカユキ君、だよね」

 お姉さんは僕の前に来てしゃがみこんだ。僕は黙ってうなずいた。

「タカユキ君、十年先の、庭で待ってる」

 その後僕はどうしたのか、お姉さんはどうなったのかは全く覚えていない。何かの夢だったのだろうとさえ思っていた。

 それから10年後、彼女によく似た人と出会うまでは。

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