第18話
翌朝。
旬果は、菜鈴の悲鳴で目を覚ます。
飛び起きた旬果が、何事かと扉を開けようとすれば、扉ごしに泰風の声が聞こえた。
「――お待ち下さい。私が確かめるまで、何があっても扉を開けないように……」
「でも!」
「旬果様、お願いしますっ」
強い口調に、旬果は頷く。
「……分かったわ。気を付けてね」
旬果は扉の前で胸の内で、焦燥感を抱きながら待ち続けた。
ここで生活を始めてから自分では思うように動けないことが多く、本当に焦れったい。
やがて私室の扉が開けられる。
泰風と菜鈴の無事な姿に、ほっと胸を撫で下ろした。
旬果は菜鈴を見る。
「菜鈴。何があったの?」
菜鈴は深々と頭を下げる。
「ご、ご心配をおかけしまして……」
「そんなのは良いから。怪我とかは大丈夫なの?」
「はい」
泰風がある物を差し出す。
「こんなものが表の門に、刃物で掛けられておりました」
差し出された紙は、赤黒く汚れていた。
旬果は匂いを嗅ぐ。
「血……?」
泰風は言う。
「おそらく動物の血でしょう」
「なるほどね」
旬果は溜息をついた。
この間の衣装の仕返しだろうか。
(っていうか、先に仕掛けてきたのは向こうじゃない! どうせあのお茶会だって、沈んでる私を腹の底で笑おうって腹づもりだったんだろうし)
「こんなことをしそうなのは、劉麗か慧星だと思うんだけど、どう?」
泰風と菜鈴を見る。二人とも同意見のようだった。
泰風は決然として告げる。
「すみやかに陛下に奏上申し上げましょう。このような外道、許されぬ行為ですっ!」
旬果は言う。
「でもこれをしたのが、あの二人だって証拠はないわ。問い詰めても、とぼけられるだけよ」
菜鈴は頷く。
「本当にお二方は、知らない可能性もございます。周りの者が勝手にやったと言われれば、何もできることはございません。それどころか……」
旬果は、菜鈴の言葉を引き継ぐ。
「――私が瑛景に告げ口をしたと分かれば、もっと嫌がらせはひどくなるでしょうし、第一、告げ口女なんて思われたくないわ」
泰風は不満げだった。
「では放っておかれるのですかっ」
旬果は肩をすくめた。
「それしかないでしょ?」
その時、訪問者があり、菜鈴が部屋を出て行く。
しばらくして菜鈴が戻って来たが、その表情は優れない。
旬果は尋ねる。
「どうかしたの?」
「ただいま後宮より使者が参りまして……旬果様をお招きしたい、とのことにございます」
泰風はかぶりを振った。
「おやめになるべきです」
しかし旬果はかぶりを振る。
「やり返されるのが怖くて、後宮からずっと離れている訳にもいかないでしょ?」
「そんなことを言っている場合ではありません。旬果様を直接傷つけることも十分、考えられますっ」
菜鈴もさっきのことがあって、珍しく泰風に同調する。
「左様で御座います。ここまでするとは予想外です。後宮にのこのこと出かけていけば、どんな災いが降りかからないとも限りませんっ!」
二人の自分を想ってくれる気持ちはよく分かるし、ありがたい。
しかし旬果の気持ちは変わらない。
「行くわ。私が行こうが行くまいが、ああいう性根のねじまがった連中は、どんな手でも使うはずだし……。今朝みたいにね」
泰風は、旬果の決意を前に諦めたように俯く。
「どうか、十二分にお気を付けを……」
「ありがと。……菜鈴も、心配してくれてありがとうね」
「……はい」
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