四ノ巻  遭遇、鋼鉄死霊(五)


 簡単な身振りと手振りだけで、裕飛は将吾郎の意図を察してくれた――と思いたい。

 少なくともアシガリオンは、任せろとでも言うように深く頷きを返してくれた。


 アシガリオンは憑鉧神に背を向け、城壁に向かってダッシュ。

 憑鉧神は勝者の余裕さえ感じられる足取りでその後を追う。


 壁の近くで裕飛は逃げるのをやめた。

 アシガリオンは右側に、憑鉧神は左側に、それぞれ城壁を臨む位置で正対。


「これで、終わりにしてやる」


 裕飛は白刃を正眼に構える。

 憑鉧神は右腕を振りかぶった。


「――走れ、アシガリオン!」


 先に動いたのはアシガリオン。

 舗装路を蹴り砕いての全力疾走。

 まるで特攻するかのようなスピードだ。


 もちろん、心中するつもりは更々ない。


 憑鉧神が腕を振り下ろそうとした瞬間、アシガリオンがヘッドスライディング。

 怪物の左脇を潜り抜ける。


 それがどうした――憑鉧神は腕の勢いそのままに、上半身を回転。

 まだ起き上がれていないアシガリオンの背を、バケットが狙う。


 だが、ショベルアームは志半ばにして止まった。


 己の腕に視線を向けた怪物は、目を見開く。

 異種族からの攻撃にも耐えたという堅牢な城壁。

 それは大きな傷をつけられながらも、怪物の一撃を食い止めていた。


 よし、と将吾郎は拳を握りしめる。

 壁際で戦い、敵の腕をつっかえさせる。

 言ってしまえばただそれだけのことだが、それは最大の効果を発揮してくれた。


 身をよじる怪物。

 しかし腕は城壁にがっちりと食い込んで動かない。


 アシガリオンの目が、光った。


「オレの反撃は、はじまったばかりだぜ!」


 突きの形に刃を構え、アシガリオンが突進。

 白刃を憑鉧神の胸に突き立てる。

 痛覚が存在するのか、鋼の悪霊は苦悶の叫びを上げた。


「うらっ、うらっ、うらぁっ!」


 鉄の巨人が振り回す刃は、旋風となって憑鉧神を襲う。

 そのたびに、怪物の身体から血飛沫のように火花が迸る。

 表面を構成する鉄屑が剥離し、大地に降り注ぐ。

 憑鉧神を包んでいた青い炎が弱まっていく。


「必殺! 真っ向スラッシュ(仮)ッ!」


 大上段に振り上げられた刀身に、周囲のシャーマニュウムが引き寄せられる。

 それは裕飛の思念を――敵を撃ち滅ぼさんとする破壊念を具現化した、蒼い炎の刃となった。


「!?」


 その時、将吾郎は見た。

 憑鉧神の右肩下、1人の男が座り込んでいるのを。


 どういう神経をしているのだろう。腰を抜かすでも足がすくんだ様子でもなく、ただぼんやりと座っているように見える。戦場の真っ只中に。


「――やめろ、裕飛ッ!」

「でりゃああああ!」


 将吾郎の制止は聞こえなかったのか。

 迷いなく振り下ろされた一刀は、憑鉧神の右肩を斬り裂いて、その下へと突き抜けた。

 刃はそのまま大地にめり込み、土砂を天高く巻き上げる。

 もうもうと立ちこめる土煙。

 その中心に居合わせた男が生き延びられたとは、将吾郎には思えなかった。


 憑鉧神の身体に異変が起きた。

 巨体を構成する鉄屑がぽろぽろと剥がれ落ちていく。

 特に腰の部分の崩壊は早かった。

 椿の花が落ちるように、上半身が落下。


 その時だった。

 地に落ちていく憑鉧神の目と、将吾郎の視線が絡み合ったのは。


「――あ」


 将吾郎の目から、涙が零れ落ちた。


 次の瞬間にはもう、憑鉧神の頭は地に落ち、無数の破片となって散っていた。

 もはや人魂めいた青い炎はなく、目の前の鉄屑の山からは威圧感も畏れも感じない。


 だが将吾郎は、自分でも理由のわからない涙を静かに流し続けていた。


「これにて追儺ついな、一件フィナーレだ!」


 決めポーズらしきものをとった後で、アシガリオンが近づいてくる。

 将吾郎は慌てて涙を拭い、目の前で膝立ちになるアシガリオンを迎えた。


 胸甲が開き、中から小柄な少年が飛び出てくる。


「やっぱり、ショウか! やっぱおまえも来てたのか、久しぶりィ!」


 ――ああ。


 癖の強い赤毛も、丸い瞳も、陽気な表情も、本人が気にしている平均より低めの身長も、間違いなく有田裕飛だ。

 ただ衣装は大きく変わっていた。

 全身黒ずくめのスーツ姿。ワイシャツや革の手袋、靴下まで真っ黒だ。


「ああ、この格好? 実はオレ、こっちで就職してさ。これが制服なんだ」

「……あ、ああ」


 喋っている間、裕飛の唇はまったく動いていなかった。

 すっかりこの世界での会話方法が身についている。


「ところでショウ。さっきの、なに?」

「……いや、なんでもない……」


 人間1人巻き添えにしたこと、どうやら気づいていないらしい。

 だが指摘してどうなる。裕飛が辛い思いをするだけだ。

 自分の胸にしまっておこう、と将吾郎は決心した。


「――とりあえず、話は社に戻ってからでいい?」

「おまえの就職先か? どこだよ」

「あそこだよ」


 裕飛が親指で指し示した先には、燦然と輝くフジワラ・ジグラット。


「フジワラ社シークレットサービス『KBC』。それがオレの就職先」

「…………!」


 裕飛が既に、フジワラ社の一員となっている。

 その事実をどう受け止めるべきか、将吾郎は戸惑う。


「――さあ行こうぜ、逸花も待ってる」

「米河さんもいるのか?」

「ああ、1週間前に街で見つかった」

「1週間……?」

「ちなみにオレはひと月前だ」


 どうやら3人とも、別々の時間と場所でこの世界に現れたらしかった。


 ちょうどいい。

 これで、米河逸花を救うという、この世界に来た目的の半分は達成されたも同然である。

 あとは奈々江を見つけて、それからフジワラ社を叩く。


 そう考えれば、裕飛がフジワラ社の社員になってしまっていることは悪い話ではない。

 フジワラ社の情報網で奈々江を探し出すことができるし、アシガリオンという力もある。

 むしろ幸先がいいというべきだろう。


 きっと裕飛は知らないだけだ。

 キョートピアが周辺国家を潰してまわっていること、そして今もなお虐殺を続けていることを。

 でなければ正義感の強いこの友人が、大人しく働いているはずがない。


 だから大丈夫だと、将吾郎は自分に言い聞かせる。

 一瞬脳裏をよぎった、嫌な想像を打ち消すために。


 そうとも、裕飛がすべて知った上でフジワラ社にいるなんて――正義のヒーローが悪に染まりきっているなんて、そんなガッカリな展開、あるはずがないではないか。


「……どうした?」


 黙り込んだ将吾郎に、裕飛は首を傾げる。


「いや、僕や米河さんなしで、よく裕飛がひと月も生きていられたもんだってさ」

「あれ? もしかして馬鹿にしてる? ねえ馬鹿にしてる?」

「気のせいだろ。さ、早く案内してくれ運転手」


 将吾郎はアシガリオンに乗り込む。

 巨人の視座から周囲を見回してみたが、ポンテの姿はどこにもなかった。

 カルネロも見つからない。


 フジワラ社社員の友人である自分とは、これっきりということなのかもしれない。


 裕飛と再会できてうれしいはずなのに、なぜか寂しさが将吾郎の胸を締めつけた。


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