第30話

 その夜。来訪者があった時、旬果は玄白から渡された本に目を通していた。

 扉ごしに泰風から声がかかり、旬果は顔を上げた。

「泰風、どうかした?」

「旬果様。洪周様がいらっしゃっております」

「洪周……?」

「お通しいたしますか」

「……ええ。お願い」

 しばらくして、菜鈴が洪周を私室まで案内してくれる。

「ただいま、お茶をお持ちいたします」

 と言う菜鈴に、洪周は、

「大丈夫よ。すぐに帰るから」

 と告げた。

 そして菜鈴が退出すれば、二人きりになる。

 洪周は人目を忍ぶように、地味な色の外套を着込んでいた。

 妙な緊張感を覚える旬果は、務めて笑顔を作ろうとする。

 しかし洪周の向けてくる眼差しは、鋭かった。

 そしてその第一声は、怒鳴ってこそいないが、怒りを感じた。

「どういうつもりなの。明日の宴に来るなんて……。いえ。まだここにいるなんて……。早く村へ帰れと何度も忠告したのに……っ」

 突然、敵意をぶつけられ、旬果は怯みながらも決して後には引かない。

「私にはやらなくてはいけないことがあるの。だから……」

 洪周は笑う。

「やること? まさか、皇后になれると思っているの?」

「田舎出身の村娘で、貴族の生まれではないからなれないって言いたいの?」

「そうよ」

「……でも、陛下は私を召し出して下さったわ」

「あれは、陛下の戯れに過ぎないわ」

 どうして、洪周とこんな言い合いをしなければいけないのか。

 一時とはいえ、あんなに仲良く話せたはずなのに――。

 旬果が黙ったのを期に、洪周はここぞとばかりに責める。

「これが最後の警告よ。あなたが皇后に選ばれることは絶対にありえない。それはあなたの出自だけの問題じゃない。決定権は陛下ではなく、皇太后にあるからよ。皇太后が選ぶのは自分の姪の劉麗。もし劉麗が皇后になれば、逆らったあなたはただでは済まされない。ああいう連中はどんな些細な恨みも忘れない。最悪、故郷に帰ることも難しくなるでしょうね。そうなりたくなければ、皇后候補を辞退なさい」

「……洪周。私のことをわざわざ心配してくれるなんて、ありがとう」

 突然感謝の言葉を口にされ、洪周は毒気を抜かれたような表情になる。

「心配? これは警告で……。――あなたは馬鹿よ」

 旬果はにこりと微笑んだ。

「そうかも」

「……どうなっても知らないから」

 洪周は説得を諦め、部屋を出て行く。

 洪周が帰宅したのを見届けた後、泰風や菜鈴が心配して部屋に来てくれた。

 泰風が言う。

「洪周様は何と?」

「最後の警告を、してくれたわ」

 旬果は何を言われたかを話した。

 菜鈴は眉をしかめた。

「……本当にそれだけですか? 不審ですね……」

「……そうね」

 旬果は相槌を打つ。

 洪周と話して、悪意は一切感じなかった。本人は否定していたけれど、本当に旬果のことを心配してくれていたように思えた。

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